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業界を知り、業界をつなぐX-Tech JAWS 第17回

長時間労働の権化である法律事務所と自動車工場はどこが違う?

契約書のレビューを支援するLegalForce、CTOと事業開発担当が語る

2019年04月01日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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 2019年1月10日に開催されたX-Tech JAWSの後半にLegalTech枠で登壇したのは、契約書のチェックをAIで実現するLegalForce。前半はCTOの時武佑太さんがLegalForceの概要や技術面の説明、後半は事業開発の川戸崇志さんがビジネス課題についてそれぞれ語った。

LegalForce 取締役兼CTO 時武佑太さん

LegalForceの初期段階は顧客理解が甘かった?

 前半はLegalForce 取締役兼CTOの時武佑太さんが登壇し、「LegalForceの開発秘話、裏側を一挙お見せします」というタイトルでセッションを披露した。時武さんはDeNAでヘルスケアアプリの開発を担当し、2017年にLegalForceに転職。いまはサービス開発や採用まで幅広く担当している。

 契約書のチェックは手作業の多いアナログな世界で、米国の論文によると弁護士でも35%がミスすると言われているという。今まではチェックリストを作って、時間とお金をかけてチェックするしか方法がなかった。これに対してLegalForceは「契約書をAIでサポート」を謳うサービスで、クラウドに契約書をアップロードし、レビューをかけると契約書の不備を指摘してくれる。

 開発はRubyを用いており、Rubyの開発者のまともとゆきひろさんも技術顧問として支援しているという。また、LegalForceはCIOとCOOの2人が弁護士。「一番、身近なユーザーとしてサービスにフィードバックをしてくれ、さらに法務の知識も担ってくれています」とのことだ。

 当初、LegalForceはコミュニケーションツールとして開発された。プロトタイプのを見ると、中央に契約書があり、左に関係者のチャット、右に契約書にひも付いたコメントが並ぶというユーザーインターフェイスだった。「社内の契約書のやりとりにとても時間がかかっていた。新人の契約書チェックを上司が見たり、先方の契約書チェックがなかなか戻ってこないといった課題を解決したかった」と時武さんは語る。

 しかし、その後LegalForceのサービス内容は大きく変更された。この理由について時武さんは「ユーザー理解が甘かったとしか言い様がない」と振り返る。時武さんは「法務部の方々はWordを使って契約書をレビューし、メールを使ってそれを担当に送っています。つまり、LegalForceをコミュニケーションツールとして作ってしまうと、Wordとメールの両方を置き換えるツールになる必要がありました」と語る。

ユーザー理解が甘かった

 こうするとWordと同じような編集機能をクラウド上に実装する必要があり、既存のWordとも互換性を確保する必要があった。「あれっ?これってGoogleDocsだよねと(笑)。ちょっと開発コストが高すぎました」ということで、ユーザーの欲しい機能と技術的なハードルがうまく見合わないことがわかり、今のレビュー支援ツールに舵を切ったという背景だ。「ユーザーニーズの認識あわせは思っている以上に綿密にやる必要があると思いました」(時武さん)

法務部のワークフローに入り込む余地が生まれた

 レビュー支援ツールとしてのLegalForceは、会社ごとに異なるリーガルポリシーに対応する契約書の検査機能を搭載する。あらかじめリーガルポリシーを設定しておけば、契約書チェックの際に該当箇所を自動検出できる。また、類似条文の検索機能も持っており、過去の条文から必要な部分を素早くピックアップできる。

 さらに最近ではWordアドインの機能も追加し、Webブラウザを開かなくても、WordからLegalForceの機能を利用できるようになった。「Wordとメールを使っている法務部のワークフローの中に、LegalForceが入る余地が生まれた」(時武さん)とのことで、ツールとワークフローにLegalForceを埋め込めるようになってきたとのことだ。

 こうしたLegalForceのシステムはもちろんAWSで構築されている。クライアント側からはSPA(Single Page Application)で実装されており、CloudFront経由で配信されている。

 APIサーバーはFargateを用いたコンテナ上にホストされており、バックグラウンドのAmazon S3やAurora、SQSなどとつないでいる。Fargateについては「ホストサーバーを気にしないで済むのでかなり楽」(時武さん)とコメント。デメリットとしてはコンテナの起動が遅かったり、ログドライバが現時点ではawslogsしか利用できない点。ただ、イベントが開催された年始にはちょうどFargateの値下げが発表されており、導入しやすくなったという。

APIサーバーはFargateのコンテナ上にホスト

 ログ関連はFluentdを用いており、Amazon Elasticsearch Serviceでデータ分析を行っている。デプロイに関しては、GitHubのプルリクエストがマージされたら、CircleCIでDockerイメージを作成。Amazon ECRに登録し、タスク定義を更新させているとのことだ。

工場と法律事務所は働き方がここまで違う

 AWSのアーキテクチャについて語った時武さんは、後半、同社事業開発責任者である川戸崇志さんにバトンタッチ。川戸さんは、LegalForceのユーザーである大企業の法務部員や弁護士などがどのような課題を抱えているのかというビジネス面を詳細に説明した。

LegalForce 事業開発責任者 川戸崇志さん

 元マッキンゼーで新規事業開発などを手がけていた川戸さんは、海外の会社と比べ日本の働き方がきわめて非効率であると指摘。その背景について、「めちゃ働いている割に、誰もお金持ちにならないのが問題」と語る。

 とはいえ、最初からこうだったわけではない。1990年代の日本はドイツと同じくらいの生産性を実現していたが、今は先進国で最下位という地位に甘んじている。長らく製造業の現場を見てきた川戸さんは、「(ロボット化や業務の標準化が行き届いている)工場に比べ、オフィスが全然ダメ」と指摘し、LegalForceのユーザーである法律事務所の話に移る。

 LegalForceのCEOは、前職の法律事務所で月に400時間働いていたという。「400時間というと、30で割ると1日13時間、20で1日20時間という悲惨な状況」(川戸さん)とのことで、なぜこんなに違うのかを工場と法律事務所で比較してみた。

 たとえば自動車工場では生産数量がリアルタイムに数値化され、どう作業すればよいかの作業手順が指示されており、しかも必要な工具や部品も必要なだけ自動供給されるので、人間は作業に集中できる。これに対して例に挙げられた法律事務所は、個人ごとの作業内容は不明だし、作業も属人化している。「みんな違って、みんないいじゃなくて、みんなダメ。10人いたら、正しいやり方しているのは1人で、残りの9人は間違っている」(川戸さん)。

ロボット化・標準化された自動車工場と法律事務所の違い

 工場では洗練されている情報管理も、オフィスでは紙ベース。デジタル化されても、ファイルサーバーの中はゴミ屋敷で都度探す必要がある。「オフィスが汚ければ、バーチャルになっても整理されていないに決まっている。そもそもバーチャルなのに、なぜフォルダという概念があるのか」は川戸さんはヒートアップ。総括すると、「情報が探せない。手間がかかる」「個人の作業や業績が見えない」「作業手順が属人化している」の3つが大きな課題となっているとのことだ。

 そして、LegalForceはこの3つの課題を解決すべく、「情報のジャストインタイム」「管理なきマネジメント」「ナレッジベースのマネージドサービス化」を進めているという。これを実現すべく採用しているのが、LegalForceのようなクラウド型のAIだ。「多くの会社からデータを集めて分析することが必要だし、尖った開発が必要なのでエンジニアを集めています。でも、正解がわからないので、弁護士もプロダクト開発に加わっています。受託開発じゃなく、サブスクリプションのサービスにすることが重要だと考えています」とのことで、熱烈的に人材募集を行なっていた。LegalTechのサービスの設計思想や業界の課題感が伺えるセッションだと思った。

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