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文房具が計算機に置き換わる未来を感じた:

iPad ProにMacBook Airを感じた理由

2018年11月12日 16時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)

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●iPad ProとMacBook Airの違いはOS

 新型のiPad ProとMacBook Airの2製品を使い比べてみましたが、MacBook AirよりむしろiPad Proの11インチの方が初代MacBook Airに近いニュアンスを感じました。1kgを切り、ただの金属板のように薄く、普通のコンピュータとは違うことができる機械。知り合いが言っていた「MacBook Airというジャンル」は「iPad Proというジャンル」に引き継がれたのではないかとも感じます。

 ただしmacOSとiOSはちがうので、iPad ProでMacBook Airと同じことはできません。なによりFinder(ディレクトリ操作)の概念がなく、ファイルの入力と出力は限定されます。画面を分割してマルチタスクができるといっても、ウィンドウを4〜5枚ほど並べて作業をすることはできません。代わりにAdobe製品のような特定のアプリを使うだけならきわめて優秀。計算機というより文房具です。

 しかしコンピュータで新しいものをつくることが高度なプログラミングではなく、特定のアプリをうまく使うことを指しているとしたら、iPad Proは新しい意味でコンピュータを発明したことになるのではないかと思いました。プログラミングも、たとえばPythonなら統合開発環境を使えばiPad Proで実行できます。

●文房具が計算機に置き換わる未来

 上に述べたような理由からも当面はパソコンと一緒に使うことになるだろうと思いますが、そのうちiPad Proだけで十分だと思えるようになるのかもしれません。いつかわたしがMacBook Air 11インチを買ったあと、デスクトップを捨ててメインマシンにしてしまったときのように。iPad Proにはそれだけ未来を感じさせる魅力がありました。文房具が計算機に置き換わる未来です。

 個人的にはMacBook 12インチとiPad miniとiPhone SEの未来も見たかったんですけど。蛇足でした。



書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)

1983年生まれ、家事が趣味。赤ちゃんの父をやっています。育児コラム「男子育休に入る」連載。Facebookでおたより募集中

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