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高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第19回

自慢消費は終わる、テクノロジーがもたらす「物欲なき世界」

2016年04月12日 09時00分更新

文● 高橋幸治、編集●ASCII.jp

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東京オリンピックが新しい価値観や幸福感へのシフトを阻害した

高橋 アメリカでは2008年のリーマンショック以前に、2001年の「同時多発テロ事件」もありましたよね。その2年前、1999年にデヴィッド・フィンチャーが『ファイト・クラブ』を撮っています。あの映画なんかはまさにエドワード・ノートンが物欲にまみれた20世紀型消費主義の権化のような存在で、そんな彼の中にブラッド・ピットが新しい価値観や幸福感を次第に芽生えさせていくストーリーです。

 同じ年にサム・メンデスは『アメリカン・ビューティー』で文字通りアメリカの物質主義的美徳を皮肉りましたし、ピーター・ウィアーは1998年に『トゥルーマン・ショー』で広告漬けの物質主義的世界から脱却する主人公を描きました。クリエイター連中はわりと2000年前後に資本主義の限界を感じ取って、警鐘を鳴らしていたような気もしますね。

Image from Amazon.co.jp
1999年に公開されたデヴィッド・フィンチャー監督の「ファイト・クラブ」。強烈な資本主義批判/物質主義批判が物語の核を形成しており、あたかも2001年の「アメリカ同時多発テロ」を予見していたかのような作品

菅付 『ファイト・クラブ』は「資本主義の豚になるな」という強烈なメッセージでしたよね。本当にあらゆる意味で予見的な映画だったと思います。20世紀型消費主義の側から見ればあのブラッド・ピットはある種のテロリストのようなものですから、2年後に起きた同時多発テロ事件も予見していたような気もするし、現在の「IS(イスラミックステート)」も予見していた気さえしますね。

高橋 日本での状況でいえば2011年に「東日本大震災」がありましたが、あのとき、程度の差こそあれ非常に多くの人が「モノなんていずれなくなっちゃうんだ」とか、「“誇示的な消費”なんて本当は意味ないんじゃないか」とか、とても本質的なところに立ち返っていろいろなことを考えたと思うんですね。でも、あれから5年以上が経って、じゃあ、この国に価値観や幸福感のシフトが起きたかというとちょっと心許ないところがあると思うのですが……。

菅付 こういうことを言うと僕はまた各方面で嫌われちゃうんですけれども(笑)、「東京オリンピック」が価値観や幸福感のシフトを完全に阻害してしまいましたよね。東京オリンピックという宝くじがもし当たっていなかったら、きっといまより経済は悪くなっていたでしょうし、世の中全体の閉塞感や切迫感も深刻な状態になっていたと思うんです。

 そうなれば、みんな本当に真剣にこれからの自分の人生やこの国のあり方を考えていたはずなんですよ。まぁ、現在だって本当の好況ではないんですけどね。ところが宝くじが当たってしまったばっかりに、未来を模索する機会を曖昧に先送りしてしまった。「まだまだしばらくは大丈夫だろう」という根拠のない楽観的な気分を蔓延させてしまったように感じますね。

高橋 ちょっと語弊のある表現かもしれませんが、この国が変わる最大の好機を逸してしまいましたね。

菅付 『物欲なき世界』にも書いたのですが、アメリカの経済学者のハーマン・デイリーや法政大学の水野 和夫教授は「日本は世界で最も早く資本主義の限界に直面するだろう」と予測しています。その状況をポジティブに乗り越えて世界に21世紀の新たなヴィジョンを提示できるか、それとも、時代の変化を適当にやり過ごして数年後に甚大なカタストロフィーを招いてしまうか……、いまこの国はまさにその瀬戸際に立たされているんですよね。

(次回に続きます)

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著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)

 編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。

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