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北九州発!イノベーションとニューパブリックを生み出す苗床

地元課題を解決する新しいコワーキングスペース「秘密基地」の秘密

2016年04月12日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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「まちはチームだ」ののぼりが意味すること

 そして、秘密基地で醸成されたソーシャルキャピタルが向かう先は北九州の地元課題の解決だ。「地元に住んでいるだけで、参加者が共通の軸を持てる。どこの誰よりもチームを作りやすい」(秀樹さん)。秘密基地の壁に掲げられている「まちはチームだ」ののぼりは、こうした岡兄弟の思いを体現している。

 もともと北九州は全国に先駆けてさまざまな課題にぶち当たり、それらを民間と行政が手を携えて解決してきた歴史を持っている。街自体が八幡製鉄所の受け皿として120年前に人工的に作られ、ここで民間と行政の協力体制が生まれる。国内で初めて生まれた公害も、民間の女性運動から火が付き、行政と手を携えることで解決し、その後はエコシティに邁進する。そして、3・11で生まれた東北のゴミ焼却に手を挙げ、実行に移したのも北九州市だ。

夕方以降に活躍するカウンター

 他の自治体ではなかなか難しい決断も、民間と行政の距離が近いから実現できる。「北九州は時代の最先端を役回りとして走らされている都市なんです。そこでの課題解決において、行政が民間の足を引っ張らないカルチャーが根付いているし、仲間という意識がある」と秀樹さんは語る。

 こうした土壌があるため、民間も行政の課題を「自分ごと」として捉えられる。「たとえば賑わいが作りたい、地方創生のお金を有効活用したい、などの課題とそれを解決するためのコワーキングスペースはとても相性がいい」(秀樹さん)とのことで、コワーキングスペースで醸成されたソーシャルキャピタルは、地元の課題、行政の課題の解決に大きく資することになる。「北九州のような地方都市の場合、自分がコミットすると町ががらっと変わるんです。これが理解できると、地方創生がいかに面白いかがわかる」(秀樹さん)。

 秘密基地を舞台にした地方創生の試みは、「北九州創生塾」という形で現在も大きな盛り上がりを見せている。この1つの好例が3万5000人以上の参加者を集めた「北九州フードフェスティバル」だ。「一昨年は雨だったし、赤字だったし大変だった」と語る秀樹さん。反省点を活かした昨年の北九州フードフェスティバルは、浩平さんが実行委員長としてイベントを仕切り、50店舗近くの出展があり、イベントも大盛況だった。

3万5000人が詰めかけた北九州フードフェスティバル

市長による挨拶。自治体との一体感も高い

 浩平さんは「今まではメジャーな飲食店とテキ屋だけだったけど、今回は北九州のローカルフードを出してくれるお店が出展してくれた。僕自身もイベントのスキルはなかったんけど、デザイナーやIT関係者などいろんな人がチームを作ってイベントが実現できた」と語る。行政としても、小倉駅の北口に人の流れを作りたいというニーズがあり、広い会場も確保できた。集客はもちろん、「飲食店が出たら、農業やってみたいという人が集まり、いい循環がどんどん回っている」(秀樹さん)とのことで、次へとつながるイベントだったという。

行政との連携が生み出す「ニューパブリック」の理念

 行政との連携で岡兄弟が目指すのは、民間と行政が手を携えて課題を解決する「ニューパブリック」の実現だ。秀樹さんは、長いロンドン生活を経て、ヨーロッパと日本の「公共」の違いを痛感してきた。「公園や道路をとってみても、ロンドンは大人の文化で、市民がパブリックにコミットしている。住居も公共の道路に取り込まれていて、市民のものという感覚がある」(秀樹さん)。

 一方、日本では行政や市民の区分が明確に別れていて、市民は公園や道路にコミットしていない。行政はあれはダメ、これがダメと取り締まる」と秀樹さんは指摘。公園や道路にカフェといった文化が日本に根付かないのもこうした文化がないからだという。

シェアオフィスのメンバーも気軽に語れるスペースが用意されている

 岡兄弟が目指すニューパブリックは、あくまで市民主導で新しい公共を考えるというもの。「ヨーロッパは美しい景観を保つ感覚があるので、イベントをやらなくても人がやってくる。日本では街作りは商店街の活性化とか、行政の仕事になってしまう。そこは違うと思う。あくまで市民がやらなければならない。自分たちの道路だし、自分たちの公園なんだから」と秀樹さんは語る。そのため、秘密基地では本来行政で取り組んできた課題に市民が取り組み、ソリューションを作り上げていく。行政側もこうした取り組みに乗り、秘密基地は北九州公認のインキュベーション施設となっている。

 ニューパブリックの一例を挙げよう。秘密基地で行なわれている「公共空間利活用勉強会」では、道路でお金を儲けられる仕組みを作っているという。建設局を巻き込み、管轄の道路を借り、屋台村ができるようにした。さらに、そこでの使用料を清掃に回したり、電気や水道設備に投資する。これによって、税収に頼らなくとも、道路の商業価値を上げることができる。「福岡の中州は屋台が有名ですが、最近は東京化を目指しているので、規制にあっている。北九州は大開放地区を目指そうという構想です」と秀樹さんは語る。

 結果的に、この道路空間活用は地方創生の1つのモデルとして中央省庁から注目を集め、北九州市は特区にも指定されているという。「どういう場所が必要なのか、参加者はどんなマインドやスキルが必要なのか、つながりはどう作ればいいのかといった知の集積が行なわれてきた。だから、中央省庁や関係団体の視察が毎週のようにある。数えたら去年は120団体くらい見学に来ていた(笑)」(秀樹さん)とのことだ。

ソフトパワーを引き出す「場」を海外にも

 最近は近隣の市町村からの依頼で、地元を盛り上げるための「創生塾」の立ち上げに関わることも増え、ノウハウも共有しているという。隣の飯塚市の創生塾に関しては、「行政も秘密基地が持ちたいということで、つながるためのマインドを自治体にお伝えしている。秘密基地とは逆で、創生塾を作って、人が育ったら、ハコを作るという流れで進めている」(秀樹氏)という。

 はっきり見えているのは「人へのフォーカス」だ。「昔の地方都市は、東京の弟分のような都市を目指していた。だから、首都圏のチェーン店が同じように駅前にある。そんな紋切り型の都市をやっていた人たちが、いきなり人にフォーカスするのは難しい。でも、地方は人だし、そこがないと地方は成立しない」と秀樹さんは指摘する。

「地方は人」という信念で秘密基地を尖らせ続ける岡兄弟

 今後は首都圏ではなく、いきなり海外進出を目指す。「地方都市から東京を介さずにいきなりベトナムを目指そうかなと。でも、できるんですよ。あくまで『まちはチーム』だ理念は変えず、和の心を持ったコワーキングスペースを展開していきたいです」と秀樹さんは語る。

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