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高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第15回

PV至上主義批判を中の人たちはどう打破するのか

ニュースサイトから釣りタイトル記事がなくならない理由

2016年03月08日 09時00分更新

文● 高橋幸治、編集●ASCII.jp

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PV以外の指標を探すのは、読者像を可視化するため

 PVだけが唯一の指標じゃないと言いながら、別の確たる指標が存在しないという苛立ちにも似たなんとも名状しがたいのが今の状況だ……。これは、元をたどれば“読者はいったいなにを考え、なにを感じ、なにを欲しているのか?“ を知りたいという欲求に根差している。

 そこで情報の発信者たちは手を替え品を替え、読者の声を拾い上げよう、読者の顔を描き出そうと必死になるわけだが、そもそもの問題として、読者の全体像を可視化することなどできるのかという疑問もある。

 普段私たちは誰かにメールを送るとき、第一人称である「私」が第二人称である「あなた」のことを心に思い浮かべつつ文章を書く。その相手が例え複数になったとしても、ある程度の人数までは「あなた達」という第二人称の範疇でイメージすることができる。そして、メールの中に登場する第三者については「彼/彼女」という第三人称を用いて表現する。

 では、「読者」というのは単独の“あなた”なのか、複数の“あなた達”なのか、それとも“彼/彼女”なのか? 

 英文学者/言語学者であり多くの優れた編集論や読者論を展開している外山滋比古氏は、この読者との距離感のことを「第四人称」と命名している。

 読者というのはあなたと言えるほど親近性のある存在ではないどころか、彼/彼女と呼ぶにもまだまだ隔絶性のある存在なのではないのか? そして外山氏はその著書「第四人称」の中で、読者像を追い求めるためにアンケートをとったり悪戦苦闘している雑誌編集者を例に出し、以下のように述べている。

Image from Amazon.co.jp
外山滋比古氏の「第四人称」(みすず書房)。表現の場におけるアウトサイダーである「第四人称」がいかに重要な役割を担っているかを解き明かすユニークな視点に富んだ良書

 “アンケートに答えるのは、読者にはちがいないが、普通の読者ではなく、ちょっと変わった、黙っていられない読者で、たいてい自己顕示的である。とても読者を代表することはできない。本当に雑誌を支えてくれているのは、黙って買い、黙って読み、ときに黙ってやめるのである。このサイレント・マジョリティーの声なき声をききたいと、このエディターは考えた。
 考えてみると、それまで彼が追い求めていたのは、第二人称、第三人称的読者である。真の読者ではない。近すぎる。まことの読者は第三人称の向こう、第四人称の座にいるが、ナマ身の編集者は、それを見ることも近づくことも出来ないのである。”

 ウェブメディアで言えば、このアンケートはソーシャルメディアでの反応が該当するだろう。

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