高橋幸治のデジタルカルチャー斜め読み 第12回
映画「スティーブ・ジョブズ」を観る前に知っておくと10倍楽しめる
ジョブズ復帰とMac OS X、映画にないドラマチックな秘話とは
2016年02月10日 09時00分更新
ジャン=ルイ・ガセーによってジョブズは追放された
ボイル版の「スティーブ・ジョブズ」は言ってみれば3幕の会話劇のような構成で、1幕目は1984年の「Macintosh」発表会直前、2幕目は1988年の「NeXT Cube」発表直前、そして3幕目は1998年の「iMac」発表直前のドラマとなっている。
スターン版の主演俳優であるアシュトン・カッチャーはかなりジョブズに風貌を似せようとしていたが、ボイル版の主演俳優であるマイケル・ファスベンダーはまるでジョブズに似ておらず、これは「あくまでもフィクション」というダニー・ボイルの演出上の意図なのかもしれない。なので、ボイル版の「スティーブ・ジョブズ」にあまり伝記的な忠実性を求めないほうが賢明だろう。
上述の通り、映画は3つの歴史的なプレゼンの舞台裏がメインの物語だから、2幕目と3幕目の間の10年をニュース映像などを挿入するかたちでさらっと説明している。
つまり、どんな紆余曲折があってジョブズがAppleに復帰したのかについてはほとんど触れられていない。だからと言って映画の価値が下がるわけではもちろんないし、実際、そのあたりを描くのはあまりにも通好みすぎて映画としては冗長だろう。
しかし、リアルタイムにいわゆるMac業界で仕事をしていた筆者にとっては、“映画に描かれていないジョブズ復帰までの数年間”こそが実にドラマチックで興奮に満ちた激動の時期だったのだ。
1990年代前半のインターネット黎明期を肌感覚で知っていること、そして1996年のAppleによるNeXT買収の顛末を実体験として知っていること、この2つはいまでも自分自身の大きな財産であると思っている。
おそらく2月12日から公開されるダニー・ボイルの「スティーブ・ジョブズ」も、“映画に描かれていないジョブズ復帰までの数年間”を予備知識としてなんとなくでも知っていると、より映画を楽しめるはずである。
筆者が最初のMacを購入したのは1992年で、ジョブズが自らAppleのCEOに引き抜いた元ペプシコーラの社長ジョン・スカリーによって会社を追われたのが1985年だから、その頃のAppleにジョブズはいない。当時ジョブズはNeXT社のCEOであり、1988年に高性能ワークステーション「NeXT Cube」を、1990年にはその低価格モデル「NeXTstation」をリリース。しかし業界内の評価とは裏腹に業績的には成果を上げられず、1993年、NeXT社はハードウェア事業から完全に撤退する。そして、「OPENSTEP」というオブジェクト志向のマルチタスクOSの開発に特化した会社となり、社名もNeXT Softwareに変更している。
ちなみに、映画の中で中国に出張するはずだったジョン・スカリーが電話で空港から会社に呼び戻され、急遽、取締役会を招集してジョブズを解任するシーンがある。あれはジョブズがスカリーをAppleから追い出す工作をしているという密告であり、その通報者こそ後に触れるAppleのフランス法人の社長ジャン=ルイ・ガセーであったと言われている。ガセーはこの功績により米国本社に招聘され、「Macintosh Portable」などの開発責任者となった。
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