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アドビ初のPan-CJKはどのようにして生まれたのか

「源ノ角ゴシック」を実現させたアドビ西塚氏の勘と感覚

2014年07月29日 10時00分更新

文● 貝塚怜/ASCII.jp編集部

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Source Han Sans(源ノ角ゴシック)を担当したアドビ Japan R&D 日本語タイポグラフィー シニアマネージャーの山本太郎氏(左)、西塚涼子氏(中)、日本語タイポグラフィー シニアデザイナー 服部正貴氏(右)

大切だったのは「国ごとの美意識」と「統一感」の両立

—— 今回は国内でイワタと、韓国Sandoll Communication、中国Changzhou SinoTypeもプロジェクトに参加されてますけど、アドビで作った文字数はどのくらいですか?

 「仮名と、漢字は大体1万4000字くらいですね」

—— フォントを組む作業に当たった人数は、どのくらいでしょう?

 「仮名は私だけで、漢字は私と、エンジニアを兼任している服部の2人です」

—— えっ、たったお2人で!? ……失礼しました。そうだったんですね。

 「いえいえ。そうして作った1万4000字の日本の漢字をもとに、日本の漢字の拡張部分はイワタさんにお願いし、中国・韓国の漢字は、こちらが監修しながら、あっち(現地のベンダー)に作ってもらったという感じですね。でも、中国・韓国の拡張部分も全部目を通しています」

—— 気が遠くなります……。

 「日本の漢字を組むのも、もちろん大変は大変なんですけど、中国の漢字をチェックする作業が、気持ちが遠くなっちゃうくらい大変。一番大変でした」

—— チェックというと?

 「たとえば、『本』という漢字で説明すると、本という漢字は、日本語でも中国語でも同じ骨格なんです。なんですけど、SinoTypeさんには、『日本の漢字が気に入らなければ、別で作ってもよい』と伝えていたんです。そうしないと、中国の人が変に感じる漢字を、こちらから押し付けることになってしまうので。

 ところが、本というものすごくシンプルな漢字でも、日本語用と中国語用のかたちを、分けて作られちゃったんです。横線に対して払いがどこに設置しているのか、というところが気持ち悪かったようで」

「中国の漢字をチェックする作業が、気持ちが遠くなっちゃうくらい大変でした」と西塚氏

—— そうなると……どうなるんですか?

 「そうすると今度は、SinoTypeさんの文字を採用するかどうか、SinoTypeさんの作った文字がこっちにとってどうなのか、っていうのをひとつひとつ判断していかなくてはいけないんです」

—— 向こうがどういう理由で分けて作ったのか判断しないと、っていうことですよね。

 「そうなんです。分けて作ったというのは、本当に中国の人たちが気持ち悪い文字に感じるのか、それとも向こうの担当者さんに由来しているのか……そのあたりを読み取るのが難しかったです。

 単純に分けて作るとグリフがどんどん増えてしまうので、『もしこう直してもいいなら、日本でも使えるのに』というコメントを送ってみたりとかして(笑)。それでも直してこないと、『あ、これは中国で使われる文字のかたちとしての意図があるんだ!』と分かったり」

—— その作業はどのくらいあったんでしょう?

 「一度に1万字とかくるんですよ(笑)」

—— 1万字!? メールに添付されてきたりするんですか?

 「あ、メールなんですけど、システムとしては、米国本社のエンジニアが仲介していたんです。

 中国からのフォントをエンジニアが見て、まず日本の漢字とすりあわせる。そして中国のグリフを採用するものは採用する、しないものはしない、という具合に振り分けて、リスト化し、コメントを付けて私に送ってくるんですね」

—— はい。

 「で、今度は私が『こうしたら日本でも使える』『これはもっとこうしたい』と判断していき、コメントを付けてエンジニアに送り、そのコメントをエンジニアが見て『これは日本と中国で分けて作る』『これは同じグリフにする』『これは中国にフィードバックする』と判断し……そしてまた中国から戻ってきたフォントとコメントを私が見て……。

 1つ1つゆっくりできるんなら良いんですけど、『1万字を10日で戻して欲しい』って言われても! みたいな(笑)。あまり悩んでいる暇もなく。そんな作業を遠い気持ちになりつつ、何ターンも繰り返して、約6万字すべてに目を通しています」

—— 6万……。デザインをチェックしていくだけで、相当の重労働ですね。

 「今回のようなプロジェクトだと、デザインが『いい』『悪い』のほかに、テイストを統一していく必要がありますよね。実際に組んでみると、国によってテイストが違っちゃっているということが結構あるんです。なので、国ごとの美意識や好みも考慮に入れつつ、Source Han Sansとしての統一感を出していく、同じフォントに見える匙加減を探っていったという感じですね」

—— すべて終わったときの達成感というのは、きっとものすごいものがありますよね。

 「あはは!(笑) もう、ちょっと抜け殻になる感じですね。でも最後の最後まで、細かい調整をしたんですよ。

 そのエンジニアが最後まで心配していたのは、実は『日本での反響』だったんです。日本人は本当に細かいところまでよく見ていて、『フォントを使うこと』に対して興味を抱いている人が多い気がするんですね。そんな日本のユーザーの期待を裏切らないように、『もうダメだよ、締切だよ』って言われてるのに、『ごめん! これだけアップデートして』ってお願いしたりとか(笑)」

—— その、ギリギリでの修正というのはどういうものなんでしょう?

 「日本語のフォントって、基本的には正方形の枠が並んで組まれるんですね。でもたとえば、『し』とか『う』とか縦長のかたちの文字が字幅を詰めて組めるように、正方形でない字幅のセットもフォントに含めることができるんです。

 これは好みの問題もあって、思ったより時間がかかるんですね。なので、何度も長文のサンプルを組んで、『この字が少し狭い』と思ったら広げたりですとか」

—— なるほど。フォントのフォルムが決まっても、その設定もあるんですね。

 「源ノ角ゴシックは、電子書籍用途とか、ウェブで長いエッセイを読んだりとか、縦で組まれた場合のことも特によく考えて設計したものなので、縦組みにしてどう見えるかも抜かりなくチェックしています」

—— 横で組んで完璧だったらOKということではないんですね?

 「そうなんです。仮名や漢字の難しいところは、縦にも組めてしまうところなんですよ。横で『完璧に組めた!』と思っても、縦にしてみたらズレていたりとか。最後の最後、ギリギリのところまでその修正をしました」

—— SNSなんかではすごく好意的な反響が多いみたいですよね。

 「ほんとうに反響が大きくて、びっくりしています。大きな会社同士での発表なので、ある程度は予想していたんですけど、Twitterなんかを見ている限り、ある程度というか、もう、かなり! の反響があるので……ちょっとドキドキしちゃいますよね(笑)」

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