人工知能(AI)の急速な発展と需要拡大により、大規模集積回路(LSI)をはじめとする先端半導体技術の開発競争が激化している。だが、LSIの設計開発は時間もコストもかかるため、大手テック企業以外は参入が難しく、技術者育成もなかなか進んでいないのが現状だ。東京大学大学院工学系研究科の小菅敦丈准教授は、短期間かつ低コストで誰もがLSIを開発できる「LSIの民主化」を達成することで、国内における半導体技術開発を活性化し、若手人材を育成することを目指している。
生成AI需要で開発競争激化
ASPIREで若手研究者育成へ
コンピューターやスマートフォンに使われている半導体チップは、現代社会の暮らしや経済を支える重要な技術であり、「産業のコメ」と呼ばれている。半導体チップには、シリコンを材料とする半導体で作られたメモリーや、演算処理を担う集積回路(IC)、大規模集積回路(LSI)、超大規模集積回路(VLSI)などが含まれる。これはIT機器にとどまらず産業機械や自動車、家電製品など幅広い製品に搭載され、社会や人々の生活を大きく発展させてきた。
半導体チップの開発競争は近年、世界的に活発化している。生成AIの急速な発展と需要拡大、IoT(モノのインターネット)の普及、サプライチェーンの混乱や地政学的リスクに備えた経済安全保障への関心の高まりなどが背景だ。その一方で、LSIの設計開発は高度化・複雑化が進み、開発コストも大幅に増加している。そのため、リソースが限られた大学などの研究チームがLSIの研究開発に継続的に取り組むことは容易ではない。こうした中、JSTの先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)を活用して、半導体チップの設計開発の効率化・省コスト化に取り組んでいるのが、東京大学の小菅敦丈准教授だ。
ASPIREは、日本人の研究者が世界トップレベルの研究ネットワークに参画し、国際的な研究交流を通じて「国際頭脳循環」を促進することを目的としたプログラムである。AIや半導体、バイオなど国が定める特定の分野における最先端研究の国際ネットワークに日本人研究者を参画させると同時に、それによって若手研究者を世界で活躍できる人材へと育成していくサイクルを作ることを目指す(図1)。対象国・地域との国際共同研究を通したネットワークを形成するために、日本側研究チームには若手研究者の海外派遣が必須とされている。
図1 ASPIREは、国際頭脳循環・共同研究の活発化を目的として、最先端研究の国際ネットワークへの日本人研究者の参画促進と、若手研究者育成、コネクションの強化を通じた持続可能な国際ネットワークへの参画・連携の土台作りを支援する。
LSI設計が高度化・複雑化
技術者不足が世界的な課題に
小菅さんとLSIの出合いは子ども時代だ。「小学校低学年の頃が、ちょうど家庭用ゲーム機の黎明(れいめい)期でした。ファミリーコンピュータ、ゲームボーイ、PlayStation(プレイステーション)と触れていく中で、その背景にある電子部品の性能向上を肌で感じてきました」と話す。LSIの研究に本格的に取り組もうと考える契機になったのは、スマートフォンの登場だったという。それまでのフィーチャーフォン(旧式の携帯電話)と異なり、インターネットにつながる身近なデバイスとして普及した。その心臓部ともいえるのがLSIだった。
小菅さんがASPIREプロジェクトで主な目標として掲げているのは、「LSIの民主化」だ。半導体製造技術の微細化は、チップの性能向上をもたらした。その一方で、設計ルールが極端に増え、設計や検証に用いるPDK(プロセスデザインキット)ツールや、設計を効率化・自動化するEDA(エレクトロニックデザインオートメーション)ツールも高度化して複雑になっている。
加えて、AIプログラムなどのソフトウエアの開発は、Python(パイソン)などのプログラミング言語を使えば中高生でも可能だが、LSIの場合は設計するだけでなく、半導体チップを試作しなければならないため、時間もコストもかかる。1回の試作で1000万円程度かかることも少なくないという。
「日本ではLSIの設計技術者が少なくなってきており、半導体産業のボトルネックとなっています。その理由の1つが、ICをテーマとした教育にお金も時間もかかる点です」と小菅さんは指摘する。ICを学ぶ学生の減少は日本だけの傾向ではなく、IEEE(米国電気電子学会)においても課題として認識されている。
小菅さんは、これまで高コスト故に限られた研究者や企業しか取り組めなかったLSI開発を、より低コストで幅広い研究者が取り組めるものにすることで、イノベーションの創出を促すと同時にIC技術者育成のハードルを下げたいと考えている。「LSIの民主化が進めば、AIだけではなく、量子技術やバイオテクノロジーなどの分野とのコラボレーションも期待できます。さまざまな分野でのイノベーションも起こるでしょう」と、将来性や発展可能性について語る。
超小規模の製造設備を使用
1日でIC設計とチップ試作
ASPIREプロジェクトのアプローチについて、小菅さんは次のように考えている。日本には、半導体チップ製造の短納期化・低コスト化に強みを持つ研究チームがあるが、設計を自動化するEDAツールの開発力が強いとはいえない。一方で、米国にはオープンソースソフトウエアのEDAツールである「Open EDA」のノウハウを蓄積している強みがある。そこでASPIREを通じて各国のトップ研究者による国際頭脳循環ネットワークを形成し、それぞれの強みを共有して、短納期かつ低コストを実現する設計から製造までを一気通貫で支えるプラットフォームの構築を目指している(図2)。
具体的な取り組みにおけるポイントの1つは、半導体チップの共通基盤を作っておくことだ。これを基本として、セミカスタマイズやセミオーダーという形で試作していく。半導体チップには共通して利用できる部分が多いため、共通部分を活用することでコストを抑えられる。
さらに、ミニマルファブと呼ばれる超小規模の半導体製造設備を使うことで、設計した半導体チップを短期間で製造できるようにする。半導体チップは一般に、大規模なクリーンルーム(防塵(ぼうじん)室)で製造されるが、ミニマルファブでは会議室に置ける程度の小型クリーンルームの中で製造できる。
ミニマルファブは量産には向かないが、短期間で試作できるので学生実験にも向いている。東京大学の本郷キャンパスに設置されているミニマルファブは、ICを1日で設計し、1日で半導体チップを試作できる。世界でもまれな研究施設だという(図3)。
図2 小菅さんのASPIREプロジェクトで形成する「LSI民主化」の国際頭脳循環ネットワーク(2023年度時点)。CGLAは、半導体チップ内で演算器とメモリーを近づけて配置し、データ移動を最小限にすることで消費電力を削減するアーキテクチャ。AgileX(アジャイルエックス)は文部科学省のプロジェクトで東京大学内に設置された革新的半導体技術の研究拠点。
米国で研究者ネットワーク拡大
3カ国チームで構成要素網羅
ASPIREプロジェクトを進めるにあたって、小菅さんは米国に渡る若手研究者たちに交じって、自身も2024年にスタンフォード大学に約1年間滞在した。Open EDAによる設計のノウハウを学ぶと同時に、ワークショップやイベントを積極的に開催し、研究者ネットワークの拡大やシリコンバレーの企業との交流促進につなげてきた。
Open EDAは商品化されているEDAツールと比べて利用できる機能が限られており、メンテナンスや使い方に独特の癖があるという。商用ツールのように容易に操作できる機能が整備されているわけではないため、Open EDAで設計する際は操作法の理解が必須となる。加えて、米国の大学院生は出身国など多様なバックグラウンドがあり、求められるサポートや学習環境も一様ではない。そのため、誰もが利用しやすい環境を整備しながらOpen EDAの活用を進めることが課題の1つとなっていた。スタンフォード大学はこうしたハードルを下げるためのノウハウを培ってきた。
しかし、そのノウハウの多くは必ずしも明文化されたりツールとして提供されたりしているわけではなかった。「人力で解消していくところもあり、そうしたノウハウは暗黙知として現場に蓄積されていますが、論文としては残っていません。暗黙知が巨大な集合知となって、スタンフォード大学における人材育成を支えているということを実感しました」と小菅さんは振り返る。
小菅さんが米国に滞在していた2024年は、AIの大規模言語モデル(LLM)が大きく発展した時期だった。急速に進化したAIによる自然言語処理が、開発者が意図したことの具体化を支援できる可能性が高まってきた。「AIの進歩によって半導体チップ設計開発のハードルが下がり、イノベーションが加速するのではないかと感じています」と小菅さんは話す。実際、研究成果としてAIを活用したOpen EDAの利用に関する論文を発表している若手研究者もいるという。
2025年度には、アーキテクチャ開発を強みとするスタンフォード大学との共同研究に加え、メモリーやデジタル回路実装に優れる韓国、アナログ回路やセンサー回路で実績を持つ慶應義塾大学、東京科学大学を加えて、新たに研究チームを再編成した。それぞれのノウハウを共有して、生成AIを活用したオープンソース設計自動化フレームワーク「ÅGI(Å*-class LSI Generator Infrastructure)」を開発する方針を打ち立てた(図4)。
日本側チームは、アーキテクチャ探索、デジタル回路設計と3次元設計、アナログ回路設計を担当する。米国側チームがハードウエア記述言語の自動生成、韓国側チームはメモリーおよび設計最適化技術開発を担う。3カ国チームの共同研究により、LSI開発の構成要素を全て網羅してコスト削減を目指す。
*オングストローム(100億分の1m):原子1個の大きさに相当する長さ
図4 小菅さんの研究プロジェクトで目指すオープンソース設計自動化フレームワーク「ÅGI(Å-class LSI Generator Infrastructure)」の概念。tclはシンプルな文法を特徴とするスクリプト言語で、ここではハードウエア記述言語として使う。RTLは半導体チップのレジスター間のデータ転送を意識した設計のこと。
世界共通の課題にAIで挑む
国際交流で次世代人材を育成
小菅さんが今回ASPIREに応募した背景には、日本の人材育成が停滞しているのではないかという危機感があったという。プログラムを通じてスタンフォード大学やシリコンバレーにおける頭脳循環を学び、そこでわかったのは、日本では製造分野はうまくいっているものの、設計やソフトウエア開発では米国が先行しているという点だった。このことが次の共同研究につながっていく。「日米それぞれが自分たちの研究の柱をしっかりさせることで、お互いをリスペクトできるようになり、共同研究が続けられるようになっていきました」。
一方でLSIの微細化が進み、設計対象が指数関数的に増えていくことによって、設計開発も難しくなっており、スタンフォード大学ですら苦戦していた。さらに台湾、韓国、シンガポールでヒアリングした結果、これが世界共通の課題だということもわかり、AIを活用することで解決していくという新たな方向性も見えてきた。
次世代研究者を育成するという観点では、学生間で活発な交流が行われることも重要だという。同じ世代であれば共通する課題意識を持ちやすく、交流を通じてそれぞれの研究室における回路設計などの暗黙知を吸収できる。
2026年7月にはASPIREプロジェクトの一環として、韓国科学技術院(KAIST)、東京大学、慶應義塾大学、東京科学大学の研究者が参加した「KTT(KAIST-Tokyo-Tsinghua(清華大学))ワークショップ」を東京大学で開催。このワークショップの特徴は、企画運営や会場の設営から昼食の手配まで、全て学生が担ったことだ。小菅さんも学生や若手研究者の時代に国際ワークショップを運営し、こうした経験を通じて数多くの海外研究者とつながってきたという(図5)。
小菅さんらの研究により、半導体チップの開発が加速すれば、生物や化学などさまざまな研究分野で新たな知見を得るサイクルも速まり、社会の変化もさらに加速していく。小菅さんは、次世代の社会を担う技術者の育成に取り組むとともに、自らもイノベーションの創出を進めていきたいと考えている。
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