Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第4回

【武蔵大学准教授・菊地映輝氏】「エヴァ批評少年から『産学連携の翻訳機』へ——武蔵大・菊地准教授が挑む、フェイクな関係を壊す『セレンディピティの設計』」

文●玉置泰紀(エリアLOVEウォーカー総編集長)

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秋葉原から学ぶ「文化資源」のプロモーションと都市実装

家系ラーメンが救った命と、秋葉原への「変な縁」

玉置:ここで、改めて秋葉原の話に戻りましょう。菊地さんは現在、浅草橋にお住まいですが、そもそも秋葉原の近くに住み始めたのは、博士論文のフィールドワークのためだったとか。

菊地: そうなんです。2013年に秋葉原の隣町である浅草橋に移り住んだのは、単純に秋葉原に近いから。僕にとって秋葉原は特別な、変な「縁」を感じる街なんです。

玉置: 変な縁、というと?

菊地: 大学進学前までは北海道の実家で暮らしていたんですが、実家にはインターネットがなかったんです。自ずと最新の情報は居間に一台だけ置いてあるテレビから得ていたんですが、2003頃から秋葉原がテレビに登場することが増えていった。テレビの中にあるものがイケてる最先端の文化に見えていた僕は、秋葉原への憧れを募らせて上京したんです(笑)。で、初めて秋葉原に行った時に感じた「これがテレビで見ていたアキバなのか!!」という興奮は今も忘れていません。

 大学二年生の時にオタクの友だちと取った授業の1つに「フィールドワーク論」というものがあったのですが、履修者が好きにフィールドワーク調査の対象を選んで良かった。秋葉原が大好きだった僕と友だちは、もちろん秋葉原を対象にしました。で、実際にフィールドワークを予定していた日の前日、僕は深夜に「家系ラーメン」をたらふく食べて具合が悪くなってしまったんですね。で、直前でフィールドワーク調査をドタキャンして寝込んでいた。その時、ふとネットを見たら「秋葉原で通り魔事件(2008年)」というニュースが流れて……。

玉置: ええっ、あの事件の日に。

菊地: もしラーメンを食べていなければ、僕はまさにあの場所に居合わせていたはずなんです。強烈な体験でした。それ以来、秋葉原は自分にとってより重い、意味のある街になりました。上京して初めて秋葉原に降り立った時のワクワク感、それを「テレビの中の文化」ではなく、どこか実存的な問題として捉えるようになったのかもしれません。

「失敗し続ける秋葉原」と「おめこぼしの池袋」

玉置: そんな深い思い入れのある秋葉原ですが、今の状況を菊地さんはかなり厳しく、それこそ「失敗し続けている街だ」と仰っていますよね。

菊地: 玉置さんとはいつも意見が合わない部分ですが(笑)、僕はそう見ています。対照的なのが豊島区の池袋です。池袋は、行政と企業がきちんと手を結び、オタクを含む若者たちが滞在できる場所を戦略的に作った。たとえばアニメイト池袋本店の前にある中池袋公園では、ランダムグッズの交換会が行われていたり、定期的に池袋の街なかでコスプレイベントが開催されたりと、オタクたちの遊び場として機能している。

玉置: 池袋はサンシャインシティも含め、民間も身銭を切って「バッファー(余白)」を作りましたね。

菊地: そうですね。対して秋葉原は、特に2008年の事件以降、都市の中のバッファーが少なくなっている。また、街として新しいことに挑戦する姿勢も消極的に見えます。いまだに電気パーツやメイドカフェといった何年も前に流行したビジネス――そして今は段々と下火になっているもの――を掲げて街を再び盛り上げようとするのも何か違う気がしています。

 行政である千代田区も秋葉原を盛り上げたいというような発言はしていますが、豊島区のような積極的なチャレンジはなさそうです。街をプラットフォームとして見たとき、秋葉原は相対的に新しいカルチャーの種が蒔かれない場所になってしまっている印象を受けます。

中池袋公園

プレイグラウンドとしての都市、必要なのは「おめこぼし」

玉置: プラットフォームが面白くなくなると、文化は死んでしまう。

菊地: まさに。僕がいま注目しているのは、愛知県岡崎市です。人気YouTuberの「東海オンエア」が街の観光資源として機能している岡崎は、彼らが活動しやすく、またファンが来やすいように街がどんどん変わっていっています。また東海オンエアのメンバーやその友人たちが起業していたりと、面白いものが面白いものを生み出す連鎖が起きている。

玉置: 岡崎は「オカザえもん」の扱いも含め、センスがいいですよね。

菊地: 都市を文化が根付くプラットフォームとして機能させるためには何が必要か。いろんな要素があると思いますが、僕は究極的には「おめこぼし」だと思っています。

玉置: おめこぼし、ですか。

菊地: 極端な例ですが、歌舞伎町や池袋の北口のような、ある種の猥雑でいかがわしい場所の方が新しいカルチャーが生まれる「余白」があるように思います。最近、至るところで見られる大規模資本・行政主導の再開発には、その「余白」があまりないんです。都市の「余白」で面白い人間が勝手に面白いことをやっていく。時にはグレーかもしれないが、それがある程度おめこぼされる。ある意味では「都市をハックする」という言葉が当てはまるかもしれません。そこに新しいカルチャーの種が蒔かれるんじゃないでしょうか。

玉置: 綺麗になりすぎて、遊びがなくなっちゃった。

菊地: 「余白」のなさは、面白くなさに直結します。都市の余白をいかに「ハック」できるか。街づくりを仕掛ける起業や行政は、その余地をどう残していくかが、持続可能な街づくりの鍵ではないでしょうか。

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