Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第4回

【武蔵大学准教授・菊地映輝氏】「エヴァ批評少年から『産学連携の翻訳機』へ——武蔵大・菊地准教授が挑む、フェイクな関係を壊す『セレンディピティの設計』」

文●玉置泰紀(エリアLOVEウォーカー総編集長)

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「メタ観光」が書き換える、2026年の都市の歩き方

「学閥のいさかい」への絶望と、社団法人というサバイバル術

玉置: さて、ここからはいよいよ本題、「メタ観光」の話にいきたいなと。菊地さんと僕は、今は6人しかいないメタ観光推進機構の理事を一緒にやっているわけですが。最近も江東区や墨田区、あるいは山口県など各地でワークショップを重ねてきました。 そもそも、菊地さんはどういう流れでこの「メタ観光」に合流し、いまこの概念をどう捉えているのか。2026年の現在地からお聞きしたいです。

菊地: ありがとうございます。メタ観光との接点も、きっかけは玉置さんなんですよね。その前に、菊地の専門の話をもう少ししたいのですが、先程も社会学者と自称していいかためらうとお話した通り、僕自身は社会学のど真ん中が専門という訳ではありません。1つには、出身学部・大学院が社会学部や社会学研究科ではなく、学際学問を扱う学部・大学院だったこともあります。ただ、僕自身の興味の対象も社会学の学説史やオーソドックスな領域にはなかった。大学を卒業して大学院に進学した際、修士過程では「ニコニコ生放送」というライブ配信サービス、続く博士過程では秋葉原や池袋等のオタク文化が根付く「都市」へと研究対象を移します。そのなかで出会ったのが、アニメ聖地巡礼などを扱う「コンテンツツーリズム」という学問分野でした。

玉置: 聖地巡礼は、まさに情報のレイヤーを街に重ねる行為の先駆けですよね。

菊地: ええ。ただ、コンテンツツーリズムの議論に触れてみて、少し違和感があったんです。それはコンテンツツーリズムに限らず、「フードツーリズム」、「ヘリテージツーリズム」といった具合に、「〇〇ツーリズム」として学問側が勝手に観光客の行動を分類している。でも、「これって本当に観光客の実態を捉えているのか? 観光客の中でそんなに観光行動って分類され得るものなのか」と。

 そんな、学問のための学問に違和感を覚えていた時、玉置さんの「メタ観光」のイベント告知をFacebookで見かけたんです。タイムアウト東京でのイベントでしたね。それを見に行って、「この人たちの議論の方がなんか自由だし、観光客の実態を把握しようとしている」と確信しました。

玉置: そこから、僕が菊地さんに「学会を作りたいんだ」と相談したんでしたっけ。

菊地: そうです。きっと僕が研究者だから学会の作り方に詳しいと思ったってことですよね(笑)。たしかに学会の運営についてはノウハウがありましたが、学会の設立には反対しました。学会なんて作っても、手続きが面倒なだけであまり社会への影響力はないから、と。

 そのかわりに提案したのが、一般社団法人という形態です。これは僕のまわりの研究者たちが、実際に自ら社団法人を設立・運営して、研究と実践の「あいだ」を繋ぐ仕事の姿を見ていたからの発想でした。研究者と実務家が協働した方が社会への影響力も実装力も高い。実際の登記手続きなんかは、僕がやりましたが、地道な作業もいとわないのは「社会課題を解決し、社会を良い方に変えたい」という想いです。僕にとっては「社会を面白い方に変えたい」というのが正しいかもしれませんし、実は、ここにも慶應義塾大学SFCの「問題発見・解決型」の学びが生かされているかもしれません。

「情報の過多」を越える、高田純次的な「発見力」

玉置: 定例会議でもいつも議論していますが、メタ観光の「メタ」って結局なんなのか、という問い。僕はよく「ドラマの裏側の楽屋落ちまで含めた二重性」みたいな話をしますが、菊地さんはどう解釈しています?

菊地: 僕は、個別バラバラに細分化された観光のあり方を、一段高い「メタ」の視点から統合することだと理解しています。一つの景色に多様な意味を認め、何重にも面白くする。 でも、同時に問題になるのが、「情報が多すぎると人は判断できない」という点です。コンテンツツーリズムと同じで、資源が乏しい場所でも文脈さえあれば人を呼べる。それは良いことですが、情報が重なりすぎると逆に不自由になる。そこは今後メタ観光として考えていかないといけない点ですね。

玉置: 確かに、マップに情報が乗りすぎても、逆に歩きにくくなるかもしれない。

菊地: だからこそ、僕は「メタ観光マップは、あくまで街に行く『きっかけ作り』に過ぎない」と考えています。街歩きの本当の本質は、マップに載っていないものを自ら見出す「人間の発見力」にあると思うんです。

玉置: 散歩番組の『じゅん散歩』や、火野正平さんの『こころ旅』みたいな。

菊地: まさに。高田純次さんが街歩き中にふらっと何かを見出すような、あの人間が持っている「見出す力」を僕は信じています。都市のいろんな要素が1つのマップに同居しているメタ観光マップは、街を見るときの視点のあり方のヒント集みたいなものです。だからメタ観光マップを通じて、より自由になった観光客が、まだマップに載っていない何かを自らの手で探し見つけられたならそれが正解なのだと思います。

玉置: 「私しか知らない、マップに書かれていない思い出」も大事だと。

菊地: そうですね。世界のすべてが公(地図)になっている必要はない。メタ観光は「入り口」として非常に良くできていますが、そこからより個人に根ざした街歩きの経験をどうデザインするか。今後はその部分を考えていくフェーズに来ていると感じています。

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