プラットフォーム学~先端事例から学ぶ、社会実装の現在点 第2回
全成分を資源循環させるリサイクル技術、持続可能な社会の実現に関わるプラットフォームへのヒントは?
2026年03月03日 17時00分更新
プラットフォーム学では、社会課題を解決しうるプラットフォームを構築するため、さまざまな事例に触れる機会も重視している。ここでは資源循環をテーマにした研究を紹介する。
SDGsの目標の1つとして掲げられている「つくる責任、つかう責任」では、持続可能な社会実現のためにゴミの削減、そしてリサイクルやリユースの推進が掲げられている。産業技術総合研究所(産総研)東北センター所長/化学プロセス研究部門長の山口有朋氏は資源循環、プラスチックリサイクル、バイオマスの有効利用など、その目標の一助となる技術の研究をしている一人。
山口氏にこれまでの研究の経緯や社会実装への思いなどについてお話を伺った。
すべての成分を資源循環させるシステムを目指す山口氏の研究
山口氏が現在取り組んでいる研究は大きく分けて二つ。一つはバイオマス資源の全成分有効利用、もう一つはプラスチック、その中でも複合素材のリサイクル技術だ。バイオマス研究では、植物資源を構成するセルロース、ヘミセルロース、そしてほとんど再利用されてこなかったリグニンの3成分すべての全成分有効利用を目指している。
セルロースは紙やパルプとしてすでに広く使われており、ヘミセルロースも化学変換によってプラスチック原料や燃料などに利用できる。これらは約190度前後の水で処理することでソルビトールなどの有用な化合物へと変換できる。この生成物は食品やプラスチック原料として利用可能だ。
残る成分のリグニンは、例えば製紙産業などではセルロースだけを取り出し、残ったリグニンは燃料として燃やされてしまい、材料としては使われてこなかった。山口氏の研究ではこのリグニンをさらに高温条件で処理して分解し、プラスチック原料として利用可能な構造化合物へと変換する。これらの反応に用いる固体触媒が繰り返し使用できる点も大きな特徴だ。
もう一つの研究テーマであるプラスチックリサイクルは、特に複合フィルムに焦点を当てている。食品包装材などに使われる、PET(ポリエチレンテレフタレート)とポリエチレンなどの複数素材を貼り合わせたプラスチックはほとんどリサイクルされずに燃やされているが、山口氏は水だけで処理し、PETはケミカルリサイクル、ポリエチレンはマテリアルリサイクルにする「ハイブリッドリサイクル」という技術を開発している。
ケミカルリサイクルでは、圧力をかけて300度程度に高めた高温高圧の水を用いてペットボトルのPETを10分ほど処理することで、PETが原料であるモノマーまで戻るので、再度重合してプラスチックにすることができる。マテリアルリサイクルでは、ポリエチレンを溶かして固め、プラスチックとして再利用できるようになるが不純物が入ってしまうため繰り返すことで劣化するのが難点だ。
「バイオマスの分解やプラスチックのリサイクルはいろいろな研究例がありますが、「全部をうまく使います」とか、「複合フィルムを両方ともリサイクルします」というのはできていないし、研究している人もあまりいません。自分の考えとしては資源すべてを使わなければいけないと考えています」(山口氏)
PETを水だけで元の分子に戻す技術は20年以上前から研究されてきた技術だが、当時は回収されたPETボトルの多くを海外に輸出していたため、国内ではリサイクルがあまり進んでいなかった。近年は、特に中国が廃プラスチックの輸入を停止したため、日本国内でのリサイクルの必要性が高まり、現在では7割近くのPETが国内でリサイクルされていると山口氏は語る。
「技術はあっても、コストの問題で社会に広まらないという現実はあります。ただ最近は、企業側の意識も変わってきていると感じています」と山口氏が語るように、資源循環の課題として、技術そのものよりも社会実装の難しさが挙げられる。技術的には分解や再利用が可能であっても、コスト面で石油由来の素材に太刀打ちできない場合、社会には広がりにくい。しかし近年では、多少コストが高くてもリサイクル素材やバイオマス由来素材を使おうとする企業が増えつつあるという。
例えばガラスは洗えば何度でもリサイクルできるが輸送にガソリンを使ってCO2を多く排出する。PETはガラスに比べて軽いのでCO2の排出が少なくて済む。「どちらがエコか。何度でも使えるからエコだという単純な話ではない」と語る山口氏は、コストの優位性よりもCO2削減への危機意識が企業を含む社会全般に浸透しつつあると見ている。
誰もやっていないことにチャレンジしたいという研究者としての矜持
山口氏が学生時代に固体触媒を選んだ理由は「単純に面白そうだと思った」ことだけでなく、この分野に未解明な部分が多く残されていることだという。固体触媒は反応メカニズムの解明が進められてきたとはいえ、実際には経験則や試行錯誤に頼る部分も少なくない。「なぜこの触媒がこの反応に効くのか」が明確に説明できないケースも多く、そこにこそ研究の余地があると感じたと山口氏は語る。
「固体触媒は謎の部分が多い分野。どうしてこの触媒がこの反応にいいのか、分かっていないことも多い。だからこそ、やることがたくさんあると思えました」(山口氏)
山口氏は東京大学理学部化学科で4年生から固体触媒の研究をはじめ、その後、東京大学大学院の修士課程、博士課程で岩澤康裕教授の元、排ガス処理のためのNO還元反応や、触媒構造解析などに取り組んだ。博士課程終了後は、東京理科大学で燃料電池触媒の研究を行い、さらにアメリカでポスドクとして天然ガスの改質研究に携わっている。産総研には2007年から移り、バイオマス資源の有効利用やプラスチックリサイクルに取り組んでいる。
山口氏自身は「テーマは少しずつ変わっているが、基本的には一貫している」と語る。産総研で最初に与えられたテーマは、リグニンをガスに変換する研究だった。しかし研究を進める中で、リグニンはガスではなく、化学品原料として利用できる分子に変換できる可能性が見えてきた。そこから現在の研究を進めている。
現在、部門長としてマネジメントの立場にあるが、研究者としての根本的な姿勢は変わらず、「今までに誰もやっていない新しいことに挑戦する」ことを最も重視しているという山口氏は、新しい研究テーマは突然のひらめきから生まれるというよりも、与えられたテーマに真剣に向き合う過程で見えてくることが多いと考えている。産総研では方向性やテーマを提示されるが、その中で試行錯誤を重ねるうちに、別の切り口があるのではないか、もっと面白い展開ができるのではないかという発想にたどり着いたといい、リグニン研究もその積み重ねの中から生まれたと語った。
山口氏は新しい研究に取り組む際に、その分野の論文を丹念に調べ、何がすでに実現され、何がまだ分かっていないのかを整理することから始めるという。研究者の中には、論文を読みすぎるとひらめきがなくなるとして論文をあまり読まない人もいると語る山口氏は、論文を読み込んだ上で「まだできていないこと」「まだ明らかになっていないこと」に焦点を当て、新しい技術開発、新しい領域を広げていくことが自身のスタンスだと述べた。
そうして新たな研究に取り組む上で山口氏が譲れない点は、研究成果が最終的に社会で使われることを前提にテーマを設定するという姿勢だという。産総研に所属する研究者として、技術を社会に届けることを常に意識しながら研究を進めている。どれほど優れた研究でも、研究室の中だけで完結してしまっては意味がなく、テーマ設定の段階から「最終的に使ってもらえるか、多く使ってもらえるか」を考えるようにしているという山口氏は研究者として自然に身についた考え方だと語る。
その社会実装を意識しながら、自身がその研究を面白いと思え、熱意を持って取り組めるかが、研究において特に重要だと山口氏は考えている。この研究は面白いと感じながら取り組むことで、自然と前向きになり、結果にもつながりやすいという。逆に、義務感だけで続ける研究は成果を生みにくい。バイオマスやプラスチックの研究に強い面白さを感じられたことは、研究を続ける上で大きな支えになったという。
「自分自身、バイオマスやプラスチックを水で処理する研究を、とても楽しいと感じながら取り組めました。それが一番良かった点かもしれません」(山口氏)
また山口氏は、自身の研究グループならではの強みを明確にすることを重視している。産総研は大学の研究室とは異なり、学生が大量に所属しているわけではない。そのため、固体触媒という分野で論文数を積み重ねる戦い方は現実的ではない。そこで山口氏が選んだのは他にはない技術を作るという戦略だ。固体触媒と高温の水を組み合わせるというアプローチでは産総研が一番だと言える独自性を打ち出そうと考えた。その結果として、有害物質を使わない、水を利用したプロセス、小型で地域分散型の装置といった特徴が生まれている。














