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遠藤諭のプログラミング+日記 第201回

『昔々あるところにコンピューター雑誌がありました』と『秋葉三尺坊の大冒険』

秋葉原・万世書房と薄い本のお話

2025年11月22日 09時00分更新

文● 遠藤諭

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昔々あるところにコンピューター雑誌がありました

 JR秋葉原駅に繋がるガード下のラジオセンターにある本屋さん「万世書房」。秋葉原を知る人なら絶対に「ああ、あのお店ね」となる、逆にいえば、このお店を知っていることがアキハバラーの共感軸であるというくらいのアイコン的存在である。その万世書房が、2025年12月後半に閉店するというニュースが、この夏、この界隈をかけめぐった。

 ガード下の電子部品店がそもそも秋葉原の現在につながる起点でもあるし、私のまわりには電子・電気系の雑誌は、このお店で買うことにしているという人が、何人もいた。ことの経緯に関しては、ASCII.JPの記事「秋葉原・万世書房閉店へ 74年の歴史に幕」をご覧いただきたい。

 ところで、そのASCII.jpの記事の冒頭の写真をよ~く見ていただくと、棚の左側の真ん中あたりに「昔々・・・コンピュ・・・ありました」という表紙の本が見える。私もまったく気が付かなかったのだが、先日、iid社長の還暦を祝う会というものに参加させてもらったときに、私の前任の『月刊アスキー』の編集長の土田米一さんから教えてもらった。

 そこに見えるのは、月刊アスキーの創刊当時から私が編集長をつとめる少し前頃まで、「TBN」という読者コーナーや質問コーナーなどを含むページのカバーイラストを描いていた井上泰彦さんの作品集なのだった。井上さんといえば、「井上くんの頁」という連載でもご記憶の方もおられるだろう。その月刊アスキーに掲載されたイラストの自薦作品集が、『昔々あるところにコンピューター雑誌がありました』という本なのだった。

 イラスト自体もそうなのだが、そこに添えられた解説・コメントが、1970年代後半から1980年代にかけてマイコン、パソコンに青春をかけた人たちのメンタリティがあまりにも滲みでている。当時、メーカーの半導体設計者として仕事をされていた井上さんのテックワードと多感で繊細な若いエンジニアならではの心の動きが、いまでも鮮やかに読み取れるものになっている。

電話回線を使ってBBSができはじめた頃のものだという「NETWORK:who are you ? A friend」と題されたイラスト(井上さんによると『スーパーマン』第一作目の有名なセリフらしい)。こんな感じで「おきてた?」とか「わ~い、死んだぁ」とか気軽に地球規模のネットワークが使われるようになるとイメージされていた。未来は、こんなふうにまずは絵になるものだった。

「THE COMPUTER, MAGAZINE」と題されている。「これはCMOS のパターンを当時とある開発本部で作っていたもので、その時に調べた絵です。で、うしろの能書きはまあ、いろいろと書いてありますけども、気に入ってるのはこの『良いものを造るものは善きものである、良いものを知らしむるものは更に善きものである』というセリフ」と書かれている。

当時の読者にはお馴染み鷹野陽子さんの「Yoのけそうぶみ」。イラストの説明にプログラマという呼称に対する当時の興味深いエピソードが書かれている。その下には月刊アスキー1980年8月号の工程表! 「この雑誌が1977年にできてから何年かは読者から25日の発売日には絶対でない本と呼ばれていました」とある。

裏表紙は、当時、ソニーの広告で使われた絵とのこと(色校正でしょうか)。ワークステーションのNEWSの頃。デジタル技術者を募集するために作った広告で、描き下ろしなのだそうだ。社内のエンジニアの描いた絵を雑誌広告に使うとは!

 私が、アスキーに入社して編集部に配属されたのが1985年なので、これらの絵のうち、1、2割しか時代的には重なっていないのだが、初めて見る絵の中にもテクノロジーの進化そのものを読み取ることができる。1989年に米タンディ社が、東芝をはじめ日本メーカーを標的に特許侵害の訴えを起こした際に裁判資料になった「極楽1号」のイラストも収録されている(「ノートPCのクラムシェルデザインのルーツを探る」参照)。こうなると、まさに生きた歴史としか言いようがない。

 TBNというコーナー名が、そもそも「TINY BASIC NEWS LETTER」の略。Tiny BASICとは、非力なマイコンのために仕様を簡略化したBASIC言語のこと。だから初期のTBNは、技術情報のページのはずだが、1980年頃の号を見ると、すでに読者との窓口的な役割をはたしていた。マイコンユーザーたちの当時の想いや会話が溢れていたし、それをここで吐き出していいんだよということをコーナーの最初にある井上さんのイラストがなにより提示していたのだと思う。

 かつて月刊アスキーを読まれていた人も、そうでないテクノロジーの歴史に単に興味がある人も、ぜひ本を手にとってほしいものといえる。万世書房、年内で閉店とのことなので、お早めに。私は、「もうちょっとだけ延長してくださいよ」と言ったのだが、事情もおありなのだろう。すぐに行けない人は万世書房のXをチェックしておくことをお勧めする。

秋葉原という言葉の源流「秋葉三尺坊」が同人誌になった

 さて、「もうちょっとだけ延長してくださいよ」と万世書房さんに言ったのには理由がある。井上さんの本を買うために、万世書房に出かけたのだが、この際、『秋葉三尺坊の大冒険』を置いてもらおうと思ったからだ。

 今年夏、私は、ある若者にどうしてもやるべきだと背中を押されまくって、この連載で3回にわたって紹介してきた「秋葉三尺坊」についての同人誌を作ってコミックマートで売ったのだ(当日は仕事で売り子はできなかったのだが)。『秋葉三尺坊の大冒険』という本で、秋葉原の語源である「秋葉三尺坊」について、このコラムで書いたものをもとに2.5倍以上となる大幅な加筆修正を行ったものだ(「ボクらの秋葉原をさかのぼっていくと秋葉三尺坊という人物にたどりつく」参照)。

 実に40年ぶりのコミケ参戦。1983年の春コミで『即席おとなクラブ』というペラペラのチラシに近いものを配布。当時、私は『東京おとなクラブ』という同人雑誌(といっても発行部数は1万部)を作っていたのだが、その後も1、2回は、コミケで売ったと思う。自分でお金を出して本を作るというのは、ある意味、私の原点のようなものでとても楽しかった。

 コミケでは、『秋葉三尺坊の大冒険』は24冊ほど売れたのだが、残った80冊(つまり100冊作ったわけだ)をどうしようかと思ったら、東京ラジオデパートのShigezoneさんが扱ってくれた。電子部品店のはずのShigezoneのオーナーは、もともと出版系の方なので、なんとなくやりたかったことと近かったらしく「薄い本はじめました」と書いて店頭にならべてくれた。やっぱり、秋葉原に関する本は秋葉原と相性がよいらしく、すでに3桁以上を売っていただいている。感謝。

 ほかにも、秋葉原ではこちらは山手線ほかのガード下にある「Akiba Robolabo Meetup」(名前のとおりロボット関連を中心に新しいアキバのイメージのお店)さん、私が散歩で必ず立ち寄る本好きなら知らない人はモグリの池之端の「古書ほうろう」さんに置いていただいている。あとは、秋葉原駅から岩本町側の書泉ブックタワーさんに置いていただきたいところだが、まだお願いにも行けていない(神保町の書泉ブックマートでは『まるまる新井素子』ほどではないが『東京おとなクラブ』を想像を絶するくらい売ってもらったことがあるのだが)。

 なにしろ、本当に薄い本(32ページしかない)なので、デザイナーはまわりに何人もいるのにPowerPointで手作りしてしまった。いかにもなカッコよくない本なのだが、秋葉三尺坊が若き日に修行した長岡市の磯田達伸市長に気に入っていただき大量購入(同人誌の規模でだが)に繋がった。一説によると市長は、同人誌くさいところが気に入っているらしい。同人誌なので自分の半径100メートルくらいをイメージして作ったのだが、長岡の人たちにも届いたら楽しい。

Shigezoneさん店頭での『秋葉三尺坊の大冒険』。同店はいかした電子パーツやツールを輸入販売することで有名。私は、子供の光るシューズに入っているLEDユニットをまとめ買いしたことがある。

Akiba Robolabo Meetupさん店頭での『秋葉三尺坊の大冒険』。よく見ると上に『広域秋葉原作戦2025』という本も売られている。なんとこの本でも秋葉三尺坊が出てくる。

万世書房さんに『秋葉三尺坊の大冒険』を置いていただきました。こんな日が来るとは昨日まで予想もしていなかった。

万世書房に行ってきましたと伝えたところ、土田米一さんから「井上くんと遠藤さんの本が並んでるのがいいですねぇ」と返ってきた。

 私の本は、小学生の頃に出会ったはず(!)の秋葉三尺坊を取り戻しにいくようなお話である。主人公は、いまのすっかりオヤジになってしまった私で、井上さんの『昔々あるところにコンピューター雑誌がありました』のような瑞々しさはまるでない。それでも、井上さんの本に便乗するような形で、万世書房さんに置いていただくことができた。「この本です」と手渡すと、「この本は売れるわよ~、タイトルがいいもん」と言っていただいた。

 滑り込みセーフ! と表現していいのか? 秋葉原のアイコン的存在の万世書房さんである! 私の先輩たちが月刊アスキーを売っていただいてお世話になった、その流れをくむASCII.JPに書いた記事が元になっていることを念のため振り返っておこう。これはラッキーというしかない。こういうことのために、同人誌を作ったようなところがある。

■万世書房のX:https://x.com/Mansei_Books
■Shigezoneさん:https://shigezone.square.site/
■Akiba Robolabo Meetupさん:https://robolabo.tokyo/
■古書ほうろうさん:https://horo.bz/

遠藤 諭(えんどうさとし)

 ZEN大学客員教授。ZEN大学 コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役、株式会社角川アスキー総合研究所取締役などを経て、2025年より現職。MITテクノロジーレビュー日本版 アドバイザーなどを務める。雑誌編集長時代は、ミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍もてがけた。2025年7月より角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「電脳秘宝館 マイコン展」で解説を担当。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『近代プログラマの夕』(ともにアスキー)など。


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