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田口和裕の「ChatGPTの使い方!」 第41回

中国の“オープンAI”攻撃でゆらぐ常識 1兆パラ級を超格安で開発した「Kimi K2」 の衝撃

2025年11月21日 07時00分更新

文● 田口和裕

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ベンチマークと制約

 MoonshotはKimi K2の性能を、主要なオープンモデルや商用モデルと並べて比較している。コード生成ではSWE-benchLiveCodeBenchOJBenchなどの実務寄りテストで高いスコアを記録し、数理分野ではAIME 2025GPQA-Diamondといった競技問題で優れた結果を示した。特にツール利用を伴う「エージェント型」テストでは、ClaudeやGeminiなどの有償モデルに迫る数値を出している。

 一方で、Moonshot自身もK2の弱点を正直に挙げている。難しい推論問題や、使うツールの設定があいまいなときには、答えが長くなりすぎたり途中で途切れたりすることがある。また、大きなプログラムを一度に作らせるよりも、作業をいくつかのステップに分けて指示したほうが安定して動く傾向がある。

 これらの制約は、K2が「行動するAI」であるがゆえの副作用ともいえる。ツールを使う自由度が高い分、設計が複雑化し、出力の安定性を確保するのが難しくなるのだ。Moonshotは次期アップデートでこれらの課題を改善する方針を示しており、将来的には推論型のK2 Thinkingと統合される可能性もある。

 とはいえ、オープンモデルとしてこの水準に到達している例は少なく、Kimi K2は研究・開発双方の観点で現時点でも十分に注目に値する存在だ。

API/セルフホスト対応

 Kimi K2は、一般ユーザー向けのWeb版だけでなく、開発者が組み込めるAPIも提供している。このAPIは、Moonshot AIのクラウド上で動作しており、利用者はリクエストを送るだけでK2の推論結果を受け取れる。つまり、推論エンジンやモデルの実行環境はすべてMoonshot側で管理されているため、OpenAIやAnthropicのAPIと同じ感覚で使える。

 ただし、Kimi K2の本当の強みはここから。OpenAIやAnthropicと違って、モデルの中身や学習方法が公開されているので、社内サーバーや手元のGPUマシンにインストールして、自分の環境で動かすこともできる。vLLMSGLangなど、好みの推論エンジンを選べるのも特徴だ。これがセルフホスト(オンプレミス)対応と呼ばれる仕組みである。つまり、APIで手軽に使うことも、自前で完全にコントロールすることもできる。この柔軟さこそ、Kimi K2を現実的なオープンAIとして際立たせているのだ。

 さらに注目すべきは公開方針の自由度だ。Kimi K2はオープンソースとして公開されており、改変や再配布、商用利用までも許可されている。ライセンスはMIT系(修正版MITライセンス)に基づくもので、企業や研究機関が独自に拡張して使うことも可能だ。すでに海外では教育・研究向けクラウドへの統合が進んでおり、汎用モデルとしての広がりが見えてきた。

 もっとも、Kimi K2のような1兆パラメータ級モデルを家庭のPCで直接動かすのは現実的ではない。高性能GPUと大容量メモリを必要とし、現状ではクラウド環境での利用が前提となる。

 ただし、オープンモデルならではの動きもある。すでにコミュニティでは、Kimi K2 Thinkingを量子化した「Kimi-K2-Thinking-GGUF」がHugging Face上で公開されており、OllamaやLM StudioといったローカルLLM環境で試すことが可能だ。こうした派生版が自然に登場するのは、コードや重みを公開しているオープンソースLLMならではの強みといえる。

まとめ:オープンで多極的なAIへ

 アメリカ勢が主導してきたLLM市場のなかで、中国発のKimi K2は、欧米とは異なる方向から登場した新しい潮流といえる。内部構造や学習手法を公開し、研究者から一般ユーザーまで幅広く使える点が特徴だ。

 また、巨大モデルを低コストで訓練できる事例が実証されたことで、今後は中国だけでなく他地域でも独自LLMの開発が活発になるとみられる。特定企業や文化圏に依存しない技術選択肢が増えることは、利用者側にとっても大きい。

 「中国製のAIは大丈夫なのか?」と感じる人もいるかもしれないが、モデルの重みやコードを公開し、セルフホストまで許可しているK2は、少なくとも検証可能なAIである。ブラックボックス性が薄まり、利用者はモデルの挙動をより正確に把握できる。

 AIが社会基盤の一部になりつつある今、どの文化や価値観を持つモデルを使うのかは、個々の選択に委ねられる時代に入った。Kimi K2は、その選択肢を多極化させる存在として位置づけられる。

田口和裕(たぐちかずひろ)

 1969年生まれ。ウェブサイト制作会社から2003年に独立。雑誌、書籍、ウェブサイト等を中心に、ソーシャルメディア、クラウドサービス、スマートフォンなどのコンシューマー向け記事や、企業向けアプリケーションの導入事例といったエンタープライズ系記事など、IT全般を対象に幅広く執筆。2019年にはタイのチェンマイに本格移住。
 新刊:発売中「生成AI推し技大全 ChatGPT+主要AI 活用アイデア100選」、:https://amzn.to/3HlrZWa

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