10月に開催されたHead-Fi主催の「CanJam NYC 2023」の会場で、DROP+Grellの新しいヘッドホン「OAE1」が展示された。
ゼンハイザーの音を支えてきたアクセル・グレル氏とは?
おそらくほとんどの方は初耳だと思うが、その開発者がアクセル・グレル氏だと聞けば得心する方は多くなるかもしれない。私もヘッドフォン祭にグレル氏が来日したときに話したことがあるが、いわばゼンハイザーの頭脳ともいうべき人物だ。アクセル・グレル氏は1991年からゼンハイザーに在籍、ゼンハイザーの歴史に残るフラッグシップ機である「HD 600」「HD 650」「HD 800」などを手掛けた開発者として知られている。
グレル氏は、ゼンハイザーのヘッドホン部門がソノヴァに買収される前にゼンハイザーを離れた。そして、立ち上げたのが自らの名を冠したGrell Audioである。Grell Audioでは開発とともにコンサルタント活動も行っていて、グレル氏はDan Clark Audioのメタマテリアル技術を応用したAMTSにも協力したと言われている。またGrell Audioのブランドでも「TWS1」という完全ワイヤレスイヤホンを発売していた(国内未発売)。
そんなグレル氏が自分の理念を込めて開発したヘッドホンがOAE1であり、海外の通販サイト(自社開発のブランドも持つ)Dropが販売する。注目すべきポイントはOAE1が、実質的にHD 800の進化型であるということだ。
OAE1の特徴は、グレル氏の音に対する哲学を文字通り"形"にしたことだ。
グレル氏はCanJamでセミナーを開講しているが、そのテーマは「ヘッドホンの外形デザインと音質」である。その内容紹介には次のように書かれている「多くのリスナーはヘッドホンの周波数特性を測定するが、実際に知覚される音はヘッドホンのジオメトリ(形状や大きさ)とアコースティックインピーダンスに大きく左右される。これはイヤーカップの中の音場の形と方向性が空間再現に重要だからだ」。
これを元にして、OAE1ではイヤーカップ内のドライバーを耳の前方に置く、独特の配置がなされている。それを可能な限り開放されたイヤーカップデザインと組み合わせるのがグレル氏の思想のようだ。これはHead-Fiのジュード・マンシラ氏によるグレル氏のインタビューでも語られている。
グレル氏の考える振動板の配置の進化は、そのインタビューで見せたグレル氏のジェスチャーからわかる。また、プロトタイプの画像からは、まるで鳥かごのようにイヤーカップの全体がメッシュで覆われて、その中で振動板が前方に設置されていることがわかる。
ダイナミックドライバーの振動板は直径40mmのバイオセルロースを用いている。振動板は外縁部(エッジ)を有していて、ボイスコイルの作り出す定在波を吸収する仕組みになっているとのこと。また、プロトタイプの画像を見ると、単にドライバーが前面に配置されているだけではなく、ドライバーをおおうようになんらかのディフューザーのような白いものが置かれているのも気になる点だ。これはAMTSとの関係性を感じさせる。さらにプロトタイプと製品版の画像を比較すると、ハウジングの内部構造が異なるように見えるが、これは実物を見てみないとわからない。
マンシラ氏がHead AcousticsのMDAQSで測定を行ったところ、全体に性能が高かったが、特に立体音響である「イマーシブネス」のスコアが高いとのこと。MDAQSはダミーヘッドを用いた多次元オーディオ品質スコアシステムである。
CanJamでの展示では、まだチューニングがうまくなされていないようだったが、試聴した来場者のコメントには「HD 600シリーズとは異なる音で、空間表現が素晴らしく独特」というものがあった。ただ、人によって「高域がきつすぎる」とか、「低域志向すぎる」と言った差も大きい。もしかすると独自のドライバー配置のせいで逆に個人差が大きく出ているのかもしれない。
いずれにせよ、彼の独自の試みが結実してHD 800の進化形ヘッドフォンが登場することを期待したい。
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