画像クレジット:Getty Images
電気自動車(EV)の急速充電器の規格をめぐる動きが加速してきた。テスラが自社の急速充電ネットワークを他社のEVに開放する一方で、フォードとGMがテスラの規格を採用する計画を相次いで発表している。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
良いライバル関係の話が私は大好きだ。炭酸飲料ではコーラ対ペプシ、野球ではヤンキース対レッドソックス、そして電気自動車(EV)急速充電器では、テスラ(Tesla)対その他だ。
最後に挙げた例は、前の2つのライバル関係の域にはまだ達していないかもしれないが、戦いは激化しつつある。テスラのEVには長年、米国で他のほとんどのEVが採用しているものとは異なる充電ポートが搭載されてきた。だがここ数週間で、複数の自動車メーカーと充電ネットワーク事業者が、テスラの充電テクノロジーの採用を決めている。
こうした動きは充電器をめぐる戦いの力関係を変化させ、人々の移動手段にも大きな影響を与える可能性がある。そこで、この競争関係では何が起こっているのか、なぜそれが重要なのか、そしてそれが我々の将来の運転と充電の習慣にどのような影響を及ぼすのかを掘り下げていこう。
圧倒的規模で展開するテスラ
テスラは、10年以上前に構築を開始したスーパーチャージャー・ネットワークで知られている(かつてのバッテリー交換ステーションを構築するという計画は回避された)。
米国でのスーパーチャージャー・ネットワークの規模は実際、他のすべてのネットワークを合わせたよりも大きい。テスラが1万9000基余りの急速充電器を設置しているのに対し、他はすべて合わせても1万5000基余りだ。テスラは世界で4万5000基のスーパーチャージャーを運用している。
2023年に入って、テスラは米国で一部のスーパーチャージャーを他のEVにも開放すると発表した。これは大きな変化で、どうやらバイデン政権が公共充電器のために確保した75億ドルの予算の一部を狙ってのことなのだろう(ここでのキーワードは「公共」であり、つまりテスラ車のドライバー専用であってはならないということだ)。
現在米国で販売されている急速充電に対応した他のEVのほとんどは、複合充電システム(CCS:Combined Charging System)と呼ばれる充電ポートを搭載しているが、テスラは独自のテクノロジーを採用している。しかし、こうした新たな公共ステーションでは、他社のEVにも対応するために、テスラは「マジックドック(Magic Dock)」なるものを充電器に後付けすることを計画している。テスラの特別な充電器をCCSの充電ポートに接続できるようにするアダプターだ。この動きにより、2024年末までに米国内のすべてのEVドライバーが最大7500基のテスラの充電器を利用できるようになる可能性がある。
だが、テスラは自社の充電ネットワークを他社のEVに開放するだけに留まらない。他のメーカーに自社テクノロジーの採用を働きかけている。2022年11月、テスラは自社のコネクターを「 北米充電規格(NACS:National American Charging Standard)」と改名した。
すると2023年5月下旬にフォードが、アダプターとソフトウェアを統合して、既存の自社EVがテスラのスーパーチャージャー(マジックドック付きでないものも含めて)を使用できるようにする計画だと発表した。フォードは早ければ2025年から、テスラのNACS充電ポートを搭載したEVを売り出す予定だ。
6月8日にはゼネラルモーターズ(GM)もこれに加わった。フォードに続いてテスラのテクノロジーを採用し、2024年中に顧客にアダプターを提供し、2025年にはテスラのNACS充電ポートを搭載したEVの販売を開始することを発表したのだ。
テスラにとっては、フォードとGMが加われば、テスラの充電ネットワークを使用する他社製EVのドライバーからの新たな収入が増えることになる。ある試算によると、その額は2030年までに年間最大30憶ドルになるという。この動きに他の充電ネットワーク事業者も慌てふためいた。ブリンクチャージング(Blink Charging)やEVゴー(EVGo)などの企業は6月12日、テスラのNACS規格と互換性のある充電器を提供すると発表した。
つまり、テスラ方式への雪崩現象が起こっているのだ。テスラによると、同社の充電器は現行のCCS規格よりも小型でパワフルだという。
だがこの変化に対し、バイデン政権はブレーキをかけたい考えのようだ。ロイター通信が報じたところによると、ホワイトハウスは6月9日、テスラの充電ステーションが連邦政府の資金提供を受けるためには、米国標準のCCSコネクターも設置されていなければならないと述べたという。
アンドロイド(Android)ユーザーでいっぱいの部屋でアイフォーン(iPhone)の充電器を探したり、あるいはその逆の経験があったりする人なら、充電規格の違いがどれほど厄介なことか分かるだろう。この緊張が今後どのように展開していくのか、興味深い。さらに多くの自動車メーカーがこれに続くのか、それとも抵抗するのか。テスラは最終的にNACSを新たな充電規格として確立させるのだろうか。間違いなく、この件から目が離せない。
EV充電をめぐる別の話題
充電に関する他のニュースでは、EVを充電することで環境に貢献するときに感じるあの曖昧な気分の複雑さが、少しばかり増すことになった。電気トラックを製造するリヴィアン(Rivian)は、自社の充電器がもたらす気候への恩恵をクレジットとして受け取りたいと考えている。
リヴィアンは、炭素クレジット認証機関に提出したプロジェクト申請書の中で、同社が販売する充電器の結果として実現された排出量削減に対し、炭素クレジットが与えられるよう求めていることを明らかにした。
これがいったい何を意味するのか? 専門家の意見は? 本誌のジェームズ・テンプル編集者が書いた最新記事はこちらで読める。
MITテクノロジーレビューの関連記事
・EVのための新たな資金調達をめぐって盛り上がりを見せている。だがEVを後押しするには、世界中にもっと多くの充電器が必要になる。そのための課題についてまとめた。
・米国の急速EV充電ステーションがどこにあるか知りたい人向けには、すべてを載せた地図がこちらにある。
・もしも充電をいっさいやめたらどうだろうか。それがバッテリー交換の夢であり、サンフランシスコのあるスタートアップ企業は、今ではバッテリー交換は5分でできると言っている(だが事はそれほど単純ではないかもしれない)。
もう1つ
温室効果ガスの排出量削減は高くつきがちだ。太陽光パネルや電気自動車など、気候変動に配慮した消費者向けテクノロジーは、汚染度の高い同種の製品よりも価格が高いことが多い。
驚くことにヒートポンプに関しては、少なくとも米国ではそのようなことはないようだ。新たなデータによると、ヒートポンプの普及率は、どの所得層もかなり均等であることが明らかになった。その理由については、こちらの最新記事をチェックしてほしい。
◆
気候変動関連の最近の話題
- 6月上旬、山火事の煙が米北東部を霞んだ終末論的な光景に変えてしまった。しかしそこには、何が起こったのかよくわからないいことがたくさんある。(ヒートマップニュース)
→ 山火事の煙は太陽光発電に大きな打撃を与えた。(ブルームバーグ) - モンタナ州の若い住民らが気候変動について州を訴えている。州は、化石燃料を支持しており、憲法で定められた「清潔で健康によい環境」を守る責任を果たしていないと彼らは主張する。(ガーディアン紙)
- 政府の新たな研究プログラムが登場した。米国国防先端研究計画局(DARPA)について聞いたことがあるかも知れない。インターネットやGPSのような重要な発明をもたらした国防プログラムだ。連邦政府は現在、インフラに向けた同様のプログラムを開始したいと考えている。(ザ・ヴァージ)
→ DARPAをモデルとしてハイリスク・ハイリターンのエネルギープロジェクトの立ち上げを目標とするエネルギー研究プログラムの責任者にインタビューした。(MITテクノロジーレビュー) - 新たな巨大充電ステーションが、大きな電気トラックを走らせ続けるために何が必要であるかを明らかにする。(グリスト)
- トヨタは全固体電池を搭載した車の製造を計画している。同社に対しては、電気自動車への取り組みが遅いとして批判が高まっている。(AP通信)
→ 全固体電池とは何か、そしてそれがEVのあり方を変え得る理由がこちらにある。(MITテクノロジーレビュー)