昨今、さまざまなスポーツ施設や団体が「新しい観戦体験」を生み出す取り組みを行っている。例えば、有明アリーナでは、360度の「マルチアングルシステム」を導入し、自席とは異なる視点で試合観戦ができる「自由視点映像」を提供している。ボクシングの井上尚弥対ポール・バトラー戦で大きな注目を集めた「マルチアングルシステム」だが、他にどのような形での活用が期待されるのだろうか?
見たい角度で試合映像が見られる
有明アリーナが導入した「マルチアングルシステム」は、MasterVisions社が開発した映像ソリューションだ。アリーナの中心を囲むように最大60台の4Kカメラを設置。撮影した映像をリアルタイムに合成・変換し、PCやスマートフォン、タブレット、またアリーナビジョンへ配信するという仕組みだ。
スマホやタブレットへと配信された映像は、アングルを変えたりズームしたりできる。また、見たいシーンまで巻き戻す、スローで再生するといったことも可能。「見たい角度での映像」が自由に視聴できるのが大きな特徴だ。
「マルチアングルシステム」で撮影したマルチアングルリプレイ映像を、来場者のスマホに配信できるようになっている。試合を生観戦しつつ、違う視点で試合映像を見たり、気になるシーンをプレーバックしたりできるのだ。
大きな注目を集めた井上尚弥対ポール・バトラー戦
2022年12月13日に行われた、井上尚弥対ポール・バトラー戦では上記の配信環境を活用し、専用アプリを通じて来場者のスマホにマルチアングルリプレイ映像を配信。来場者はNTTドコモが提供する「『高密度Wi-Fiサービス』を利用し専用アプリで視聴することでデータ通信量を気にせず、自由視点映像で井上の戦いを楽しんだ。
ノックアウトシーンを別の視点で楽しめるなど、今回はボクシングでの活用に注目が集まった「マルチアングルシステム」だが、球技など別のスポーツでの活用も期待されている。実際に、有明アリーナでは、バスケットボールの試合で「マルチアングルシステム」を利用。ゴールが決まった場面など重要なシーンをアリーナビジョンに映すほか、スマホでも確認できるようになっている。
有明アリーナによると、特に井上対バトラー戦では多くの来場者にマルチアングル映像を楽しんでもらい、「一定の評価は得られたと考えている」という。しかし、アプリのインストールなど視聴するためのプロセスが必要なため、利用を諦める人もいたとのこと。利用方法のアナウンス面などにまだまだ課題があるため、どのようにすればスムーズに利用してもらえるのか考えるのも重要だ。
今後は5Gでの利用が期待される
有明アリーナによると、今後のマルチアングルシステムの展望については「5Gでの展開」や「NFTなどのデジタルアーカイブ」を進めているという。すでに5G配信には対応しているものの、「利用する側」の環境が追い付いていないのが現状だ。5G環境がさらに広がれば、5Gでの映像提供も可能になってくる。
また、「NFTなどのデジタルアーカイブ」については、アリーナを使う主催者側への付加価値の提供につながる。アリーナ側で提供できるコンテンツが増えれば、主催者側もファンに新しい体験が提供できるようになるだろう。
スポーツ以外での活用も期待されている。例えば、コンサートなど360度全方位の映像を利用することで、自由視点も楽しめる映像記録作品を作ったり、VRなどコンテンツでの活用も考えられる。来場者だけでなく、離れた場所からスマホやタブレットで視聴する層へも新しい価値が届られるはずだ。
全方位から自由視点で楽しめるのは、まさに「かゆいところに手が届く」というシステムだ。これまではカメラの場所の都合で見られなかったシーンも手軽に見ることができる。今後は、有明アリーナだけでなく、他のアリーナでも自由視点映像が楽しめるシステムの導入が進むと見られている。スポーツに限らず、アリーナで行われる興行は、「360度映像が基本」になるかもしれない。