清水建設はいまから14年前、赤道直下の大海原にコンクリートの塊をぷかぷか浮かべ、100万人都市を作るというとんでもない構想をぶち上げていた。
その名も「GREEN FLOAT」と言い、清水建設のサイトで詳しく紹介されている。
同社ではそれから年月を重ねて浮体構想の実証を進めてきたが、ここに来てついに実現への足がかりとなる小型浮体式構造物建造の道筋が見えてきたという。
そもそもGREEN FLOATとはどんな計画で、我々はいつSHIMIZUマークの付いた浮体を見ることができるのか。連載ではおなじみの角川アスキー総合研究所・遠藤諭が、清水建設 フロンティア開発室 小林伸司 海洋開発部長、清水建設 フロンティア開発室 海洋開発部 吉田郁夫 副部長に聞いた。
清水建設の建設ではない部分
小林 まずフロンティア開発室についてお話しさせていただきますね。清水建設の本業は建設事業で、建築、土木、海外建設の3つが約90%を占めます。我々がいるのは非建設事業、これまで会社がやっていなかった分野。その中でやっているのが海洋都市開発のビジネスモデル開発。2008年に海洋未来都市構想「GREEN FLOAT」、2014年に深海未来都市構想「OCEAN SPIRAL」をそれぞれ発表してきましたが、まずは海上未来都市から成立させようとしていて、2018年から開発部として事業化に向けて活動しているところです。
── 会社としてはどういう位置付けなんですか?
小林 会社としては「SHIMZ VISION 2030」というものを出していて、清水グループは2030年の姿としてスマートイノベーションカンパニーを目指しています。レジリエント、インクルーシブ、サステナブルをキーワードに、そうした社会を実現するためのスマートイノベーションに取り組んでいます。そのため事業構造と技術と人財(人材)をイノベーションしようということで、事業構造についてはビジネスモデルの多様化を目指しています。
── 建設以外を増やしていこうと?
小林 これまでの収益構造は非建設事業が10%でしたが、2030年度には35%まで上げていきたい。フロンティア開発室もそこに貢献できるよう取り組んでいるわけです。
── 非建設事業を伸ばすのはなぜなんですか?建物を作る人がいなくなるとか?
小林 建設事業を進化させるのはもちろん、更なる企業価値の向上に向けた取組みの1つとして、非建設分野を伸ばしていこう、そうして我々は事業化に向けて市場調査と技術開発を促進していこうということですね。その上でGREEN FLOATについては吉田副部長からお話しします。
赤道直下に浮かぶ巨大なコンクリートの塊
吉田 GREEN FLOATは2008年に「シミズドリーム」という位置付けで構想を始めたものです。シミズドリームというのは、建設会社が未来に向けてどう発展して人々の役に立てるかというビジョンを示すため、当時の最先端技術で提案するもの。カーボン素材を使用した「ピラミッドシティ」という超大型構造物を構想したこともありました。SFと違い、あくまでも将来的に建設可能なものとして発表しているという位置付けです。
── そうしたものをやろうというきっかけは何なんでしょう。
吉田 景気の良くなかった2007年、宮本が社長に就任したんですね(現・宮本洋一会長)。建設業も色々ダメージを受けた中、業界活性化のために景気のいい話をしよう、新しいシミズドリームをやろうということで発足しました。
── GREEN FLOATっていうのはどういう意味なんですか。
吉田 GREENは環境、FLOATは海洋(浮体)という意味を込めています。2008年は京都議定書が発令されて、人類がいよいよCO2を削減しなければならないという数値目標が初めて発表された年。今こそ気候変動ということで色々とらえられていますが、まずは地球温暖化を止めなければいけない。人口爆発が起き、食料問題が起きてくる中、自給自足もやっていかなければいけない。自然環境保全も今以上にやっていかなければならないという思いをGREENにかけています。FLOATは、海面上昇が起きはじめたときにどう対処するか。浮かんで住むという暮らし方もできるんじゃないか。陸に比べてはるかに豊かだと言われている海の資源を生かすところに挑戦しようということです。
── なぜ海になったんですか?
吉田 もともとは世界人口が2050年にはもう100億人になろうということを国連が発表している中、世界地図を見ると、地球上はほとんど海じゃないかと。
── 7割が海ですからね。
吉田 そうなんです。3割で問題が起きているので、7割の一部でも使えたら明るい未来ができるんじゃないかという発想です。海は荒れていたり怖いイメージがありますが、我々の技術をもってすれば安全・安心で暮らせる世界が描けるんじゃないかと。
── 昨日、地図バーMというところで聞いたんですが、海の等高線はデジタル化されていないんですね。海は未開発の資源というか、まさにフロンティアであると。
吉田 ヨットで生活されている人もいるにはいるんですけど、ちゃんとした安全・安心に住めるプラットフォームがあるかと言われるとほぼないですよね。そこにきちんと住める構造なり技術を清水建設が提案してあげようと。そのときに海と言っても瀬戸内海も太平洋もありますが、ビジョンとしては赤道直下を選びました。
── 日本じゃないじゃないですか。
吉田 シミズドリームは大きなビジョンを掲げるもの。清水建設の技術が地球全体にどう貢献できるかということを示すものなので、できるだけ遠くにボールを投げる必要がある。そうした意味で赤道直下というところが出てきたということですね。
── 建設会社と言うと、コンクリートのお世話になっているから。あれってサンゴ礁じゃないですか。それで海になったといったら面白かったんですけど。でもスケールとしてはそれくらいの大きさで考えられていると。で、赤道直下にどれくらいの島を浮かべるわけですか。
吉田 直径3000メートル、高さ1000メートルというサイズです。
── なんでそんなに高いんですか?
吉田 軽井沢と同じです。標高が100メートル上がるたびに0.6℃気温が下がるという気温低減率を利用して、高いところに住めば暑さを下げられるだろうということですね。赤道直下は平均気温が32℃程度なので、そこから6℃下がれば26℃前後になるはずだと。そして1000メートルのビルが無謀かというと無謀ではない。当時からドバイには1000メートルを目指すビルがありましたし、技術自体はそこまで難しくないんですね。
── となると、人間は上にいるわけですね。
吉田 そうです。暑いのが好きな人は下にいてもいいですが。
── 住人たちはマンションみたいなところに住むわけですか?
吉田 人工地盤をイメージしています。数平米の区画を設けられるので、そこに個性的なデザインの家を建てれば、親子数代に渡って住み続けてもらえるのではないかと。
── 上の部分が広がっているのは日陰ができるようにしているわけですか。
吉田 逆に、日陰ができにくくなっています。最上部と最下部を結ぶと23.4度になって……。
── あーっ、地球の。
吉田 そう、地軸の傾きと同じです。おひさまが当たるようにデザインされているわけです。理由は足元の田畑に日光が届くようにするためです。加えて、植物工場も入れています。島全体で5万人が住めるんですが、それだけの人が自給自足をするには畑の面積が必要になり、足元の田畑では足りないので、植物工場で稼がせてもらう。さらに、漁船を出して魚をとりにいくと油を使ってしまうので、浅瀬で養殖をして自給自足の足しにすることも考えています。
── 海と陸が水平に接しているところには影ができるわけですから、そこで魚の養殖ができたりしませんかね?
吉田 結果的には魚が寄ってきますね。実際、淡路や熊野灘には海上に浮いている釣り堀もありますよね。あれは1998年から2000年にかけて1000メートルの滑走路を浮かべるという計画があり(横須賀沖でのメガフロート実証実験)、そこを解体して釣り堀にしているものですが、陸の堤防よりちょっと浮いています。そこに桟橋をかけると影になり、魚が釣れやすいと言われています。私が見たのは熊野灘の釣り堀ですが、ものすごくにぎわっていました。
── めちゃめちゃタモリ倶楽部っぽいネタですね。
吉田 静岡県清水市のメガフロート、清水港海づり公園も有名ですね。3.11のとき汚染処理水の貯水先として国が徴収してからは福島で活躍していましたが。
── 釣り人は悲しいですね。
(編註:清水市ではメガフロートの売却益をもとに2016年から新しい海づり公園の工事に着手しており、2025年度の完成を目指している)
吉田 ともあれ、植物工場が居住地の真下にありますので、ここで安全安心な食料を食べていこうと。既存の畑を耕すのではなく、一から設計できるわけですから、最先端の植物工場を入れていく。そこで住民たちが自分で参加する形が取れればと。
── 植物工場では自動的なものがありますよね、オランダとかに。
吉田 あれは閉鎖型で、二酸化炭素を高密度にして、とにかく植物が喜べばいいという形ですが、これは最終的に人間が喜ばないといけないと思っているんですね。赤道直下で太陽の恵みがあるので、日を入れてやって。畑の中にレストランや、自分で栽培できるところがあって、参加しやすい作りにしています。
── なるほど、市民の参加が重要なんだ。
吉田 レクリエーションの場も必要ですから、ゴルフ場やサッカー場、野球場も入れます。浅瀬に砂を入れればビーチになります。ここをあまり特殊な環境にしすぎてしまうと人々が住まなくなってしまうので、日常生活が陸でできることはすべて用意しようと。ビーチリゾートなどの観光資源を入れることで経済も回していけます。
── これはもう国ですね。人口はどのくらいになるんですか?
吉田 5万人です。大きな話で言うと、1セルあたり5万人というのが人間と人工物のいい関係だとすると、これを自己相似形で増やしていくというのが理想です。
── おお、フラクタルなんだ。
吉田 まさに。これを小型のフラクタルで発展させると10万人になり、これを10個並べれば100万人都市になる。都市の目標は100万人なんです。仙台とか広島とか。それくらいになれば一般的な国としても成立する単位になります。
── これはもう「マンデルブロ都市」とか言うといいんじゃないですか。
吉田 まさに。これを別の形で説明する資料ではマンデルブロ集合の絵を入れています。
マンデルブロ集合
どれだけ拡大しても最初と同じ形の図形があらわれるフラクタル図形の一種。数学者ブノワ・マンデルブロが『フラクタル幾何学』で紹介したことで有名になった。プログラムによる描画にはCPUパワーが必要になるためベンチマーク用途としても知られていた。
── これはなぜ自己相似形で増やす必要があるんですか?
吉田 最初はセル1つあたりの面積を大きくしようとしたんですが、構造的にも巨大すぎたんです。人間は大体1km歩けると言われているので、半径1kmの中でやっていくコンパクトシティという都市計画で設計するとこの大きさになりました。
── 近場では逗子が5万8000人ですね。あのくらいのスケール感だと。
吉田 赤道直下のキリバス共和国が約10万人、首都のタラワ島は約5万人ですので、この島ひとつで足りると。
── 将来、海面が上昇してしまったら赤道直下の国はこれを買えばいいわけですね。
吉田 まあ、お金を別に考えれば、ここを提供すればひとつの国が成り立つということです。そして次に資源循環ですが、人が出すCO2や生ごみを回収して循環させて肥料にします。植物工場の飼料になって田畑になり、それでもまだ余るので海洋牧場の飼料にすることでカロリー計算上は循環することになります。ただ、ここだけガラスで閉じて独立しようというわけではなく、欲しいものがあれば買えばいいと考えています。
── キャビアが食べたければ何かを売って買ってくればいいと。
吉田 ここから出るゴミの再資源化もはかっています。当時から着目していたのは太平洋に漂流するゴミです。海洋研究者のチャールズ・ムーアさんが、ハワイ島周辺に北米大陸くらいのゴミの島が水中に隠れているということを発表されています(太平洋ゴミベルト)。それならGREEN FLOATにゴミを処理するプラントを入れて、高温で一気に脱水して燃やしてエネルギーにするということも構想に入れていました。
── エネルギーを作ってもCO2は出ていかないんですか?
吉田 植物のようにCO2を吸ってしまう浮体都市を作りたいと考えたんですね。まずは自分たちが出すCO2を減らすということで、産業転換でマイナス40%、高所に住むことによる省エネ効果でマイナス30%。あとは自然エネルギーを使用する。場所としては海洋温度差発電が一番いいんですが、それでは足りないので、JAXAが2030年に実現すると言っている宇宙太陽光発電の受電基地の候補にしてもらう。それでプラマイゼロになります。そして最後に空中に出ているCO2を海中・海底に固定する。これによってGREEN FLOATが増えるほど地球上のCO2を減らせるということを計算しています。
ハニカム状のコンクリート浮体をつなげてビルを建てる
── 構想は分かりましたが、こんなに巨大なものをどうやって浮かべるんですか?
吉田 そこが清水建設の技術です。たとえば1984年には北海向けの移動式人工島SuperCIDSの建造に参加しました。コンクリート浮体は非常に耐久性が高く、当時から30年以上経ってもいまだに現役で働いています。
── へえーっ。GREEN FLOATはどうやって浮かべているんですか?
吉田 SuperCIDSの建造実績を活かしてさらに発展させた技術を使います。まずハニカム状の浮体をたくさん作るんです。極力人を使わずに自動化をはかって、3Dプリンターでコンクリートを作って洋上に浮かべて持っていく。最終的には一番厚いところで50メートルの高さのハニカムが必要なので、少し水深があるところに持っていって、洋上に浮かせた状態で上に上に足していく。できたものを「洋上接合」という技術で合わせていくと、浮体の人工地盤ができあがるというわけです。
── なるほど。
吉田 GREEN FLOATでは、1000メートルのビルもできるだけ人を使わずに作ろうと考えています。1000メートルの高さまで人が建材を持って往復するのは良くないということで、浮力を使う方法を考えたんですね。建物の一部を作ったら、海の下に沈めていくんです。そして最後に巨大な浮力で持ちあげることによって1000メートルのビルを建てていく。これは「海上施工スマート工法」ということで特許も取っています。
── 波が来るたびに1000メートルのビルが揺れるんじゃないですか?
吉田 揺れないんですよ、全体が大きいので。浅瀬を除くとコンクリートのかたまりだけで2kmあるんですが、2kmの物体を揺らすだけの波は太平洋では発生しないんです。
── 津波が来ても壊れるものではない?
吉田 沿岸ではないので津波はそんなに来ないんです。エネルギーの波が表面をなぞるだけですので。特異な大波もこれ自体を揺らす波は来ないというのが一般的です。
── ぷかぷかと漂流してしまわないんですか?
吉田 そこなんですが、いまだに係留については解決していないですよね。パンフレット上は赤道域の海流に乗せて、一部だけ動力で制御すると書いていたんですが、いまとなっては無謀だなと。力技でできないことはないですが、ただでさえ島の経済に合わない形になってしまうので、それはひとつ課題として残っています。
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