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「現在の状況はマイクロソフトが創業した1975年とよく似ている」

ナデラCEOが来日講演で示した「6つの課題」とマイクロソフトの進む道

2022年11月18日 13時15分更新

文● 指田昌夫 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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「4年前の来日時とは、何もかもが変わった」

 日本マイクロソフトが2022年11月16日に開催したビジネスイベント「Empowering Japan's Future」の基調講演で、米国マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏が4年ぶりに来日し、ビジネス、社会の課題と同社の戦略について講演した。

米マイクロソフト 会長 兼 CEOのサティア・ナデラ(Satya Nadella)氏

 ナデラ氏は冒頭、次のように語った。「4年前とは多くのことが変わっている。今の状況は、1975年にマイクロソフトが創業したときと似ている。個人向けのコンピューターがはじめて登場し、エネルギー危機も報じられていた」。

 ナデラ氏は、クラウドやAIといった新たなテクノロジーの登場と、パンデミックや戦争、気候変動といった世界的な危機が入り交じる現代を、同社の創業当時の状況と共通する部分があるとみており、テクノロジーによって困難を乗り越えていく決意を示した。

 CEO就任以降、ナデラ氏が掲げ続けてきたマイクロソフトのミッションは「地球上のすべての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする」である。ナデラ氏は、

 「ここで言う『達成すべきこと』を、より細かく定義しなければいけない。特に今求められているのは『より少ないリソースで、より多くのことを成し遂げる』こと。その実現には、デジタルテクノロジーが欠かせない。それがマイクロソフトのモチベーションになっている」

アプリケーションの95%がクラウド移行する、その先を見据えて

 ここからナデラ氏は、民間、公共を問わず社会の変化に対応するために克服すべき「6つの課題」を示し、それぞれについてデジタルが果たす役割を説明した。

 最初のテーマは「クラウド移行」だ。クラウドのエネルギー効率は、他の方式よりも95%も優れている。またアプリケーションの95%は、2025年にクラウドネイティブになると予測されている。クラウド対応はすべての企業にとって避けられない課題だ。

 ただし、クラウド移行だけで終わるわけではない。ナデラ氏は「これからはクラウドに移行するだけでなく、いかにクラウドを活用するかが重要になる。効率性と機能性の最先端に立たなければいけない」ことを強調する。

 マイクロソフトのクラウドインフラである「Microsoft Azure」は、世界に60以上のリージョン(日本は2リージョン)が稼働している。これは競合他社よりも多く、またエッジ、マルチクラウド、オンプレミスでも展開できるといった優位性があると、ナデラ氏は説明した。

 国内のAzure活用企業の一例として、基幹システムでAzureを利用するセブン銀行が紹介された。セブン銀行ではAzureの東日本/西日本リージョンと、自社の東西データセンターを連携させたハイブリッドクラウド環境を構築しているという。

AIが自動的にコンテンツを生み出す時代に向けて

 2つ目のテーマは「データAI」だ。今後、データの10%は、生成型のAIによって作られるとナデラ氏は話す。

 「当社にはAzureで学習した画像生成AIモデル『ダリー(DALL-E)』がある。ダリーにデータを取り込んで生成した『未来の東京』の絵は非常に興味深い。AIが新たにイメージを生成すれば、人間はより高度な探索ができる。これがマイクロソフトの目指す世界だ」

 だが、AIを活用するためには堅牢なデータプラットフォームが必要だ。また、さまざまなデータの特性にも対応しなければいけない。マイクロソフトのAIは「Azure Cosmos DB」にデータを格納し、コンプライアンス、ガバナンス、セキュリティが担保された形で処理することができる。「これらの管理機能は“組み合わせ”ではなく、一体であることが重要だ」とナデラ氏は語る。

 今回の来日中に、ナデラ氏は日本の農業ロボットベンチャー「アグリスト」のメンバーと会うことができたと話した。同社は、ビニールハウスで育てた野菜の自動収穫ロボットなどを開発している。カメラやセンサーを備えた、小型で低価格なロボットで、そこから得られたデータをAzureに送り、AIモデルの学習を行っている。

 また、ロボットから収集したデータをAIに学習させるためのラベリングサービスも始めている。誰でも在宅でデータにラベル付けをすることができ、新たな雇用を生み出している。「これは日本のスタートアップの成果である。農業従事者の高齢化に対応し、どうやってワークフォースのインクルージョンを実現するかを考えて、素晴らしいサービスを生み出していることに感銘を受けた」(ナデラ氏)。

プログラマー/市民開発者向けツールで生産性向上に注力

 3つ目の話題はDXだ。企業が全社的なDXに進むとき、テクノロジーの知識と業務知識の融合が求められる。ナデラ氏は「フュージョンチーム」のエンパワーメントが重要と話す。「すでにテック関係の仕事は、テクノロジー産業よりもそれ以外の業種のほうが、ボリュームが大きくなっている。これは私が望んでいた状況だ。あらゆる人がデジタル変革に参加する時代になっている」。

 1975年に創業したとき、マイクロソフトは「開発者向けツールの会社」だった。現在もその原点は受け継がれているが、デジタル変革(DX)は開発者とビジネス部門が協業したチームの中で具体的な形となる。開発生産性の向上も重要なテーマだ。ナデラ氏は、開発ツールの進化について説明した。

 同社のグループ企業である開発プラットフォームのGitHub内では、「GitHub Copilot」によって40%のコードがAIで自動生成され、50%の業務効率アップを実現している。

 また、ノーコード/ローコード開発環境の「Power Platform」は、「AI Builder」によってさらに簡単にプログラムを生成できる。「Power Automate」においても、実現したいことを自然言語で書き込むとPower Automateのフローが自動生成される機能の提供を開始している。

 このように、マイクロソフトではプログラマー向け、市民開発者向けの両面で、生産性を高める機能強化を進めている。「大事なことは技術ではない。全員がDXに参加できることだ」とナデラ氏は強調する。

「従業員と企業の関係を再構築しなければいけない」

 4つ目の話題が、職場の活性化である。マイクロソフトといえば2010年代は「働き方改革」のリーダー的存在だったが、コロナによって働き方が根本的に変わってしまった。「もう2019年に戻ることはない。未来の働き方を志向するには、変化の現実を直視しなければいけない」とナデラ氏は言い、3つの調査結果とその分析を示した。

 まず、生産性に対する現場と上層部の認識のズレである。多くのリーダーは、今の組織が本当に生産的なのかを判断しかねている。その一方で現場の従業員は、自分たちはものすごく生産的な仕事をしていると認識しているという。この矛盾を解消するには、データを集めて分析する以外にない。

 次が、会社に出社することの意義についてだ。出社しなくても仕事ができるようになり、マネジャーは従業員に出社させる理由を設ける必要が出てきた。一方で従業員は、仕事のためではなく、職場の仲間のためなら出社することを惜しまないという結果が出ている。「仕事にとって人間的な絆は本当に必要だ。リーダーはイベントマネジャーのように、従業員を出社させる知恵を絞り、動機付けするソフトスキルを磨く必要がある」(ナデラ氏)。

 最後が、労働力を再活性化(リスキリング)する必要性だ。調査では48%の従業員が、自分のスキル向上には会社を変わることがベストだと答えている。その一方、64%は、今の会社で学習できる機会があれば、残っていいと答えている。自社で学ぶチャンスを提供することで、従業員を定着させることができる。

 こうした要求に応えるために、マイクロソフトでは「Microsoft365」や「Microsoft Teams」、そして新たに加わった従業員体験のプラットフォームである「Microsoft Viva」を組み合わせることで、これからの働き方を提示する。

 Microsoft 365ファミリーには、プレゼンテーションのデザインを支援する「Designer」、動画編集ソフトの「Stream」など、新しいツールが追加されており、業務に必要な資料の作成や共有をより高度化、効率化する。

 また、Microsoft Teamsは、電話やテレビ会議、チャットなど、複数のコラボレーションツールの機能を1つにまとめたプラットフォームに成長を遂げている。

 TeamsにはApp Storeがあり、パートナーによるさまざまなアプリケーションも登録されている。特にナデラ氏が期待しているのは、メタバースのテクノロジーを取り入れた「メッシュ」と呼ぶ没入型のコラボレーション環境だ。アバターが仮想空間の中でコラボレーションしながら働く、まさに未来の職場を見せてくれる。

メタバースの中で働く“未来の職場”も紹介

従業員体験(EX)/エンゲージメント分野に本格参入

 Microsoft Vivaは2021年に発表されていたものだが、ナデラ氏はこの場で「新たなカテゴリーのスタート」と改めて宣言し、今後注力する分野であることを示した。

 同社はもともと、Microsoft 365製品の利用状況から従業員の働き方を分析する「Workplace Analytics」という製品を提供していたが、これを「Vivaインサイト」と改称し、生産性や健康状態の確認機能を強化している。すでに国内でも渋谷区役所が、働き方の改善を目的にVivaインサイトを利用している。

 Vivaは、ワークスタイルのチェックと改善、組織目標の管理、学習コンテンツなどの機能を統合する。また企業と従業員、従業員間のつながり強化も、Vivaの中で実現する。そのためにSharePointの社内情報や、YammerなどのコラボレーションツールもVivaの下に統合される。フロントにMicrosoft Teamsを使うことで、これらの機能を1つのインターフェースで簡単に扱うことができるのも特徴だ。

 前述の調査結果からも、従業員体験(EX:Employee eXperience)を向上させることが組織の成長と事業継続には不可欠なことがわかる。ナデラ氏はエンゲージメントにおいても「データファースト」を重視する。同社がオフィススイート製品と連携するエンゲージメントツールを提供することは、自然な成り行きでもあり、この分野の競合ベンダーにとっては大きな脅威になりそうだ。

Microsoft Vivaで従業員体験やエンゲージメントの向上を図る

サプライチェーンプラットフォームも提供開始

 5つ目として、ナデラ氏は産業分野の課題も取り上げた。製造業では多くの経営者が自社のサプライチェーンについて課題を抱えているが、扱うデータ量が非常に大きく、サプライチェーンの各パートを担うアプリケーションのデータを連携させることは簡単ではなかった。

 同社ではこの課題を解決し、業務アプリケーションのデータを連携するプラットフォームを開発した。講演直前の11月14日に「Microsoft Supply Chain Platform」を発表し、「Microsoft Supply Chain Center」のプレビュー版も公開したのである。

 膨大なデータ量のサプライチェーンデータをクラウド上で連携させることで、需要予測に基づく発注の自動化などを実現する。「パンデミックや世界情勢の変化が、企業にサプライチェーンの刷新を迫っている。変革以外に選択肢はない」とナデラ氏は語る。

 そして最後のテーマが「セキュリティ」だ。2025年までにサイバー犯罪で失われる価値は10兆ドルに達するといわれている。本講演で紹介されたすべてのサービスは、セキュリティが確保されていることが前提ともいえる。「脅威に対して、企業はゼロトラストのアプローチで立ち向かわなければいけない。単にセキュリティツールを導入すればいいのではない。インテリジェンスを生かし、情報を早く動かすことと同時に、情報が守られなければいけない」(ナデラ氏)。

 ビジネスと社会が直面するさまざまな課題を6つの課題に整理し、マイクロソフトの強みと結びつけて紹介したナデラ氏の講演は、今後同社が進む方向を示すものだった。特に、ナデラ氏が繰り返し口にした「Doing more with less.」(より少ないリソースで多くを実現する)は、特にこれから加速度的に労働人口が減っていく日本社会にとって、逃げることができないキーワードであることは間違いない。

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