がん治療や不妊治療のためのバイオ医療品を提供するメルクバイオファーマが9月7日、オンライン・シンポジウム「“ファミリーフレンドリーな社会”の経済学」を開催。ファミリーフレンドリーな社会を構築することがどのように社会全体に影響を及ぼすか、というテーマで経済の専門家らが講演しました。
ファミリーフレンドリーとは、育児や介護といった家族的責任がある人々への配慮のこと。従業員の仕事と家庭の両立を支援し、多様かつ柔軟な働き方を労働者が選択できる仕組みをいいます。これは必ずしも育児や介護に直接関わる人々のみに関係したり寄与するものではなく、多様かつ柔軟な働き方や生き方を一人一人が選択できるような社会につなげることがねらいとされます。
シンポジウムを主催したメルクバイオファーマ代表取締役 アレキサンダー・デ・モラルト社長は「日本が直面しているような生産年齢人口の減少や高齢化という課題を解決し、非常に強い経済成長を遂げ、国際的な競争力を維持するためには、ファミリーフレンドリーな社会環境を作る必要があります」と話します。
「そのためには政府だけではなく、民間セクターも重要な役割を果たさなければなりません。それが今日私達がこのような場所に集まり、焦点を当てて議論を進めていきたいと思っている点なんです」(デ・モラルト社長)
日本の育休制度は世界一だが「取りにくい雰囲気」がある
そもそもなぜファミリーフレンドリーな社会が必要とされるのか。第一部は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」などを専門とする東京大学大学院 経済学研究科 山口慎太郎教授と、元AKB48で現在はアパレル企業アンティミンスを経営する川崎 希さんとのトークセッションを通じて、経済的側面からファミリーフレンドリーな社会の必要性をひも解きました。
まず示されたのは少子化という社会課題。2020年時点の合計特殊出生率は1.30で6年連続で前年を下回り、2000年におよそ119万人だった出生数が2021年にはおよそ81万人まで減少。20年間に35万人ほど減少してしまいました。
もう1つ示されたのは子育ての意識調査。自分の国が子供を産み育てやすい国だと思うかという調査をしたところ、日本では「まったくそう思わない」が13. 9%、「どちらかといえばそう思わない」が47.2%という結果になりました。
少子化が与える影響について山口教授はGDPと社会保障への影響を指摘。
「人口が減少してしまうと、労働力人口も減る。そうなると経済規模が縮小してGDPが伸びない」とした上、「受け取る年金額が減ってしまうかもしれないし、納めなければならない保険料や税金の額が大きくなってしまい、現役世代への大きな負担になる」として、誰しもが関係する問題であると指摘しました。
川崎さんはこの指摘を聞いて、「自分たちだけではなく自分の子供たちの世代のでそれを背負っていくと思うと、やっぱりどうにかしなきゃなという気持ちが強くなりますよね」とコメントしていました。
ファミリーフレンドリーな取り組みとして代表的なのは男性育休です。
今年4月に改正された育児介護休業法の改正によって、企業には男性の育児休暇取得に向けての働きかけが義務付けられました。今年からは子供の誕生から8週間以内に最大4週間の休業を育児休業とは別に取得できるようにもなっています。
山口教授は日本の育休制度について「ユニセフが格付けした男性向けの育休制度の充実度ということでは、日本の育休は世界一なんです」と指摘。しかし実際の取得率は14%程度で、先進国最低水準というのが日本の状況。取得が進まない背景には「取りにくい会社の雰囲気」(山口教授)があるとしたうえで、「実際に取れるようにしていく企業間の取り組みが不可欠」だと指摘しました。
また、子どもを持つことを望む方々への施策として、不妊治療もトピックとして取り上げられました。今年の4月から不妊治療が保険の適用対象となり、医療機関での自己負担額が治療費の3割となりました。
山口教授が示したのは不妊治療に関するアンケート結果。ここもやはり日本の特殊性があり、不妊治療が受けにくい理由の回答として「仕事に影響するから」という回答が海外に比べて突出して高いことを指摘します。「日本ではまだまだワークライフバランスがうまくとれるようになっていないのかなと、ちょっと心配な回答結果だと思っています」とも話していました。
これについて川崎さんは自身の不妊治療体験にもとづき、たしかに仕事と通院が重なると治療が難しくなることがあったとコメント。
「『次の日に来てください』『来週のこの日に来てください』ということがあって。自分の周期もあるので日程をずらせなかったり、仕事がかぶるとどうしても行きづらい。仕事を調整して別の方にやってもらったり、バランスをとってもらえるとすごく行きやすくなると思います」と話していました。
山口教授は企業側がそうした課題を解決する上では、「制度を導入するだけではなく、その制度を実際に利用できるように、お互いに助け合えるような雰囲気を職場組織の中に醸成させていくことが今最も大切」と指摘。
「ファミリーフレンドリーな職場というものを出発点に、誰にとっても働きやすい職場にしていかなければいけない。そういう社会を実現することができれば、誰もが高いモチベーションを持って働くことができます」と話し、ファミリーフレンドリーは「ゴールではなくて出発点」と指摘しました。
川崎さんは山口教授の説を聞き、共感を示したうえで、「私も会社の中でもうちょっと(育休を)取りやすくしようとか、そういう部分が経営者目線でも今すごく勉強になりました」とコメントしていました。
ファミリーフレンドリーをリードする日本企業の事例紹介
では民間企業では実際どんな取り組みを進めているのか。ファミリーフレンドリーのリーディングカンパニーとして紹介された企業が事例を紹介しました。
主催のメルクバイオファーマは「YELLOW SPHERE PROJECT」として、不妊治療に関する情報を提供したり、従業員向けの教育制度を整えています。不妊治療を希望する従業員のための有給休暇制度を設けるほか、補助金なども提供しているそうです。
初めに紹介されたのはオムロン。同社グローバル人財総務本部 企画室 ダイバーシティ&インクルージョン推進課の丹羽尊子マネージャーによれば、同社で不妊治療関連制度が始まったのは2005年。ユニークなのは在宅勤務制度です。
「従来は在宅勤務の事由や回数の制限があったり、コアタイム中の就業が義務付けられていたんですが、コロナ禍のリモートワークの広がりをきっかけに在宅勤務の制限がなくなり、朝5時から夜22時までの間に1時間以上の就業があれば出勤と認められるようになりました」(丹羽マネージャー)
たとえば朝10時に通院がある場合、「朝7時から9時まで2時間働き、仕事を中断して病院に行き、また13時から19時まで働く」ことも可能。これは不妊治療だけでなく、「今日は保護者会があるので2時間抜けます」「今日は用事があるので早退します」といった使い方がされているということでした。
次はセイコーエプソン。同社ダイバーシティ推進プロジェクト 根村絵美子部長によれば、男性育休取得率向上に力を入れています。育休取得率100%を目標として設定したところ今年度は90%程度の見込みまで上がったということでした。制度や意識づけも充実させていますが、面白いのは両親学級セミナーです。
「育児についての情報はもちろん仕事との両立という観点でキャリアについてどういうふうに向き合っていくかというところに重点を置いた説明会をしております。配偶者の参加もOKとなっています」(根村部長)
次はソニーピープルソリューションズ。同社ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進室 森 慎吾室長によれば、同社ではダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)をビジョンに掲げ、従業員一人ひとりのエクイティ(公平性)を重視。ユニークなのは、育児や介護に限らずに、たとえばがん治療など人生の様々な出来事に対応できるような仕組みを揃えているということでした。
次は日本航空。同社人財戦略部 D&I推進グループ 加藤周樹グループ長によれば、JALグループの従業員男女比率は50:50。そうした社内環境もあって不妊治療制度なども早期から充実しているとしていました。中でもユニークなのが、ライフステージに応じた女性従業員向けの支援制度。
「女性はライフステージごとに、定期的に体調を崩しやすい傾向があります。月経や更年期に対してもフェムテックというプログラムの実証導入を始めながら、不安を安心に変えていく取り組みを進めています」(加藤グループ長)
もう1つユニークなのが、男性が育休を申請するときの仕組みです。
「従来は紙ベースで『取りたければ申請してください』という形で進めておりましたが、そうすると『忙しいから取りにくい』ということが起こります。今は社員全員が使う人事システムを改修して、お子さんが産まれる男性社員に関しては必ず育休の申請計画書を出してくださいという仕組みに変えたんです。そうすると使いづらい、言い出しづらいといった問題が解消できて、仕組みとして必ず出していただけるようになりました」(同)
ほかにも社内向けのセミナーや研修を実施したり、様々な施策を実施しているそうです。
最後がパナソニック コネクト。同社人事総務本部 DEI推進室 油田(あぶた)さなえ室長によれば不妊治療のための「チャイルドプラン休業」、全社的な男性育休推進などの取り組みを進めています。中でもユニークだったのは、まさに今進めているという、女性の生理休暇に関する取り組みです。
「午後半日だけ生理休暇を取得したいとか、PMSのときに取れたらなとか、男性の上司に対して生理休暇の申請をしづらいといった声が聞こえてきております。そこでまず名称に注目をしまして、生理休暇という名称を変更しようということで社員に公募をしながら名前を検討しているところです」(油田室長)
東京都が育児休業の愛称を「育業」としたように名称をあらためることで意識を変えようというものです。社員の公募というのが特徴的でした。
ファミリーフレンドリーはシェアが大事
デ・モラルト社長はシンポジウムの終わりに、「私達の進展や、前向きな結果、社会に対する貢献などがどういうものがあったかを社内外で共有することが重要」として、業界を超えて知恵を出し合う、協業的な取り組みの必要性を強調しました。ファミリーフレンドリーな社会をつくるためには、企業や自治体の枠組みを超えたオープン&シェアが大切だということです。
「このようなシンポジウムがそのためのプラットフォームを提供してくれると思います。コラボレーション、協力、協業というものが経済を改善する鍵にもなるでしょうし、同時に私達個々の企業の事業も改善する、また社会にもプラスに貢献すると思います」(デ・モラルト社長)
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私自身も1歳と5歳の子どもと暮らしている身。シンポジウムを通じ、企業側としても課題解決のために様々な取り組みをしているのだなと感心しました。日本の男性育休制度が世界一というのは驚かされましたが、企業の取り組みとしても細やかさは世界有数のレベルなのではないかと感じます。
ただ「周囲への迷惑」を気にして制度の利用が進まないという、日本独自の課題は根深そうなところ。残業をしないのが当然で、休みたければ休むという意識を従業員がもつために、会社は設備投資などを通じ、普通に働いていれば十分な生産性を出せるという環境を整える必要がありそうだとも感じました。
いずれにしてもこうした取り組みがシンポジウムなどの場所で広く共有されることは重要なことだと感じます。これからも、企業の枠にとらわれることなく、こうした情報が発信・共有される場所が設けられるといいですね。
書いた人──盛田 諒(Ryo Morita)
1983年生まれ。5歳児と1歳児の保護者です。Facebookでおたより募集中。
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