本社幹部も登壇、「デジタル変革」「ビジネスネットワーク」「サステナビリティ」の3つを軸に紹介
SAPは不確実な時代への備えを支援、「SAP Sapphire Tokyo」基調講演
2022年07月19日 07時00分更新
SAPジャパンは2022年7月12日、都内で「SAP Sapphire Tokyo 2022」を開催した。本社から複数のエグゼクティブボードメンバーも来日し、日本とアジア地域の顧客、パートナーに向けて、最新のSAPの戦略を説明した。
SAP Sapphireは例年、米国フロリダ州で開催されるSAPの年次イベントだ。2020年、2021年はコロナ禍の影響でオンライン開催となったが、2022年はオンサイト参加者も含むハイブリッド開催へと移行。同時に「ローカル志向」も打ち出しており、5月初旬に米国で開催したメインイベントを皮切りに、世界8カ所でも開催するという新しいスタイルに移行している。
今回のSapphire Tokyoはそうしたグローバルイベントの1つとして開催され、およそ700人の招待客が都内の会場に集まった。
「予測が難しい時代だからこそ、将来への備えを」
基調講演のステージに立ったAPJプレジデントのポール・マリオット氏は、これまでのSAPの技術進化と顧客との関係をふりかえりながら、これから先の企業システムは「将来の準備ができていること」がポイントだと強調する。「誰も将来を予測できないが、SAPは顧客企業が将来に対して備えることにコミットしている」とマリオット氏。
“将来への備え”とは具体的に何か。それは、2020年にクリスチャン・クライン氏がCEOに就任して以来、SAPが掲げている「デジタル変革(DX)」「ビジネスネットワークとサプライチェーン」「サステナビリティ」の3つだ。
マリオット氏はまず「ビジネスネットワーク」から説明した。同氏は「75%の企業がサプライチェーンに関する課題を抱えている」と語る。これは複数のサプライヤーへのアウトソース化が進み、サプライチェーンが複雑化したことが一因だが、そこにコロナ禍による製造や流通の混乱が起き、サプライチェーンの脆さを露呈することとなった。
SAPでは、2021年にBtoBネットワーク「SAP Business Network」を発表している。これは同社が買収した世界最大の企業間取引ネットワーク「SAP Ariba Network」に、物流ネットワーク、設備資産管理といったSAPのネットワークを統合したソリューションである。国内導入企業の一例として、マリオット氏はダイキン工業を紹介した。ダイキン工業は2018年からAribaに参加しており、現在はインボイスの75%がSAP Business Network経由のものになっている。「間接調達のコストを削減し、購買を合理化しただけでなく、コンプライアンスの強化にも繋がった」(マリオット氏)。
またクラウド領域では、2021年2月に発表した「RISE with SAP」の現状を紹介した。RISE with SAPは「SAP S/4 HANA Cloud」を中核に据えてクラウド移行を加速するサービスで、SLA、運用保守などを一本化してサブスクリプションモデルで提供する。顧客数は全世界で2000社を超えており、日本でもNEC、パナソニックなどがRISE with SAPを採用している。なお、RISE with SAPの顧客のうち60%が新規顧客であり、その多くは中規模企業だという。
DXを支える“ビジネスのOS”「SAP BTP」と「SAP Signavio」
続いて登壇したAPJ担当COOのキャシー・ワード氏が日本企業のDX事例として紹介したのが、工具卸売のトラスコ中山だ。同社は経済産業省と東京証券取引所が選定する「デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄 2022」に3年連続で選ばれている。
工場や建設現場などで使われる工具や消耗品など50万点近くの製品を取り扱うトラスコ中山では、現場の顧客が必要とする工具をすぐに届けられるように「在庫を積極的に抱える」ユニークな戦略をとっている。「この革新的な考えに基づき、製品在庫とサプライチェーンを自動化、デジタル化しただけでなく、『MROストッカー』として顧客のもとに必要な工具を(あらかじめ)配置している。顧客は必要なときに、“自動販売機”で買うように工具を手に入れられる」(ワード氏)。現在はこのMROストッカーの在庫補充の自動化も進めており、顧客が必要とする工具を先に予測できるようなAIにも投資しているという。
エグゼクティブボードメンバーでCTOを務めるユルゲン・ミュラー氏は、顧客のDX推進に対するSAPの支援技術として、現状のビジネスプロセスを可視化し、ボトルネックを洗い出して改善や簡素化を図るビジネスプロセスマイニングツールの「SAP Signavio」や、拡張アプリケーションの開発を可能にするプラットフォーム「SAP Business Technology Platform(BTP)」を紹介した。
ミュラー氏が“ビジネスのオペレーティングシステム(OS)”と評するSAP BTPを採用する顧客は、現在グローバルで1万3000社を超えている。その1社が通信大手の英Vodafoneだ。Vodafoneでは世界24カ国でバラバラに導入、運用されているERPをBTP上で統合することで、ビジネスプロセスの70%をカバーするシングルインスタンスを作成したという。
さらに、1000社以上のパートナーがBTPを利用してSAPシステムの拡張開発を行っていることも紹介した。
排出、廃棄物、不平等――“3つのゼロ”がSAPのサステナビリティ戦略
サステナビリティについては、マリオット氏とSAPジャパン代表取締役社長の鈴木洋史氏が、日本における取り組みとして「ゼロ(CO2)排出」「ゼロ廃棄」「ゼロ不平等」の3つを紹介した。
ゼロ排出で紹介したのは旭化成だ。同社はマテリアル、ヘルスケア、住宅の3つの事業領域を持つが、3事業共通でサステナビリティを重要視している。まずはマテリアル事業において合成製品のカーボンフットプリント可視化からスタートし、その情報を顧客と共有しているという。今後は製品単位でデータを見える化する計画で、「カーボン測定の仕組みをサプライチェーン全体に広げ、社会全体の排出量削減を目指している」(鈴木氏)と紹介した。
ゼロ廃棄では、日本の化学メーカーであるDICグループとAPJレベルで提携しているとマリオット氏が説明した。DICでは食品容器などに使われるポリスチレンを製造しており、パートナー企業と完全循環型リサイクルの取り組みを開始している。その効率化を進めるために、リサイクル可能なプラスチックとそうでないものを識別するために、SAPの「GreenToken by SAP」を利用するというのが提携の内容だ。
このGreenTokenはプライベート型ブロックチェーン技術で、DICはこれを利用してプラスチック素材をサプライチェーン全体で追跡できる。「原材料から、どのように製造され、販売され、リサイクルされるかまで透明性を得られる」(マリオット氏)。サステナビリティに取り組むDICの顧客もメリットを得られると述べた。
ゼロ不平等については、SAPジャパンがグラミン日本、教育コンテンツサービスのMAIAと国内で進める、女性の就労支援プログラムを紹介した。SAPジャパンとグラミン日本ではすでに2021年から、経済的に困窮している女性の支援を目的に「SAP Fieldglass」を使ったソーシャルリクルートメントプラットフォームを構築している。今回のプログラムでは、これにMAIAのデジタル人材育成プログラム「でじたる女子」を組み合わせている。
このプログラムは現在、愛媛県で展開しており、鈴木氏は「2025年までに愛媛県で500人の女性デジタル人材の育成を目指しており、就労支援まで繋げたい」と話した。
基調講演の最後に、SAPエグゼクティブボードメンバーでCFOのルカ・ムチッチ氏が登壇した。ムチッチ氏はSAPジャパンの取締役でもあり、日本と縁が深い人物だが、2023年に退任することを先に発表している。
ムチッチ氏は、SAPが10年以上前にサステナビリティにフォーカスした際に、エグゼクティブとしてその戦略にコミットした人物だ。SAPの最高サステナビリティ責任者であるダニエル・シュミッド(Daniel Schmid)氏は以前、「ムチッチ氏の支援なしにはサステナビリティ戦略の実現は難しかった」と述べていた。SAPでは、当初2025年を目標としていたカーボンニュートラル達成を、2023年に前倒ししている。
ステージに立ったムチッチ氏は、企業は「売上(トップライン)、純利益(ボトムライン)、そして持続性に関する“グリーンライン”と、業績を包括的に見ていく必要がある」と指摘した。
「『測定できないもの』に対して行動することはできない。これはサステナビリティに限らず、ビジネスのすべてに当てはまる」。ムチッチ氏はこう述べたうえで、「データ主導のアプローチ」と「テクノロジーを中核に据えて改善すること」だとアドバイスした。
ムチッチ氏は最後に「企業がインテリジェントで、ネットワークを活用し、サステナブルなエンタープライズへの変革を遂げるジャーニーにおいて信頼できるパートナー、アドバイザーとなるために、SAPとしても、わたし個人としてもコミットしている」と日本の顧客に約束した。