特別企画@プログラミング+ 第54回
大企業からスタートアップ企業まで、AIの実装に伴う倫理とは?
GPAIシンポジウム「AI原則と実践の橋渡しに関する国際的な最前線」開催
2022年06月02日 14時00分更新
「人間中心」の考えに基づく責任あるAIの開発と使用に取り組む国際的なイニシアティブ、GPAI(Global Partnership on AI)。このGPAIの活動を国内に広く周知し、AI原則等の実践に関する国際的な議論への理解を深めるため、「AI原則と実践の橋渡しに関する国際的な最前線」(主催:経済産業省、総務省)が2022年2月9日にオンラインで開催された。
GPAIは国際機関だけでなく、産業、学界からの熱心な精神と専門知識を結集して国際協力を促進している。本シンポジウムは午前、午後の二部に分かれ、GPAIにかかわる国内外の専門家を中心とした講演者・パネリストが参加。GPAIの活動や意義、AIの活用と今後の社会の在り方について議論した。なお筆者はAIを大学院で学んでおり、その立場からレポートする。
企業の意思決定をサポートする倫理ガイドライン
GPAIは人間中心の考え方に立ち、「責任あるAI」の開発・利用を実現するために設立された、民主主義、人権、包摂、多様性、イノベーションなどの価値観を共有する政府・国際機関・産業界・有識者等からなる官民多国間組織である。
午前の部では、経済産業省の担当者、国立研究開発法人理化学研究所理事の原山優子氏がそれぞれ「GPAIの概要」「GPAIの意義」について解説した。GPAIの創設は2019年にフランスで行われたビアリッツサミットで提唱され、2020年5月のG7で合意がなされ、G7を中心とする15か国・地域で開始された。
現在、「責任あるAI」、「データ・ガバナンス」、「仕事の未来」、「イノベーションと商業化」、「AIとパンデミック対応」の5テーマのWG(作業部会)が設置されて、2022年1月時点で25か国・地域(日本、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、インド、アイルランド、イスラエル、イタリア、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ポーランド、韓国、シンガポール、スロヴェニア、スペイン、スウェーデン、英国、米国、EU)がGPAIに参画している。
続いて、東京大学未来ビジョン研究センター准教授の江間有沙氏、Head of AI Ethics Office at Sony Group /Senior Research Scientist at Sony AIのAlice Xiang氏による「AI倫理の国際動向」が行われ、アメリカのAI企業が責任あるAIをどのようにとらえているかなどについて紹介された。
その後、「理論から実践へ」と題し、中央大学総合政策学部教授の実積寿也氏、法律事務所LAB-01弁護士の齊藤友紀氏、日本電気株式会社AI・アナリティクス事業部事業部長代理の本橋洋介氏、株式会社グリッド代表取締役の曽我部完氏が参加した。
前提として第三次AIブームである深層学習をはじめ、技術の向上が日進月歩で進んでいるなか、AIの倫理性が問われる部分は、開発者、保守運用者、エンドユーザーの3つに分けられる。当然ながら、そのすべてに共通するガイドラインはない。既存のガイドラインに対しては、安全を保証するものではなく、企業の意思決定をサポートするものであるということを前提に議論が進んだ。
本橋氏は実際のAI事業の導入の際にリスクアセスメントと呼ばれるAI導入する上での目的や実装後に生じるリスクを明確にするブレインストーミングのような形式を採用していることを述べた。またAI品質ガイドラインを策定し、評価制度の基盤もできつつあるために、社員へのインセンティブも与えられ、潤沢して取り組める環境であると説明した。曽我部氏はデータ監視ドリフトアルゴリズムという実際のテクノロジーの導入例を紹介。「AIの性能(予測精度)は時間とともにほぼ必ず低下する」という現象があり、データドリフトとは本番の環境のデータ性質が徐々に変化し、AIが対応できないデータが増える現象のことである。データドリフトが生じる原因としては入力データの異常やAIセンサーの劣化、AIに対するデータ汚染による攻撃が挙げられる。その問題に対しては、実際に異常データが生じた際にニューラルネットワークの中間層からデータをシフトし、予測モデルを高速で更新する監視アルゴリズムの概要を述べた。
多様性を重視するGPAI
午後の部では、株式会社Preferred Networks PFNフェロー/東京大学工学系研究科 人工物工学研究センター特任教授の丸山宏氏から「イノベーション(知財サブ作業部会の議論を中心に)」について説明があった後、データトラスト等を用いたプロジェクトに参加している一橋大学大学院法学研究科准教授である生貝直人氏が「データ・ガバナンス」について解説した。
データトラストとは、データの使用を容易にし、誤使用に対する強力な保護手段を提供する技術的、法的、政策的介入の枠組みのなかで、受託者責任を負う独立した受託者による監督を通じて、データ生産者は潜在的なデータ使用者と使用上条件を一括して交渉することを目的にしたもので、「データ(またはデータ権)をプールすることを支援するデータスチュワードシップの形態」だという。データ・ガバナンスに関する専門知識の提供を行い、国連の持続可能な開発目標に対応しており、社会的利益のためのデータの共有を実現する取り組みが紹介された。
次に行われた「AIガバナンスの動向」では、一橋大学イノベーションセンター教授の市川類氏が、海外と日本のAIガバナンスを比較。欧州の方が機械に対する不信感が高い傾向があり、公平性やプライバシーを保護する法案が設立されたと分析した。また、日本のAIの動向としては、社会での事業を便利にするツールとしての側面が強い傾向があったと述べた。
そのほか、「国内外のステークホルダーへの期待」、「GPAIの多様性」のセッションが行われ、国立研究開発法人産業技術総合研究所人工知能研究センター長の辻井潤一氏、中央大学国際情報学部教授の須藤修氏、株式会社日立製作所社会イノベーション事業推進本部事業戦略推進本部 公共企画本部本部長の甲斐隆嗣氏、千葉大学大学院専門法務研究科准教授で弁護士の西貝吉晃氏、経済産業省商務情報政策局情報経済課 ガバナンス戦略企画調整官の羽深宏樹氏、Co-chair of the Data Governance Working Group in the GPAIのJeni Tennison氏が参加した。
シンポジウムを通じて、「現場では何が行われているか」、大企業からスタートアップ企業までボトムアップで未来を見据えて取り組んでいる背景やそこに生まれる多様性を大事にしていることを拝聴した。またAIの実装に伴う倫理の問題やそれに対処するガイドラインの整備の実例を学んだ。例えば、欧州ではターミネーターなどの人間に危害を及ぼすようなシンギュラリティによる恐怖感があり、AIと人間の区分を明確にし、規制も強化する傾向にある。一方、日本では鉄腕アトムやドラえもんのようなAIに生命を宿るような共生に近い考えを持ち、推進の意向が強い側面があるのが印象的だった。
なお、これまで2回のGPAIサミットが開催された。2022年に開催される3回目のサミットは日本がホストを務めることが決まっている。今回のシンポジウムを通じて今後もGPAIの動向にも注目していきたい。
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