スマートフォンのバッテリーサイズは年々大型化し、さらに最近では100Wを超える超高速充電に対応したモデルも出てきています。スマートフォンを使う上でバッテリーが持たない、という問題は最近はあまり聞かれなくなりました。一方スマートウォッチやウェアラブルデバイスなど、本体サイズが小さい製品はバッテリーの物理的サイズを大きくすることが難しく、チップの省電力性能の向上や本体機能を落とす方向でバッテリーを持たせようとする製品が増えています。
アメリカ・カルフォルニアのスタートアップ「Enovix」は既存のリチウムイオンバッテリーの容量を大幅に引き上げる技術を開発し、小型バッテリーを商用化しています。リチウムイオンバッテリーはセパレーターで分けられた正極と負極の間をリチウムの電子(イオン)が移動することで電力を発生します。しかしその容量は正極、負極の面積に比例します。小型のモバイルデバイスでは、電極面のサイズをこれ以上増やすことは困難です。
Enovixは負極の構造を「シリコンウエハース+金属箔+セラミック」という三層のセル構造を取ることで、同じサイズのリチウムイオンバッテリーに対して30~70%もの容量アップすることに成功しました。同社の「3D Silicon Lithium-ion cell」は実際にスマートウォッチ向け、ウェアラブルデバイス向け、スマートフォン向けなどの製品がラインナップされています。
では実際にどれくらいバッテリーの容量が増えるのでしょうか? ガーミンのスマートウォッチ「Forerunnner 235」のオリジナルバッテリーをEnovixのものに交換したところ、容量は70%アップし最大15日間使用できたとのこと。Forerunner 235のカタログ上の最大使用可能時間は9日ですから、1.5倍も電池の持ちが伸びています。こうなると、ほかのスマートウォッチ、たとえばApple Watchでもテストしてほしいですね。
また眼鏡型のヘッドフォン、BOSEの「Frames Alto」のバッテリーを交換したところ、容量は133%アップ。音楽再生時間3.5時間が、8時間とこちらも大きく伸びています。3.5時間では1日の通勤通学や昼休みに使うとすぐに終わってしまう時間ですが、8時間もあればほぼ1日中使うことができる計算でしょう。このように元のバッテリー容量が小さい製品ほど、Enovixのバッテリーによるユーザー体験効果の向上は大きくなるのです。
大型デバイスでも3D Silicon Lithium-ion cell搭載のメリットはあります。こちらはDELLのノートPC「Latitude」の某モデルに搭載した例ですが、同じ容量をかせぐのにEnovixのバッテリーなら20%の容積で済ませることができます。つまりノートPCの本体重量を軽くしたり、より薄型にしたり、あるいは空いた容積にバッテリーを増やして容量をアップする、といったことも可能です。
3D Silicon Lithium-ion cellはまだサンプル出荷のみですが、今後はバッテリー容量をすぐにでも増やしたいウェアラブルデバイスから中心に採用が進んでいくでしょう。また指輪型デバイス「スマートリング」など、バッテリー容量から実用化が難しかった製品も実現できるかもしれません。3D Silicon Lithium-ion cellの発電機構は既存のリチウムイオンバッテリーと同じ技術であることも利点です。気が付けばスマートウォッチの電池の持ちが大きく増えていた、そんな日が近いうちにやってきそうです。
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