畳み込み演算が得意でAI推論向けではあるが
登場が3年早すぎた
さてここまでの話で、どこがAIにつながるんだ? と思った方も多いかと思う。Epiphanyは汎用であり、それもあって登場した時にはむしろFPUの性能を生かして「低価格スーパーコンピューター」といった紹介のされ方が多かった。
ところが実際にはさまざまな用途向けに利用が可能であり、その1つにAIがあった。AIといえばとにかく行列計算ということになるが、Epiphanyの場合は行列の乗算などが、いちいちデータの転置をしなくても、リンクを利用して効率的にできる。
またそもそもがパラレルプロセッシングなので、CNN(畳み込みニューラルネットワーク)のための畳み込み演算などは一番得意と言っても良い。もし2013年や2014年にCNN推論を実装するニーズがあったとしたら、Epiphany-IIIとIVは非常に良いソリューションになっただろう。
実際Epiphany-IIIのデータシートにおける「想定されるアプリケーション」には音声認識・顔検出/顔認識・マシンビジョン・ロボット制御/ナビゲーション・自動運転などが挙がっており、もし当時CNNなどの利用があったら、Epiphanyが広範に利用されていただろう。
ところが実際に立ち上がったのは2016~2017年であり、3年早すぎた。その3年の間に、Epiphanyの効率の高さは「普通」のレベルまで落ちてしまった。EpiphanyはHPC向けにFPUを強化したが、推論向けであれば整数演算で十分で、むしろコア数を増やした方が効果的だっただろう。
また重さ(Weight)を格納するのに32KBのSRAMはギリギリといったところで(コードとデータでSRAMを共有する仕組みなので)、もう少しゆとりがほしいところだ。アクティベーションなどに向けた特殊関数もあった方が良かったし、何なら畳み込みで必要な総和の計算を手軽にできる仕組みがあれば、なお可である。
おそらくEpiphanyを利用してAIの処理をする研究もDAPRAの中であったかと思うが、2012年にはまだ独創的だったEpiphanyの構成は、2016~2017年にはそれほどでもなくなってしまった。
最終的にAdaptivaという会社はまだ残っているが、ソフトウェア資産はすべてオープンソースの形で公開され、同社は一端休眠状態に入る。Olofsson氏は2017年からDARPAのプログラムマネージャーとして3年間勤務した後で戻ってきたが、現在はステルスモードのZero ASICという会社を立ち上げている。というより、Adaptivaを復活させ看板をZero ASICに架け替えたというべきか。Epiphanyはやや早すぎた「AIプロセッサーのなりそこない」というべきであろう。
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