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渋谷ヤスヒトの「腕時計」トレンド・ニュース解説 第1回

「スイス2大時計フェア中止」新型コロナが時計業界に起こした大きな事件

2021年02月07日 12時00分更新

文● 渋谷ヤスヒト 編集●飯島恵里子/ASCII

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2019年、バーゼルワールドのメインエントランス

まさかのバーゼルワールド「消滅」

 新型コロナウイルス感染症は感染力がとても強く、新しい感染症のやっかいな性質をきちんと理解していたスイス政府は、2月から数百人規模の大きなイベントを禁止しました。この状況に対応して2大時計フェアの主催者も、やむを得ずイベントの中止を決断しました。世界最大のバーゼルフェアの中止は、今から70年以上も前の、第二次世界大戦以来のことです。

 この「やむなく中止」という事態に対しての対応は、2つのフェアでまったく違いました。その結果、1990年代の時計ブームを牽引してきた2つのフェアは、まったく違う運命を辿ることになります。

 ジュネーブで開催される予定だったWWGは、史上初のオンライン開催、つまりバーチャルな形でのフェア開催を宣言しました。そして開催予定日とほぼ同じ4月下旬に、フェアの公式サイトでは毎日2〜3ブランドが、新作時計をCEO(最高経営責任者)や製品開発責任者のプレゼンテーション動画と共にオンラインで公開しました。

 時計ブランドの中には、リンクが貼られたオフィシャルサイトに、さらに詳細なコンテンツを用意していたところもあります。オンラインの限界はあるものの、適切な対応だったと思います。きちんと新作情報を発信することができたわけですから。

 一方、100年を超える歴史と世界最大の規模を誇っていたバーゼルワールドは、状況への対応を大きく誤り、ロレックスやパテック フィリップを筆頭に主要な出展社が離脱を表明し、フェア自体が事実上消滅することになりました。

 実はバーゼルワールドの将来を心配し存続を危ぶむ声は、2015年頃から私のような時計ジャーナリストの間で囁かれていました。その根拠は、中堅クラスの時計グループ、時計ブランドのバーゼルワールドへの出展中止(離脱)、独自の展示会開催が年を経るごとに増えている、という事実でした。

 彼らがバーゼルワールドを離脱した最大の理由は、何だったのでしょうか。それは毎年のように値上げされる出展料と、スタッフの滞在経費など出展に伴う費用が、耐えられない重さになってしまったことです。

 1990年代に始まった機械式時計、高級時計ブームはヨーロッパ、アメリカ、中東、アジアへと着実に拡大し、バーゼルワールドの出展社は2000年以降も増加を続けます。そして事務局は、出展社の増加と時計のラグジュアリー化への対応を迫られます。

 そこで事務局とその親会社、スイスの見本市会場を所有するMCH社はバーゼルワールドの会場であるバーゼルメッセの全面大改装を、2度に渡ってしました。確かに会場は広く豪華になりました。でも同時に出展料も一気に値上げされた。しかもその後も毎年、値上げされるようになった。時計業界の関係者はそういいます。

 「フェアの事務局は改装費用を早く回収するために、出展料を不当に値上げしたのだろう。あんなに高い出展料はあり得ない」

 筆者はこんな言葉を、バーゼルワールドをいち早く離脱し、会場近くの一室で展示会を行っていた小規模な時計ブランドのCEOから直接聞きました。こうした高すぎる出展料への不満は、ブランドの規模の大小を問わず、着実にワインの澱のように時計関係者の間に蓄積されていったようです。

 高すぎたのは出展料だけではありません。バーゼル市内はもちろん、電車やクルマで一時間程度の距離にある近郊エリアのホテル代は、開催期間中だけ、通常の3倍から5倍になりました。数百もある出展ブランド。そのスタッフが世界中から集まって来るためホテルが圧倒的に不足することを考えれば致し方ない面もあります。でも明らかに出展社や来場者の「足元を見て」いたことは否定できないと思います。

 隠されていたこうした問題、事務局への不満は2018年、フェア開催から数ヵ月後の夏にある事件で一気に噴火します。オメガを筆頭に20近い有名ブランドを傘下収める世界最大の時計企業・スウォッチ グループのCEOが新聞のインタビューで2019年以降のバーゼルワールドへの出展中止を宣言したのです。

 この宣言を受けてバーゼルワールドの事務局は、ようやく目が醒めたのでしょう。問題を認め「フェアを再構築する」と表明しました。そして2019年のフェアでは、出展料の値引きや、地元自治体やホテルとの協議によるホテル代高騰の抑制などが初めて行われました。さらに事務局はフェアの最終日に異例のプレスカンファレンスを開催し、フェアの根本的な改革プランを発表。こうして、2020年のバーゼルワールドは「生まれ変わったバーゼルワールド」、フェアの魅力的な新しい姿を見せる最初の場になるはずでした。

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