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フジテレビプロデューサー赤池洋文が紡ぐ!読むだけで美味しいラーメン「物語」 第32回

「二郎」「さぶちゃん」……偉大なる2つの名店の遺伝子を継承する男が初めて語る過去と未来 のスた(東京・大井町)(前編)

2021年02月10日 12時00分更新

文● 赤池洋文 編集●ラーメンWalker

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 私がラーメンを食べる上で「味」よりも大切にしているのが「物語」。「物語」は何にも勝る最高の調味料。お店がこれまで紡いできた「物語」と、私が勝手にお店と紡いでいる偏愛に溢れた「物語」を紹介します。

 「ラーメン二郎」、そして「さぶちゃん」。

 この偉大過ぎる2つのラーメン店について、今更私ごときが説明する必要もないかと思います。共に昭和、平成のラーメン界のトップを走り続けてきた大名店。「二郎」はいまだ店主は健在で、弟子のお店も全国に多数存在します。一方「さぶちゃん」は残念ながら2017年に閉店。そして店主は鬼籍に入られてしまいました。この2店がラーメン界に与えた影響は計り知れません。

 そんな偉大なる2つの名店でラーメンを学ぶという、奇跡のような経験を積んだ男がいるのです。ただ、「自分が語れるようなことはない」と、これまで2つのお店への想いを語ることは一切ありませんでした。

 何よりこちらの店主は一言で言うと「寡黙で超コワモテ」。営業中も「いらっしゃい」「どうも」くらいの最低限の言葉以外聞いたことがありません。しかも「極真空手の相当な使い手」との噂もあり、それも納得できる独特なオーラを放っており、とても気軽に話し掛けられるような雰囲気ではなかったのです。

黙々と作業を続ける店主

 過去にこちらのお店に行かれたことのある方は分かると思いますが、店内は常に張り詰めた緊張感に支配されてました。そして、昨年7月にリニューアルした際に、コロナ対策の一環で厨房が完全に壁で囲われてしまい、店主をお見掛けする機会もなくなってしまいました。

厨房が壁で囲われた店内

 しかし、たまたま店主と共通の知り合いがいたおかげで、私は店主とお話させていただく機会を得ることに。そこで感じたのは、実は思いやりのある優しい方で、意外とお話も嫌いではなさそうだということでした。とはいえ、しっかりと取材を受けることに最初はかなり抵抗があって、全く乗り気ではありませんでした。しかし、「このチャンスを逃したら一生話が聞けない!」と、私がしつこくお願いし倒した結果、ようやく観念して下さいました(笑)。

 これまでどこにも語ったことのない偉大なる2つのお店のお話、そして店主自身のお話。今回たっぷりとお聞かせいただくことができました。これが最初で最後かもしれない。本当に貴重な機会をいただきました!

 せっかく得た奇跡なので、それを余す所なくお届けしようと書き連ねた結果、ナント過去最長の前中後編の3部作になってしまいました(笑)。それでも語り尽くせたのか不安になる。それほどまでに途轍もないお話をお聞きすることができました。

 20年に渡って沈黙を守った「静かなるレジェンド店」がついにベールを脱ぎます。このお店を知らない人には、是非ともその凄さを知っていただきたいですし、このお店を知る人も、初めて知ることがたくさんあると思います!

 かつてない大長編となりましたが、どうぞ3週に渡ってお付き合いください。絶対に損はさせません!

 前振りが長くなりました。今回、私が「物語」を紡ぐのは、「二郎」の系譜を継ぐ「太麺」と、「さぶちゃん」の系譜を継ぐ「細麺」の、2つのラーメンを提供する「のスた」です。

現在、大井町に店舗を構える「のスた」

「のスた」で提供されているラーメン

 改めて、店主のお名前は山中正人さん。

山中正人店主

 子供の頃は親の仕事の都合で各地を転々とする生活でした。17歳の頃、当時横浜在住だったこともあり、近所にあった家系ラーメンの人気店「六角家」のラーメンを食べて衝撃を受けました。その後、上野の高校に通うようになり、さらに弟さんがラーメン好きだった影響もあって、都内のラーメンを食べるように。その中でも特にハマったのが、三田の「ラーメン二郎」と、神保町の「さぶちゃん」でした。

 「それこそスナック菓子をやめられないのと同じ感覚で、無性に食べたくなる中毒性があるんですよね。しょっちゅう通ってました」

 その後山中さんは、ボクシングそして空手に本気で打ち込みました。「極真空手の相当な使い手」という噂は本当で、全日本選手権も出場するような猛者だったのです。ただ、選手を引退した後は、そのまま指導者として生きていくよりは、ずっとやりたかった飲食の仕事に携わりたいと考え、昼間は空手をやりながら、夜は三宿でコックのアルバイトを始めたのです。

 そんな山中さんは23歳の時、運命の出会いを果たします。働いているレストランに、「ラーメン二郎 目黒店」の店主である若林さんが食べに来たのです。山中さんはそれまで何度も目黒に食べに行っていて、若林さんとも顔見知りでした。ちょうどその時、若林さんは足を怪我されていて、お店を長期休業していました。山中さんもまさに空手の現役を引退するタイミングで、昼の時間が空くこともあり、若林さんに「手伝いましょうか?」と声をかけました。これをきっかけに、山中さんは目黒店の仕込みを手伝うことになったのです。

 早朝から目黒店で仕込みをして、昼間は助手としてお店に立つこともありながら、夜はコックと、二足のわらじを履く生活がスタート。夜、営業が終わった若林さんから連絡があって、飲みに行くこともしょっちゅうありました。

 「当時若林さんは独身だったこともあり、毎晩のように飲んで食べさせてもらってました。おかげで全く食費がかかりませんでした。あの期間がなかったら開業資金も貯まらなかったです(笑)。本当に感謝してます」

 若林さんはそのまま帰って寝ますが、山中さんは早朝からお店に行って仕込み。結果全然寝られませんでしたが、若さが為せる業でした。そして、仕込みの後に一番の大仕事が──

 「なかなか起きない若林さんを起こすのが、仕込み以上に大変な仕事でした(笑)。目黒にいた時間はとても楽しかったです」

 また、早朝に仕込みをしていると、時々三田本店に向かう途中の親父さんが寄ってくれることもありました。そこで少し親父さんと他愛もない会話ができるのが、山中さんのささやかな楽しみでした。親父さんは必ずカブに乗って来るので、お店のブラインドごしにカブが止まるのが見えると嬉しかったそうです。

 そんな生活を通じて、山中さんは「二郎」について一から学ぶことができました。

 そして4年の年月を経て、山中さんの中に、「そろそろ一本立ちしよう」という気持ちが芽生えてきました。目黒店の仕込みの仕事を、ラーメン好きだった弟さんに引き継いで、自分のお店の開業に動き出したのです。

 「山中さんの中で『ラーメン二郎をやろう』って気持ちはなかったんですか?」

 私は最も気になっていたことをぶつけてみました。すると──

 「全くなかったですね。やはり『二郎』はどこまでいっても、『三田の親父さん』なんですよ。なので少なくとも、自分にはできない。『二郎』の味のラーメンを作りたいとは思ってましたが、それを『二郎』としてはやれないと思ってました。なので、当時親父さんにも『やらねーのかよ?』と言っていただいたこともありましたが、『ヤダよ、そんなダサい名前のお店』なんて冗談を言いながら(笑)、辞退しました」

 親父さんへのリスペクトの念が強いからこそ、「二郎」を継ぐことはできない。確固たる決意がそこにはありました。そして、二郎を継がないことで、自分なりの「二郎の味」を表現したいと考えたのです。

 そしてそれと同時に、山中さんにはもう一つ、「二郎」と同じくらい深い思い入れを持ったお店がありました。それが「さぶちゃん」です。自分のお店を開く前に、高校時代から「二郎」と同じくらい通い詰めていた「さぶちゃん」でも学びたいと考えた山中さん。店主である木下三郎さんの元を訪れ、直談判しました。

 「ラーメンの作り方教えてください」

 これに対し木下さんの答えは一言──

 「ヤダ」

 すがすがしいまでにハッキリ断られたそうです(笑)。それでも山中さんはあきらめず、何度も通いお願いしました。すると、「助手は必要ないし、教えるつもりも一切ない。ただ、横で見ているだけならばいいよ」と、見学することを許してもらえたのです。それから山中さんの、毎日「さぶちゃん」に通って、横で見ながらひたすらメモを取る日々が始まりました。

「さぶちゃん」の「半ちゃんらーめん」(写真提供:山本剛志氏)

 ちなみに、木下さんは山中さんとお話しする時、自分のことを「おじさん」と言っていたそうで、山中さんは今でも木下さんのことを「おじさん」と呼びます。

 「開店前に行って、お店の前でおじさんのことを待ってるんですが、朝8時に来ることもあれば、9時に来ることもある。それで同じ仕込みをしているハズなのに、なぜか必ず同じ時間にお店が開くんですよ(笑)。そこに『さぶちゃん』の真髄があったんですよね」

 今回、当時山中さんが取っていた貴重なメモを見せていただくことができました。ガラの量やゲンコツを煮込む時間など基本的なことはもちろん、ナント木下さんが一服している時間まで、漏らさず記録されていました。

 「要はどうやって工程をハショるか。そして、ハショった分をどう帳尻を合わせるかなんですよね」

 山中さんは毎回忠実に記録して、比較分析することで、木下さんが長年かけて身につけた「体内時計」を紐解いていったのです。「1つも見落とすことのないように」。山中さんの執念にも近い想いが、そのメモからヒシヒシと伝わってきました。

 「さぶちゃん」の名物と言えば半チャーハン、通称「半ちゃん」。これを作る際に木下さんは、まず中華鍋に卵を落として、卵が焦げるくらいまで火を入れていたのですが、ナントその火が入るまでの時間でタバコに火をつけて一服することもありました。

 現在「のスた」でも「半チャン」が提供されていますが、山中さんは卵に火が入るまでの時間、「今、おじさんがタバコをくゆらせていた時間だな」と思い返しているそうです(笑)。山中さんの中には、木下さんの体内時計がしっかりと刻まれているのです。

山中店主が作る「半チャン」

 営業中にもタバコを吸って一服してしまう、そんな豪快なイメージの木下さん。しかし、その仕事ぶりは、

 「『さぶちゃん』のラーメンは一見シンプルなので、作るのも簡単に思いがちですが、実は物凄く奥深いんです。確かに、ただ調理工程をなぞるだけならば簡単に作れます。でも、おじさんのガラの掃除の仕方は本当に丁寧でした。使っているガラの量も、今のラーメン屋さんと比べても物凄く多かったです。なので、真似しろと言われても容易く真似できるものではないんですよ」

 そういう細かく丁寧な仕事の積み重ねで、「さぶちゃん」のあの、「一見普通のラーメンなのに物凄く中毒性があってクセになる味」が作り上げられていたのです。

 足掛け半年に渡る「さぶちゃん通い」。最終的には見学だけにとどまらず、木下さんが忙しそうなタイミングに「ネギ切りましょうか?」と声を掛けて、少しずつ手伝いをするようになったそうです。

 いよいよ自分のお店のオープン日が決まった山中さんは、「さぶちゃん」を去る際に、木下さんにオープン日を伝えていました。するとオープン当日の開店5分前に、突然木下さんから電話があったのです。木下さんがオープンを目前に控えた山中さんに伝えたのは──

 「おじさんは麺上げる時に丼に引っかけて、お客さんに2回くらいスープをかけてしまったことがあったから気を付けろよ」

 それだけ言ってガチャっと切られたそうです(笑)。アドバイスとも言えないようなアドバイス。しかもよりによって、オープン直前の一番バタバタしたタイミングで。実に「おじさん」らしいはからいでした。「オープン日を覚えてくれていて、そんなことでも連絡をくれるんだな」と、山中さんにとって忘れられない思い出となりました。

 「さぶちゃん」は2017年に閉店してしまいましたが、閉店間際の木下さんは厨房に立っているのがやっとという状況でした。見かねた山中さんは、木下さんに「手伝う」と申し出ていたそうです。しかし、木下さんの答えは「自分の店をやれ」。何とか恩返しをしたいと思った山中さんは、「自分の店が休みの時に来るから」と、何度か食い下がったのですが、結局最後まで首を縦に振ってくれませんでした。最後まで職人の矜持を貫く。「おじさん」はそういう人でした。

 こうして、1999年11月、山中さんは自分のお店である「凛」を開業しました。27歳の時でした。店名の「凛」の由来についてお聞きすると、

 「今にして思うと、張り切った店名ですよね(笑)」

 と照れ臭そうに笑ってました。いやいや、今尚色褪せない、とても素敵なお名前だと思います!

当時の店舗。テントは「目黒二郎」の若林店主から贈られたもの

当時の看板は今も「のスた」の店内に飾られている

 さぁ、いよいよオープン! はたして「二郎」と「さぶちゃん」のラーメンを学んだ山中さんが、開店時に作り上げたメニューとは──?

 というわけで、前編はここまでです。中編では、山中さんが「さぶちゃん」「二郎」のラーメンを元にして考案したメニュー「賄い1」「賄い2」の誕生秘話と、その知られざる真実。そして、数年に渡る閉店、「凛」から「のスた」への改名、廃業も覚悟した店舗火災など、波乱に満ちた変遷を辿った大井町本店について。また、これまで山中さんがどこにも語ってこなかった「のスた」という店名の由来が明らかになります。ひらがなとカタカナの入り混じるこの不思議な店名に込められた山中さんの想いとは? 私は今回、これが知れただけでも幸せでした(笑)。中編も盛りだくさんです! お楽しみに!

赤池洋文 Hirofumi Akaike (フジテレビ社員)

2001年フジテレビ入社。ドラマ「ラーメン大好き小泉さん」、ドキュメンタリー「NONFIX ドッキュ麺」「RAMEN-DO」などラーメンに特化した番組を多数企画。大学時代からの食べ歩き歴は20年を超え、現在も業務の合間を縫って都内中心に精力的に食べ歩く。ラーメン二郎をこよなく愛す。

百麺人(https://ramen.walkerplus.com/hyakumenjin/

本人Twitter @ekiaka

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