コロナ禍もまだまだ収束せず、苦境の続く昨年12月4日、小田原駅東口に地域随一の大型商業施設「ミナカ小田原」がオープンした。計画推進中に新型コロナ発生、という予期せぬ危機でナショナルブランドが出店予定を凍結する中、「ミナカ小田原」を支え盛り上げてくれたのは、地元の企業たちだった。温浴施設運営を主軸とする万葉倶楽部(株)が、駅直結の大型商業施設開業という新事業に挑んだ結果、見えてきたマイクロツーリズムの発展性。そして2023年開業予定の豊洲「千客万来」や、注目のメディカルツーリズムなど今後の事業展開について、元ウォーカー総編集長の玉置泰紀が聞いた。
コロナで一変! 「ミナカ小田原」を襲ったテナント誘致の危機
オープンしたばかりの「ミナカ小田原」は、江戸時代の宿場町風に設えた「小田原新城下町」と、地上14階建てのタワー棟を擁する複合商業施設。小田原・西湘エリアのローカルフード・飲食を中心にした全48店を展開する。箱根・天成園の宿泊施設や展望足湯庭園ほか、コンベンションホール、図書館やハローワークなど市民生活のための施設も備えている。
――これだけの大型施設、コロナ禍での開業は苦労もひとしおだったのでは?
「ミナカ小田原の開業は、そもそもコロナがない時代に計画したもの。ウチは温浴事業がメインで、大型商業施設を手掛けるのは初めて。本当に新規事業としてのチャレンジです。今回は商業施設なのでリーシング(テナント誘致)が肝となりますが、これが非常に大変でした。
昨年2月ぐらいからコロナ問題が発生して正直、全くと言っていいほどリーシング作業が進まない。すでに決まっていたナショナルブランドの新規出店の凍結もありまして、本当にテナントさんが入るのかどうか分からず、かなり厳しい状況に至りました。
そこで、条件等を見直して何とか開業に漕ぎ着けたのですが、苦戦の理由のひとつは小田原の土地柄なんですね。小田原駅隣接の立地は、地元の観光業者からは非常に良い場所と思われがちですが、ナショナルブランドからすると『だって小田原でしょう?』と価値を低く見られるという温度差がありまして…ここが難しい。
しかしそのお陰で、地元のお店にたくさん入って頂けたのが最終的には良かったと思います」
――この現状で、ミナカが採る安心安全への対策は?
「基本的なことですが、密にならないように人数調整などに気を付けています。オープニングセレモニーも、施設内のコンベンションホールではなく、当日は雨が降っても外でやろう、と覚悟していました。店舗ではアルコール消毒と検温機器を要所要所に配置して、テナントさんやお客様にもご協力をお願いしています」
――GoToキャンペーンも一時停止されるなどで今、近場でのマイクロツーリズムが注目されています。小田原駅直結のミナカは、地元や近隣の住民にとって、おあつらえ向きな新名所なのでは?
「確かにそうですね。ミナカには64台、すぐそばのラスカ小田原には173台分の駐車場があるので車でも来やすい場所ですが、やはり駅からいらっしゃる方がとても多い」
――主な客層はどのような?
「週末は観光客。平日は、ほぼ地元や近郊の方が中心ですね。駅前立地の強みを肌で実感しています。時間帯的には昼間は主婦や中高年の方、夕方には高校生がたくさんお越しになります。高校生が多いとにぎやか過ぎるというご意見もありますが、やはり若い人が集まると活気が生まれますよね。
毎日、感染者数増加が報道される中でのオープンでしたので、実際に皆さんに来て頂けるのか心配だったのですが、大勢の方がご来場下さっています。当然、マスクなど感染対策はしっかりした上で外出されており、自粛のストレスが溜まる中、“外に出よう”“出掛けたい”という気持ちは大きいんだな、と思いますね」
――タワー棟最上階の「展望足湯庭園」は屋外で足湯に浸かるスタイル。ニューノーマル時代にもピッタリ
「とても開放感があって気持ちいいですよ。良く晴れた日には大島から利島、式根島まで見えますから。この施設は、もともと11階建ての計画を途中で14階建てに変更したことで、結果的に眺望がさらに良くなったんです」
――当初のテナント計画は、ナショナルブランドを中心にして日本全体、さらにインバウンド客へも広くアピールする予定だったけれど、結果的に小田原や近郊の名店が多く入り、地元の方々も訪れてくれている。地域の活性化と地方創生につながったよう
「ナショナルブランドがメインでも、初めから地域色を出そうとは考えていたのですが、地元のお店に入って頂けて、その色が濃くなったことはやはり良かったですね」
ミナカが小田原の新しいハブに!
観光ルートと人の流れを変える
小田原と言えば、箱根の玄関口でもある神奈川有数の観光地。難攻不落の小田原城はもちろん、2017年には「江之浦測候所」という斬新なアート施設がオープンするなど、独特の個性も持つ。古い言葉で“真ん中”を意味する「ミナカ」は、小田原のど真ん中で新しいアイデンティティーをどう打ち出していくのだろうか。
――小田原という地域には、そもそも特別な思い入れが?
「万葉倶楽部は熱海で生まれて、2号店を作ったのが小田原です。私自身もこちらに住んでいますし、本社も小田原に移しました。ミナカの事業は行政の募集があって、そこに応募したわけですが、図書館や医療施設、駐車場、ホテルを作って欲しいなどの条件がありました。
その交渉の中で、ミナカより先に計画されていた豊洲の大型施設・千客万来と同じような設えの形で、近未来的な建物と古い宿場町を融合させたような建物を提案したんです。小田原は城下町として発展してきた街。ミナカは、小田原城の宿場町の心を今に再現することがテーマですが、駅前にこういう大規模な商業施設ができたことは、非常に大きいと思います」
リゾート性と会議の場を併せ持つミナカは、最近話題のIR統合型リゾートのようでもある。駅前立地で使い勝手が良い施設。観光&商業目的だけでなく、図書館や子育て支援、求職、二宮金次郎とのコラボレーションと、小田原市民と関わりの深い多彩な要素が詰まっている。
――多機能なミナカだが、その基本コンセプトは?
「地域の方が気軽に利用できて、非常に居心地の良い施設、ですね。タワー棟には労働基準監督署とハローワーク、図書館、子育て支援センターなどの公的施設や銀行、証券会社も入っています。小田原新城下町という、宿場町の建物には観光的な施設を誘致して、正直いいとこ取りをしてるような面がありますね。市民向けの施設を日常的に利用する方と観光目的の方、両方にお越し頂いています」
――コロナがなければ観光バスも多数迎える予定だったそう
「そうなんです。現在は、さすがに団体バスはほとんど来ていませんが、コロナが収束すれば相当の台数が来るだろうと見込んでいます。実は、バスターミナルを作って観光バスをミナカに駐車させるというのも、ウチが提案したことのひとつなんですよ。
これまでは小田原城の奥にある観光バス駐車場から、お城までを往復して次の目的地へ行くという観光ルートが主だったんです。しかしミナカができたことによって、電車で来る人もバス利用の観光客も、駅前からミナカを通って小田原城へ、という新たなルートが生まれた。これが地元の商店街のにぎわいを生むことにつながっている。そういう意味では地域活性化を狙ったところもあります」
――ミナカの開業で小田原城が中心だった人の流れも変わる。駅前から街中に人が回遊することになれば、周辺のいろんなお店や施設にもプラス効果が生まれる
同じく駅のすぐそばにある「ラスカ小田原」はファッションビル。ミナカではファッションは扱わずに観光、飲食、お土産中心とテナントを差別化したおかげで、大規模商業施設として競合すると思われた、ラスカの売り上げも逆に増えたという。ミナカ開業の影響は多大で、地域活性化も成功しつつあると言えるだろう。
注目の「小田原新城下町」では、地元グルメや神奈川初出店ショップに人気が集中
開業前にコロナ禍が勃発、計画変更を余儀なくされたことも結果的に功を奏した。紆余曲折を乗り越えて、小田原の新しいハブとして機能し始めた「ミナカ小田原」。その中で観光施設がメインの「小田原新城下町」の反響はどうなのか。
――「小田原新城下町」で人気を呼んでいるところは?
「やはり非常に通行量が多い1階のショップです。テナントさんも、それぞれ購買意欲をそそるよう趣向を凝らしているので、お客様がよく入っています。地元・小田原発祥の店では、老舗鮮魚店の珍味や出汁などを販売する『魚商 小田原六左衛門』や地元素材を使った個性的なスイーツを出す『城下町ぷりん』、また東京の老舗ですが『相模屋』の江戸前いなり寿司も飛ぶように売れていますよ」
――期間限定の催事商品も気になるところ
「テナントが入らなかった空き区画を催事スペースとして、小田原の老舗和菓子店『曽我乃正栄堂』と、歌舞伎座とのコラボ菓子やグッズを販売しています。こちらも大変好評でして、期間延長する方向で進んでいるほどなので、今後も催事をいろいろ行っていくのも面白いかなと」
「曽我乃正栄堂」は、歌舞伎演目でもある曽我物語にちなんだ和菓子が有名な店。催事スペースは、このように小田原らしいコラボを続けていくのにも最適の場所だろう。
――早くも女子中高生が列をなす店もあるそう
「3階の抹茶ドリンクやスイーツの店『一〇八抹茶茶廊』ですね。よく20~30人の行列ができるくらいで、正直驚いています。観光客は、2階のレストラン『あじ屋でん助』のアジフライなど小田原らしいモノ、地元の方は神奈川初登場のグルメに関心があるようだと感じますね」
――小田原新城下町4階にある「旅籠 (はたご)」はインバウンド狙いの宿泊施設ですか?
「その通りで『旅籠』は、まさにインバウンド狙いです。お風呂とシャワーはなく、洗面台とトイレ付きという純和風の造りでデイユース、日帰りでも使えるようなスタイルとなっています。家族風呂も4つ併設しましたし、タワー棟の大浴場も利用可なので、こちらに泊まって温泉に入り、ゆっくりして頂くこともできますよ」
――温泉はもちろん箱根湯本の天成園から
「もともと万葉倶楽部は、温泉を直送する商売をしていて、横浜や東京・町田の万葉倶楽部にも届けています。今回も箱根からと最初に決めていました」
万葉倶楽部と言えば、東日本大震災時に被災地へ温泉を届けたことでも有名だ。駅前の宿泊施設に温泉を運び込むのは、まさに同社だから実現できたことだろう。
二宮金次郎はコロナ時代の新しいヒーローかもしれない
――小田原の名士・二宮金次郎。施設内の広場には珍しい夫婦像がある
「金次郎広場に、金次郎夫婦と赤ちゃんの像を設置しています。こちらは映画『二宮金次郎』のスポンサーでもある、ミナカ小田原のオーナー寄贈です。すぐ近くにゆかりの報徳神社があり、金次郎は小田原市民にとって非常に身近な存在。二宮金次郎像は各地にありますが、金次郎と赤ちゃんをおんぶした妻・なみの夫婦像があるのは、恐らく日本中でここだけでしょう」
――金次郎は、幕末に「天保の大飢饉」を予見して倹約と食糧備蓄を奨励し、日本中で数十万人が餓死や疫病で亡くなった際も、小田原で餓死者をひとりも出さないという奇跡を起こした。さらに、さまざまな産業を立ち上げながら切り抜けたイノベーターであり、スタートアップの人でもある。今の時代に合ったヒーローなのでは
「まさに時代に合っていると思います。コツコツ貯める倹約家だけど、使う時はしっかり使う、という考え方を持っていらした方ですしね」
開業の延期はむしろ運が良かった!?
築地場外を再現する豊洲「千客万来」の行方
万葉倶楽部が手掛ける、大規模商業施設はもうひとつある。豊洲の「千客万来」だ。築地の場外市場を再現するというテーマで、本来ならミナカ以前に開業する予定だったが、紆余曲折を経て、昨年10月に準備工事を含めて着工している。
――「千客万来」のコンセプトとは?
「千客万来に関しては、そもそも築地の場外市場の移転先という位置付けだったので、まず最優先でリーシングを掛ける予定です。 またミナカと同じように、逆にナショナルブランドではなくて個性のある店を集めて、やはり地域に密着したような形にしたいと考えています」
――目指すところの開業時期は?
「千客万来には、ミナカ以上に観光バスに対する期待がかなり大きいんです。観光バス用駐車場が27台分ありますから。そういった形でインバウンドも含め、観光客に相当期待して動いていますね。現在は2023年春の開業を目指していますが、まだ2年以上ありますので、いわゆるコロナの問題は収束しているだろうと思っています」
――築地場外の店を持ってくる以外にプラスアルファの要素は?
「せっかく江戸の街並みを再現していますので、やはり江戸の匂いがするような施設を構えたい。ミナカでも忍者カフェを作りたかったんですけど、叶いませんでした。ですから千客万来には、ちょっとワクワクするようなテナントさんを入れたいなと思っています。アイデアを含めてこれからですね」
――全体的には、いわゆる昔の魚河岸のような雰囲気に?
「そうですね。でも、例えば近隣のららぽーとさんと同じようなことをやっても絶対ダメなんです。同じ試みだったら、ららぽーとさんの方が広いですし全然評価も高い。ですから違う部分でお客様が心躍らせるような、観光客だけでなく地域の人も楽しんで頂ける施設を目指します。ミナカでの失敗や経験もいろいろ活かしていければ」
アフターコロナの目標はメディカルツーリズムの整備と関東圏での拡大展開
再度の緊急事態宣言が出されたとは言え、各国でワクチンが実用化され始め、国内でも研究開発が進められている。決して楽観視はできないが、ワクチンが効力を発揮すれば、コロナ禍以前に近い状況へ一気に戻る可能性もある。これから東京2020オリンピックの開催も控え、インバウンドの観光客数も徐々に回復していくだろう。
コロナ収束後の世界に向けて、万葉倶楽部にはどんな新ビジョンがあるのだろうか。
――アフターコロナに向けての展望を
「今年2月には、ミナカのタワー棟7階に大型健診クリニック『小田原箱根健診クリニック』がオープンします。マイクロツーリズムと並ぶメディカルツーリズム(観光医療)という考え方ですね。観光しながら最新医療を受けられるメディカルツーリズムは、特にインバウンド客には大人気なので、その需要を狙った計画です。もちろん一般の方の健診も承りますし、検査当日に結果がある程度分かるようにしたいですね。市民病院建て替えの話もあるため、市や医師会とも連携する形で進めています」
――2025年開催の大阪万博も医療が大きなテーマ。メディカルツーリズムは特に注目されている
「業界の方たちによれば、小田原はメディカルツーリズムの拠点としては最高にいい。新幹線が停まるからアクセスが良く、近くに箱根のような一大観光地も抱えているなど条件が揃っているんですね。小田原に泊まらず、箱根に泊まるという選択肢もあるし、臨機応変に対応できるのも大きな利点です。日本の医療は優秀で正確ですから、外国の方も期待されるでしょう」
――「千客万来」のオープン予定が2023年。万葉倶楽部のその先のビジョンは?
「今は、まだ具体的ではないですね。ミナカも千客万来も行政の募集要項から始まった事業なので。ただ千客万来で東京23区内進出を果たせたら、やはり関東圏をある程度網羅したいとは思っています。現在は小田原や秦野、横浜、町田などにありますが、都市型日帰り温泉を埼玉や千葉にも構えて、首都圏を囲むように展開していきたい。この夢は以前から持っています」
――新たな商業施設や事業の予定はありますか?
「ミナカと千客万来、商業施設としてはまだ2件ですが、この経験と成果がひとつの指標にはなると思っています。やはり温浴施設がメインなので、その地盤を固めながら、またチャンスがあれば観光事業にも手を広げたい。新規事業としては、マンション・デベロッパーのタカラレーベンと組んでマンション開発も始めています」
――本当に大きな意味でのデベロッパーですね
「今回のミナカ開業のように大変なこともありますが、多彩な事業をさせて頂いて楽しいですよ。体力の続く限り、新しい何かにチャレンジしたいですね」
築地市場の豊洲移転問題、東京2020オリンピックの延期、新型コロナウィルス、わずか数年の間に3度の大ピンチに見舞われた万葉倶楽部。昨年12月に開業した「ミナカ小田原」では計画通りに運ばなかったことも多いが、結果的に手にしたものは、意外にも大きかった。
今後開業を控える「千客万来」やミナカの大型健診クリニックでのメディカルツーリズムも、コロナ収束とインバウンド復活如何で大きく影響を受けることは間違いない。しかし、万葉倶楽部は培った経験で柔軟に対応し、運も味方につけて乗り越え、さらなる飛躍を遂げるだろう。
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