経営の神様のことばから、困難を乗り切るヒントを探る
2012年8月にスタートした本連載が、今回で400回目を迎えた。
これまでの399回の連載では、国内外のフロントランナーと呼ばれる企業の経営トップや、政府/自治体のトップなどのことばから、今後の方向性や新たな取り組みを示す一方、その時々に置かれた課題や難局を、いかに乗り越えてきたのかを浮き彫りにしてきた。
コロナ禍という危機のなかで、連載400回目の節目を迎えた今回は、少し趣向を変えて、パナソニックの創業者であり、経営の神様と言われる松下幸之助氏のことばにスポットを当ててみる。そのことばには、いまの時代の困難を乗り切るためのヒントが少なくない。
困難は変化である、その変化を好機ととらえられるか
パナソニックの研究開発部門を統括するパナソニック CTO兼CMOの宮部義幸専務執行役員は、7月15日にオンラインで行った同社研究開発戦略の説明のなかで、パナソニックの創業者である、松下幸之助氏の「困難こそ発展の好機」ということばに触れてみせた。
「松下電器(現パナソニック)は、過去においては、困難に直⾯したときに、必ず何ものかを⽣み出してきている。この考えに⽴てば、かつてない難局であれば、それは同時にかつてない発展の基礎になると感じることができる。今年は、これを、基本的な考えにしてほしい」
これは1958年1月10日の経営方針発表で松下幸之助氏が発したものである。
いまから62年前の「困難こそ発展の好機」という、このことばが、コロナ禍のいま、多くの企業が置かれた立場に当てはめても、まさに、的を射たことばになっている。
パナソニックの宮部専務は、「新型コロナウイルスという困難に直面しているいまは、この一言一句を、そのまま語ることができる」とし、「たとえば、パナソニックでは、従来からeワーク(在宅勤務)に取り組んできたが、この数ヵ月で、これが一気に定着した。できないと思っていたものが困難によって、変革できた。このように、当たり前だったものを変えるチャンスである」と語る。
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、働き方を変え、生活を変え、社会そのものを変えた。そして、これは以前に戻ることはない。もちろん、この間、困難な経営を余儀なくされた企業も多い。だが、アイデアでやり方を変え、新たなビジネスを創出した企業も少なくない。新型コロナウイルスという困難が、ニューノーマル社会を生み出し、そこを発展の好機と捉える企業こそが成長し、生き残ることになる。
悪い年はわれわれにものを考えさせる年である
振り返ってみると、1958年1月は、岩戸景気が始まる直前の鍋底不況のなかにあった。
松下幸之助氏は、「悪い年というものは、われわれにものを考えさせる年である。また、平生(へいぜい)考えられなかったことを考えることができる年である。非常に悪い年は、同時に心の改革が行われ、それが将来の発展の基礎になる。悪い年は必ずしも悲観する年ではない。新たに出発するところのめでたい年である。むしろこういうときにこそ、すべてにおいて、ものの考え方を変えて、いままで考えつかなかったものも、考えつくことができる」とする。
このことばは、松下幸之助氏の経営において、中核といえる考え方のひとつだ。
それは、なんども形を変えて、同様のことばを発していることからもわかる。
人間の心というものは、如意棒のように伸縮自在だ
自書のなかでは、次のように語る。
「広い世間や長い人生には、困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろある。そんなときにどう考えるか、どう処置するか。それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かが決まると言える。困ったことだ、どうしようもないと考えだせば、心がしだいに狭くなり、せっかくの出る知恵も出なくなる」とし、「困難を困難とせず、思いを新たに、決意を固く歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となる。要は考え方である。決意である。困っても、困らないことである」
そして、こんな言い方もする。
「人間の心というものは、孫悟空の如意棒(にょいぼう)のように、伸縮自由である。その自在な心で、困難なときにこそ、かえって自らの夢を開拓するという力強い道を歩みたい」
「困難こそ発展の好機」というこのことばを発した1958年を前後して、パナソニックは、様々な第1号製品を投入。1960年には業界初のカラーテレビ、日本初の電気自動皿洗い機なども発売しており、まさに新たな発想の商品が生まれている。
2020年5月20日にパナソニックが発表した「新型コロナウイルス感染症にかかる予防ワクチン・治療薬等の研究開発への支援について」と題したニュースリリースのなかで、パナソニックの津賀一宏社長は、「社会の公器」という創業者のことばを使っている。
このニュースリリースは、大阪大学、大阪府などが推進している「新型コロナウイルス感染症にかかる予防ワクチン・治療薬等の研究開発」の取り組みに賛同して、総額2億円を寄付するという内容だ。
パナソニックの津賀社長は、このなかで、「当社は、 今回の支援が世界中の人々にとっての安心、安全なくらしを取り戻す一助となることを心より願うとともに、引き続き、事業活動、支援活動を通じ、『社会の公器』として、 お役立ちを果たしていけるように最善を尽くしていく」と述べている。
企業は社会が必要とするから成り立っている
松下幸之助氏は、社会の公器について次のように語っている。
「いかなる企業であっても、社会が必要とするから成り立っている。その時々の社会の必要を満たすとともに、将来を考え、文化の進歩を促進するものを開発、供給していく。活動が人々の役に立ち、社会生活を維持し、潤いを持たせ、文化を発展させるものであって初めて企業は存在できる。企業は個人のものでなく、社会のものである」
そして、ここでは、「今日、存在している企業のすべては、社会なり、人なりから求められて、生まれてきたものであり、また、世の進歩によって、これまであった仕事が不要になったり、次々と新たな事業が生まれたりもする」とも語っている。
昨日の是が、今日の非になるのは当然である
歴代社長をはじめ、多くのパナソニック社員がよくあげる創業者のことばのひとつに、「日に新た」がある。
これも、いまの時代に当てはまる言葉のひとつだ。
「生成発展が自然の理法であるならば、私の日々の生活もまた、この理法に従って、日に新たでなければならない。そして、日に新たなる生活を営んでいくためには、日々新たなる創意と工夫を生みだしていかなくてはならない。この社会はあらゆる面で絶えず変化し、移り変わっていく。だから、そのなかで発展していくには、企業も社会の変化に適応し、むしろ一歩先んじていかなくてはならない。もちろん、旧来のやり方でも好ましいものは、そのまま続ければいいわけだが、やはり時代とともに、改めるべきは改めていかなくてはならない。老舗といわれるところが経営の行き詰まりに陥ることがある。そのなかには、どこにも負けないような立派な経営理念が存在していていながら、それを適用していく方針ややり方に、今日の時代にそぐわないものがある。社会情勢は日に日に変わっている。だから昨日の是が、今日の非になるのは当然である」
ここでも、時代にあわせて変化することの重要性を指摘しており、それはいまの社会全体が置かれた立場と重なる。
立ち上がることを止めなければ、行き詰ることもない
一方で、松下幸之助氏は、こんなことも語っている。
「私は、この人間の社会というものは、本質的に行き詰ることはないと考えている。人類は何100万年と生き続けてきて、だんだん発展している。決して行き詰って終わったりはしていない。現実の問題として、苦労があり、大変だが、結局は道を求めてやっていけると信じている。経営者として、激動の時代に対処していくには、そのような信念を基本に持っていることが必要ではないか」
1934年9月、近畿地方を襲った室戸台風により、パナソニックは甚大な被害を受けた。
現在の門真市に本社を移転した直後のことであり、本社の一部損壊や、主力事業であった乾電池工場および配線器具工場の全壊に見舞われた。その際に、工場を訪れた松下幸之助氏は、こともなげにこう言ったという。
「きみなあ、こけたら立たなあかんねん。ちっちゃい赤ん坊でもそうやろう。こけっぱなしでおらへん、すぐ立ち上がるで。そないしいや」 自書ではこう語ってもいる。
「苦しいことはあるが、苦しむこともいいことだ。しかし、最後に堕してしまってはならない。なにかしらの境地を開いて、もういっぺん、立ち上がらなくてはならいといかん」
「私も常に悩みを持っている。ただ悩みに負けてしまわない。最後の結論において、自分なりに新しい見方、解釈を見出して、その悩みを乗り越えてくわけである」 困難なときほど、立ち上がることの大切さを、自らの経験から示してみせる。
「成功するためには、成功するまで続けることである」というのが、松下幸之助氏の信条。その裏には、まさに、「困難こそ発展の好機」と捉える姿勢がある。
本質は変わらない、しかし時代に合わせて説く必要がある
そして、松下幸之助氏の本を読み返してみると、こんな一節を見つけた。
「偉大な宗祖とか、祖師と言われる人々が説いた立派な教えは、その本質においては、いつの時代にも通用する極めて高いものが多い。だが、表現については、ずっと昔に説かれたものを、そのままに今日を話しても、それではなかなか多くの人に受け入れられにくいものがある。その立派な教えを、いまの時代にあわせて説くことによって、はじめて人々に広く受け入れられるのである」
コロナ禍のいま、昔のことばだとはいわずに、我々自身が、時代にあわせて、その意味を解釈することも大切だ。
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