経路検索の技術を基盤として、「NAVITIME」をはじめとしたさまざまなナビゲーションサービスを展開するナビタイムジャパン。社内コミュニケーションツールとして使い始めたSlackが根付いた結果、結局Slackと連携するアプリ「NAVITIME for Slack」まで作ってしまった同社の”Slackジャーニー”を聞いた。
エンジニア組織の支持が高かったSlackへの移行
ナビタイムジャパンがSlackを導入したのは2016年7月にさかのぼる。過去2年は他のコミュニケーションツールを利用していたが、テキストのみのコミュニケーションに限界を感じたほか、API連携機能が乏しかったこともあり、Slackに切り替えた。
Slackを選定したのはアプリ連携が大きな鍵だった。7~8割がエンジニアという会社なので、ボット開発などがやりやすいという点が重視されたという。また取締役副社長兼CTO 菊池新氏の意向も大きく、Slackへの全面移行は社員の大きな支持を受けたという。情報システム部門のリーダーである天野 剛志氏は以下のように語る。
「導入に際しては、他のコミュニケーションツールとSlackの併用期間を2ヶ月くらい設け、徐々にSlackへユーザーを移していきました。最初は希望者を募る形でSlackへの移行を進めたのですが、あまりにも多くのユーザーが希望したので、結局全員にアカウントを配布したのを覚えています」(天野氏)
Slackの全面導入に際して情報システム部門が決めたルールは最低限の命名規則のみ。プロジェクトや情報共有などの接頭辞を10種類くらい用意したという。逆に運用の自由度は高く、特に申請なくチャンネルは作成できるようにした。当初はSlackならではのパブリックチャンネルとプライベートチャンネルの説明にやや戸惑ったが、自然と根付いた。
「これまで使用していたチャットツールは、すべてSlackで言うところのプライベートチャンネルで構成されていますので、パブリックチャンネルの概念について説明するのはやや難しかったです。とはいえ、プロジェクトに参加していない人も、チャンネル内の情報を共有できるメリットを知ってからは、ユーザーが自主的にパブリックチャンネルに変更していきました」(天野氏)
重宝している分報 助け合う文化が社内に根付く
Slackを導入した結果、社内のやりとりは大部分Slackで行なわれるようになり、メールの使用頻度が下がった。議事録や社内資料もSlackの中にあるので、リモートからも手軽に検索できるようになり、意思決定が圧倒的に早くなったという。また、他社との協業案件に関しても、相手がSlackユーザーであればSlackを使ってやりとりするパターンが増えた。
ナビタイムジャパン社内でのSlackの使い方はさまざまだ。たとえば、各人が最新動向を告知する「分報(Times)」は社内SNSのように活用されている。個人ごとに業務の進捗や作業の詰まり具合、メンタルなどつぶやかれるので、マネージャがチームを把握するのに最適だ。各メンバーに話を聞くと、さまざまなレスポンスが戻ってきた。
「各メンバーがどこに詰まっているのかわかるので、分報はかなり便利です。すぐにフォローには入れるし、やりとりのレスも残ります」(シニアエンジニア 田辺晋一氏)
ナビゲーションの会社ということで、社内には鉄道や自動車、交通インフラのプロフェッショナルも多く、わからないこともスピーディにフォローしてくれるという。エンジニアも、非エンジニアも、Slackでつながることで、情報やリテラシの差を埋めることが可能になり、知識や経験を持つユーザーがリアルタイムにヘルプに入るといったカルチャーも醸成されたという。
また、アプリ連携するボットも社内で開発している。たとえば、センサーと連携し、男性用トイレの個室の空き状況を把握できるトイレボットや、注文したお弁当をリマインドしてくれるボットなどだ。
Slackから離れず使える「NAVITIME for Slack」の開発へ
こうしてSlackをヘビーに使い込んできたナビタイムジャパンだが、急成長をしているビジネスコラボレーションハブであるSlackのユーザーの新たな市場を作り出したいと考え、NAVITIME for Slackの開発に着手した。
NAVITIME for Slackは、文字通りSlackから離れることなくコマンドでNAVITIMEを呼び出し、行き先地までの経路検索ができるというSlackアプリ。「/navitime [出発地] から [到着地] 」と書き込むだけでNAVITIME for Slackが最適な経路を自動返信する。
開発を担当した開発部の森このみ氏はナビタイムジャパンの研究・開発部門に所属しており、AlexaのようなVUI系や自然言語処理などを担当してきた。大学時代にSlackを使っていたという親近感からチャットボットを開発し、NAVITIME for Slackの開発に能動的に参加したという。
「コンセプトとしては、ビジネスパーソンがSlackに張り付いている前提で、Slackから離れることなく、NAVITIMEで経路を調べるというものを目指しました。検索結果もチームで共有できるので、無駄な検索時間とコストをざくっと削ってしまおうと。なにより、自分が使ってうれしいものを念頭に作りました」(森氏)
開発は2019年4月の頭に開始し、2ヶ月弱で完成した。社内利用ではなく、エンドユーザー向けのプロダクトとしてリリースするので、仕様決めに時間を費やしたが、マルチプラットフォーム対応などは、Slackプラットフォームにあらかじめ実装されているため、開発期間は短かったという。なお、開発言語はC#を使っており、バックエンドはMicrosoft Azureを用いている。
「AWS+node.jsが一般的だと思うので、やや珍しいと思います。とはいえ、チームがよく使っているアーキテクチャでしたし、デバッグ、テスト運用がしっかりできる技術を選びました」(田辺氏)
Block Kit BuilderでUI/UXを最適化
コーディングにストレスはなかったが、デザイン設計はそれなりに苦労した。そこで活躍したのが、昨年リリースされたばかりの「Block Kit Builder」だった。SlackのBlock Kit Builderを使えば、SlackアプリのGUIをまさにブロックのように設計できる。
「目指すべきUI/UXが先にあったので、デザイナーさんがBlock Kit Builderで作ったデザイン案をSlackに投稿してもらい、私たちがそれに対してコメントするといった流れで調整してもらいました。SlackアプリのレビューもSlackを使うことで、効率化されたと感じます」(森氏)
PCやスマホ版のUIを基本そのままSlackに移植することを考えたが、経路の候補を複数出すのはあきらめたという。発車駅と終着駅を指定すると、複数候補のサマリページが出るのではなく、一番オススメの経路だけが表示されるという実装だ。
「電車と矢印のアイコンが画像になるのですが、たとえば3回の乗り換えだと合計で7つ画像を使うことになります。これを3経路分用意するとなると、さすがにレスポンスに影響が出ます。だから、思い切ってサマリはとってしまったのですが、忙しいビジネスパーソンがさくっと検索するという用途にはこの実装でよかったのでは?と思っています」(森氏)
リリース以降、Slackユーザーからは好評を博しており、機能要望もTwitterでダイレクトに来るようになった。スマホ版と差別化しつつ、シンプルな使い勝手をいかに維持していくかが重要になるという。
「弊社はトータルナビが得意なので、SlackでGPS情報が取得できると、やれることが拡がりそうな気がします」(森氏)
使う側から、作る側に、Slackへの関わりを変えてきたナビタイムジャパン。Slackユーザーの利用コンテキストをきちんと理解した上で作られた設計思想やBlock Kit Builderの活用は、プラットフォーム化してきたSlackの開発のお手本となりそうだ。