そして、さくらインターネットの執行役員 江草陽太さんに、元々苗村研究室に所属していた大阪大学 研究員の平木剛史さんからサーバー提供の依頼が来たのは土曜日だった。「プロジェクトの反響から、研究室のサーバー環境だと近いうちにアクセス負荷に耐えられなくなるのではと危惧しました。写真を募集し始めたタイミングでサーバーがダウンしてしまい、プロジェクトが盛り下がってしまう状況だけはなんとしても避けなければと感じました。ただ、ボランティアのプロジェクトでクラウド環境を用意する資金もなかったので、わらにもすがる思いで中高時代からの友人である江草さんに相談しました」(平木さん)。
これに対して江草さんは「研究室のWebサーバーでは耐えられないから、サーバーを用意できないかという依頼が友人の平木さんから来ました。プロジェクトの内容を聞いたところ、公共性も高く、技術的にもコンピュータービジョンや3Dは高火力コンピューティングと相性がよい分野だったので、サーバーの無償提供を決めました」と振り返る。

システム関連を担当したさくらインターネット 執行役員 江草陽太さん
連絡して、数十分でサーバーは用意され、江草さんと平木さんは研究室のWebサーバーのサブドメインで運用していたサイトを数時間後には独自ドメインに移行した。「依頼の連絡をした時は駅で電車に乗ったところだったのですが、降りる駅に着く前に江草さんからサーバー環境が用意できたと知らされて、その早さに驚きました(笑)。研究室でもさくらのクラウドを使用しており、また江草さんにも手伝って頂けたので、移行作業はとても円滑にできました」(平木さん)「ラッキーだったのは、平木さんが以前は研究室のサーバー管理者だったことです。共同で作業することで、アップロード先のドメインや細かい設定も容易にできました」(江草さん)。
こだわったのはスピードだけじゃない
実際、今回こだわったのはスピードとクオリティの両立だ。2019年4月のノートルダム寺院の火災の際は、約1ヶ月後に3D復元のプロジェクトが立ち上げられたが、今回は事件が風化しないスピードでプロジェクトを立ちあげようと考えた。写真の募集がローンチできたのは11月5日の夜、火災から約6日後だった。
「いくらショッキングな事件でも、地元の人たちはともかく、国外にいる観光客は忘れてしまいます。ニュースも次々と出てくるので、スピードは重要。でも、クオリティにもこだわりたかった。みんな卒業論文や制作展などの準備と同時進行でしたし、どこまでやるかが重要でした」(川上さん)

「スピードは重要。でもクオリティにもこだわりたかった」(川上さん)
こだわったのは写真を収集できる仕組みだ。ユーザーから写真を提供してもらうにあたっては利用やプライバシーに関する約款も必要であり、とにかく数多くの写真を集めるため、複数ファイルのマルチポストも機能として必要だった。また、ユーザーの手間を減らすためには、分類のためのタグ付けもシステム側で吸収しなければならなかった。
「デザインや体験作りが大変でした。本当は写真を提供してくれたユーザーと首里城がVR上でオーバーラップするような体験を提供したかったのですが、こうするとユーザーごとのアカウント管理が必要になります。でも、アカウント管理のシステムをイチから作るのは時間がかかるし、そもそも大学側で個人情報を預かって、漏えいさせたら大きな問題です。だから、写真と思い出のテキストだけをいただくという方針を選択したんです」(川上さん)
こうした設計を実装すべく、結果的に江草さんはプロジェクトに深くコミットした。写真を受け付けるためのフォームも江草さんが作り、亀井さんがCSSを書いて見栄えを整えた。「最初はGoogleフォームを使う予定だったのですが、やっぱり独自で作った方がいいという話だったので作って納品しました。その後にファイルも複数枚ポストでできたほうがよいという話も出てきて、これまた作って納品しました」(江草さん)
インフラからプログラミングまで幅広いITスキルを持ち、さくらインターネットでもさまざまなプロジェクトと案件を動かした経験を持つ江草さんは、プロジェクトの救世主だったという。「みんながそれぞれヒーローでしたが、本当に江草さんの仕事ぶりはヒーローそのものでした。ヒーローって本当にいるんだなと思いました(笑)」と川上氏は振り返る。
江草さんも、「もともと『数時間でなにか作る』ということが好きなので、今回のようなプロジェクトに参加できてよかったです。あとはスピードだけじゃなくて、クオリティにもこだわっていたのがよかったと思います」とプロジェクトに関わった感想を語る。
今回はさくらのクラウドのほか、高火力コンピューティングも用いられる可能性があり、スケールの異なる写真の分類や写真に映り込んでいる人の匿名化など、3Dモデルで利用する前処理が高速化できるはずだという。さくらインターネットとしては、今回のプロジェクトのようにコンピューターリソースによって実現されるショーケースには積極的に関わっていくという。
自発性と多様性のあるチームから生まれた「奇跡」
今回のプロジェクトは東京大学の一個人発のプロジェクトではあるが、国内外から多くの有志が集まり、それぞれの役割を果たしたことで、スピーディーにプロジェクトが立ち上がった。こんなプロジェクトは、企業に入ってもなかなか味わえるものでもない。最後、各メンバーにプロジェクトで得た学びを聞いてみた。

「人は追い込まれるとここまでできるんだというのが個人としての学びです(笑)。チームの一員として学んだのは、おのおのが自発的に学んでいく組織は強いということです。こんなに速いスピードで回る組織に所属したことなかったので、今後社会に出るときも、今のチームみたいなメンバーがいる組織に入りたいと思いました」(五日市さん)
「僕自身は川上先生の参謀的な役割だったので、どうやってプロジェクトを進めていくか、責任感を感じていました。どのタイミングで、何をやればよいか、悩んだことが、自分にとって勉強になりました。デザインできるメンバー、アニメーションが作れるメンバー、ITがわかるメンバーなど、多様性のある組織のよさも知ることができました」(亀井さん)
「学生や先生だけではなく、多くの人たちがプロジェクトに関わってくれたので新鮮。こんな多彩な人たちとプロジェクトを進める経験はとても貴重でした」(邵さん)
「決して長い時間コミットできたわけではないのですけど、SNSで知り合いからもコメントをもらい、役に立ててうれしかったです」(木方さん)
取材の中、川上さんの口から頻出した言葉は「奇跡」だ。首里城消失というショッキングな事故で、RPGのチームのように異なるスキルを持ったメンバーが集まり、ハプニングでプロジェクトが公開され、そこからスタートアップのようにサービスを立ち上げていく過程は、まさに小さな「奇跡」の集まりかもしれない。
「なにしろ仲間に恵まれました。私自身は取材や協力者とのやりとりなど対外的な役割に追われていたので、内部的なディレクションは本当に亀井君に任せっぱなし。でも、私自身が指示しなくても、各メンバーが自律的に動いてくれるので、すごく心地よく取り組めています」(川上さん)
(提供:さくらインターネット)

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