クラウドネイティブ時代を告げる「AWS Summit 2018」 第7回
「AWS Summit Tokyo」ウイングアーク1st、サイボウズ、スーパーストリームのCxOによる鼎談
ISV 3社が語った「SaaSビジネスの苦労」と「AWSを選んだ理由」
2018年06月14日 07時00分更新
パッケージソフトウェアベンダー(ISV)が、ソフトウェアをクラウドサービス(SaaS)として提供するうえではどのような困難に見舞われるのか。そしてそれをどう解決できるのか。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSJ)が開催したプライベートイベント「AWS Summit Tokyo 2018」では、ソフトウェアのSaaS提供に取り組むウイングアーク1st、サイボウズ、スーパーストリームの3社幹部が登壇し、ISVの観点から“SaaSビジネスの真髄”を語るパネルディスカッションが開催された。
パッケージソフトウェアからSaaSビジネスに乗り出したきっかけ
パネルディスカッションはまず、各社がSaaSビジネスに乗り出した「きっかけ」を語ることからスタートした。各社とも2010年前後の時期には社内検討を始めているが、実際にまったく新しいビジネスモデルに踏み出すには、それぞれ大きなきっかけがあったようだ。
高いシェアを持つ帳票基盤ソリューション「SVF」やデータ集計/分析プラットフォーム「Dr.Sum」、BIダッシュボード「MotionBoard」などのパッケージソフトウェアを開発するウイングアーク1stでは、2009年ごろからソフトウェアのSaaS化を検討していた。しかし同社 田中氏は「当時はなかなかその(SaaSビジネスに踏み出す)トリガーがなかった」と振り返る。
ウイングアーク1stにとって大きな契機となったのは、同社と関係の深いセールスフォース・ドットコムからの、「Salesforce向けのBIツールを開発してほしい」という働きかけだったという。これに応えるかたちで、同社はAWS上で稼働する「MotionBoard Cloud for Salesforce」を開発し、2011年から提供を開始した。
一方、ERP(会計/人事給与システム)の「SuperStream-NXシリーズ」を開発するスーパーストリームでは「顧客の声に押されるかたち」でクラウド対応がスタートしたと、同社 山田氏は説明する。2011年ごろから社内でAWS対応の研究開発を始めていたが、顧客から「AWSに対応していないのか」と聞かれるケースが徐々に増え、さらには動作検証前の段階で「もうAWSに乗せちゃいました、という顧客も現れた。社内でこれはマズイ、となった」(山田氏)。
その後、スーパーストリームはAWS/Microsoft Azure IaaSでのBYOL(顧客ライセンス持ち込み)に対応したほか、パートナーデータセンター経由でSaaS(マルチテナント/シングルテナントの2形態)を提供している。
20年前からグループウェア「サイボウズ Office」を提供してきたサイボウズだが、10年ほど前には「パッケージソフトのビジネスに少し“陰り”が見え始めた時期があった」(同社 佐藤氏)。そこで次なるビジネス成長の柱を作る取り組みとして、2011年に「cybozu.com」を立ち上げた。cybozu.comは自社運用のクラウドプラットフォームであり、この基盤上で「サイボウズ Office」や「ガルーン」など、既存パッケージソフトのSaaS化を進めてきた。加えて、クラウドのみで提供する業務アプリ作成ツール「kintone」も、このcybozu.comをベースに提供している。
佐藤氏は、サイボウズでは昨年(2017年)時点でパッケージとクラウドの売上が逆転して「クラウドが主になっている」と説明した。パッケージ売上はほぼ横ばいとなっている一方で、クラウド売上が順調に成長しており、この2年間は過去最高売上を更新しているという。
ISVがSaasビジネスに乗り出すうえでの苦労、「二重投資」の問題
では、実際にSaaSビジネスに乗り出してみて感じた「難しさ」とは、どんなところにあったのだろうか。技術面での課題よりも、ビジネス面や組織面での課題のほうが多いようだ。
スーパーストリームの山田氏は、バージョンアップやOSパッチ適用といったメンテナンスの手間を考えると、クラウド展開は「マルチテナント型でないと意味がない」と考えたが、実際に取り組んでみるとマルチテナント型であっても「運用面が大変だった」と語る。従来のパッケージビジネスでは必要のなかった、24時間×365日のサービス監視体制を用意しなければならない。これについてはサイボウズ佐藤氏も「2011年(cybozu.com開始)までは自分たちで運用してこなかったので、当初は苦労があった」と同意する。
さらに山田氏は、当初は顧客の理解が必ずしも十分でなかったことにも触れた。マルチテナントのSaaSでソフトウェアをバージョンアップすると、あらかじめメールなどで予告したうえであっても「バージョンアップされると困る!」といった顧客のクレームが入ったという。
これに関連して、ウイングアーク1st田中氏は「二重投資」の問題を指摘した。各社ともパッケージソフトウェアとしての提供を続けながら、SaaSでも提供するビジネスモデルをとっている。そして、マルチテナント型のSaaSとして提供する場合は、どうしても原型のパッケージソフトにSaaS向けの改修を加える必要がある。つまり、ここに二重の開発投資が生じる。それに加えて、パッケージソフトとSaaSのそれぞれに対応するサポートチーム、SaaSの運用チームも構成しなければならない。人員的にも二重投資が発生するわけだ。
「パッケージソフトとSaaSのそれぞれに投資する意欲があるか? というのが(クラウドビジネスに踏み出すうえでの)1つめの障壁になる。そうした意欲なしで“なんとなく”SaaSビジネスを始めるというのは、実質無理だと考えている」(田中氏)
販売パートナーとの関係も変化、ただし新しい顧客層への拡大も
また、SaaSという新しい提供モデルを始めたことで、ビジネス上の重要パートナーである販売店やSIerとの関係も変化せざるを得なかった。
スーパーストリーム山田氏は「2011年、12年ごろは『売上が下がる、こんなもの売るんじゃない』とすごく怒られた」と振り返る。販売パートナーにとっては、それまでのパッケージソフト販売のほうが短期的な売上や利幅が大きく、SaaSモデルでの販売ノウハウもなかった。反発が起きるのもある意味で必然だったと言えるだろう。
そこで各社はそれぞれ独自のアプローチを取ったという。従来から直販をしないスタンスをとってきたスーパーストリームの場合は、パートナーが用意する環境(パートナー自身のデータセンターやAWS環境など)にソフトウェアを配置してSaaSを提供する販売モデルとしてスタートさせた。
一方で、ウイングアーク1stでは「まずは当社がクラウドのビジネスモデルを作り、それが回り出したところでパートナーに渡すかたちをとった」と、田中氏は説明した。SaaSの提案や販売のノウハウがパートナーにもまったくなかったため、まずはウイングアーク1st自身で事例を作り、それをパートナーに周知していく戦略だったという。
一方で、サイボウズはまた違った戦略をとった。サイボウズの場合、パッケージ売上はほぼ減っておらず、既存パートナーも従来どおりパッケージ販売だけでやっていける状況だった。それでも「パートナーもクラウドビジネスに進もうとしており、一緒にチャレンジすることにした」(佐藤氏)。単なるSaaSの代理店販売だけでなく、APIを介して顧客システムと連携したり、顧客業務を深く理解して改善策を提案したりという、新しいパートナービジネスのかたちを支援してきたという。
その結果として、サイボウズでは新たなパートナー層、そして新たな顧客層にもリーチすることができたと、佐藤氏は語った。「グループウェアの提供開始から20年が経っていて、さすがにもう浸透し切ったと思っていたが、クラウド化したら『初めて使います』という顧客がまだまだいる。クラウド化によって新しいマーケットや新しいパートナー、新しい顧客が拡大している」(佐藤氏)。
AWSを採用した理由、そして「適切な」使いこなし方とは
AWSプラットフォームの採用理由についても、各社各様のコメントが語られた。
サイボウズでは、kintoneの米国市場への展開基盤としてAWSを採用することを発表している(サービス提供開始は2019年1月の予定)。Google Cloud Platform(GCP)との比較検討も行ったと語る佐藤氏は、AWSを選んだ理由を「マネージドサービスが豊富」「コミュニティやパートナーなどエコシステムが充実」「セキュリティやコンプライアンス要件などエンタープライズ向けの機能とサポート」の3つだとまとめた。
「自社運用のcybozu.comインフラは5年が経過し、コスト的にはすでにペイしている。これはそのまま(国内市場向けの基盤として)使い続けるが、米国市場に出て行くために新しいことにもチャレンジしていく」(佐藤氏)
スーパーストリーム山田氏は、SaaS基盤としてAWSを選んだ理由として「東急ハンズの長谷川さんからすごいプレッシャーを受けたので(笑)」と会場の笑いを誘いつつ、最大の理由としてはソフトウェアが「まったく問題なくそのまま動いた」からだと述べた。山田氏も複数のクラウドベンダーを比較検証したが、たとえばシステムのタイムゾーン設定のような細かな部分から処理中の「セッション切れ」まで、他のクラウドでは多くのソフトウェア改修が必要になる見込みだった。「直さなくて良かった、が最大の理由」(山田氏)。
ウイングアーク1st田中氏は、開発当初の同社にはインフラエンジニアがほとんどおらず、多様なマネージドサービスが提供されるAWSのメリットに目を付けたと説明する。「プラットフォーム作りは面白いので、エンジニアは(自分の手で)作りたがる。ただし、それはビジネス的には競争優位性を生まない。あまりそこに目を向けさせたくないと考えて、AWSを選んだ」(田中氏)。もっともAWSは次々と新機能/サービスが登場するため、現在では同社のアプリケーションエンジニアも「次は何が出るだろう、とモチベーションが上がっている」と語る。
これに関連して田中氏は、ISVがSaaSビジネス向けにAWSを適切に利用するための留意点、心構えとして「本当に必要な機能か、そうでないかを見極めないといけない」とも語った。AWSには豊富な機能があり「エンジニアはつい使いたがってしまう」が、何でも使って良いとすると「ベースのコストが上がりすぎてビジネスにならなくなる」(田中氏)。同社でも、その罠に陥りそうになったことが何度もあると語る。「AWSをしっかり『使いこなす』、適切に使うことが大切だ」。
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