最新ユーザー事例探求 第49回
「何かおもろいことをやれ!(ただし低予算で)」の企業文化が育てるイノベーション
おもろい航空会社、Peachが挑む“片手間でのAI活用”とは
2017年10月16日 07時00分更新
誰でも気軽に利用できる「空飛ぶ電車」として「アジアのかけ橋を目指す」というビジョンのもと、2012年3月に就航したLCC(格安航空会社)のPeach Aviation(ピーチ・アビエーション)。創業当初から積極的にSaaSやパブリッククラウドを活用してきた同社では、現在、グーグルがクラウドで提供する人工知能(AI)APIや機械学習プラットフォームの業務活用にチャレンジしている。ただし、そのテーマは「片手間でのAI活用」による現場の業務改善だという。
10月13日、グーグルが開催したメディア向け勉強会では、Peach Aviationでイノベーション統括部を率いる前野純氏が登壇し、自ら開発したツールのデモも交えながら、AI活用による業務改善やその背景などを紹介した。
2020年までに事業規模を倍に、そのためにはAI活用が必須
2012年3月に関西国際空港を拠点として運航を開始したPeachは、国内市場におけるLCC利用の普及と歩調を合わせるかたちで急成長を遂げてきた。2017年9月現在の累計搭乗者数は2000万人、就航路線数は29路線(国内14、国際15)で、1日最大100便以上を運航している。関西国際空港に次いで、2014年7月には那覇空港、2017年9月には仙台空港に拠点を開設しており、さらに2018年度には新千歳空港も加わる計画だ。
Peachの事業ミッションは、「安全」第一で「ジャパン・クオリティ」の旅客サービスを提供しつつ、LCCとして「低運賃」を追及することにある。当然、業務コストの効率化は常に求められており、たとえば関西国際空港内にあるオフィスを例に取ってみても、「ある百貨店が利用していたオフィスを、そのまま居抜きで(大規模な改修なしで)使っている」(前野氏)のだという。
前述したとおり、Peachでは業務に必要なITシステムの調達において、積極的にクラウドサービスを採用してきた。前野氏によると、現在の同社ITシステムは「90%がSaaSとパブリッククラウドでできている」。もっとも、これはコスト効率化の取り組みである以前に、ビジネスのスピーディな拡大にITが追従していくために求められたものだった。
初就航から5年が経過し、Peachでは事業のセカンドステージを迎えようとしている。事業計画では、現在19機の保有機体を35機に増やして「2020年までに事業規模を現在の倍にする」ことがうたわれている。前述した新千歳空港の拠点空港化もその一環だ。
ここで必須になるのがAIの業務活用だと、前野氏は語る。事業規模が倍になるからと言って、単純に人員も倍増させるのであれば、コスト効率改善や競争力強化にはつながらない。AIが業務を支援することで、人的リソースの増加は極力抑えつつ事業を拡大し、搭乗客へのサービス品質はむしろ向上させていく。それが理想型だろう。
「最近はよく『AIが人間の仕事を奪うのではないか』と議論されているが、われわれの場合は慢性的に人手が足りていないので……(笑)。そこを、AIのようなインテリジェントなソリューションで極力補っていきたいという考え方」
グーグルの音声認識APIを採用、コンタクトセンターの自動応答を試す
そうした取り組みのひとつとして、Peachでは昨年夏、JSOLと共同でコンタクトセンター業務におけるAI活用の実証実験を行った。これは、運航状況を自動応答する専用電話番号を用意し、搭乗客が電話(音声)で搭乗便の発着地を伝えると、その航路の運航状況を音声で自動応答するというものだ。バックエンド(Speech to Text処理)には、グーグルが「Google Cloud Platform(GCP)」で提供する「Google Cloud Speech API」を採用している。
Peachのコンタクトセンターは、平日の9時~18時のみ有人での電話対応を行っている。低運賃を維持するために、コンタクトセンターの営業時間を拡大するのは難しい。だが、現実にはPeachの運航便は朝6時、7時台から飛んでおり、搭乗客が運航状況を電話で問い合わせたいと思っても、営業時間外にはそのすべがなかった。また、コンタクトセンターの営業時間内であっても、悪天候時には電話がつながりにくくなるケースがあった。この課題を、24時間365日無人で運用できる自動応答電話で解消しようという発想だ。
「コンタクトセンターへの問い合わせ内容を見ると、実は『今日(のフライト)は飛んでいるのか』とか『関西から新千歳の便はいくらか』といったシンプルな、典型的なものも多い。そうした典型的な問い合わせはAIで対応できるのではないか、それによりコンタクトセンターの負荷軽減につながるのではないかと考え、この実証実験を実施した」
大規模な開発投資が難しいPeachにとって、クラウドサービスとして提供される音声認識エンジンは非常にありがたい存在だったようだ。前野氏は、GCPのCloud Speech APIを採用した理由について、「われわれが学習データを用意しなくてもグーグルが認識精度を上げていってくれる」「API(の利用時間)べースの課金なので安価で済む」「将来的な多言語対応も簡単である」という3点を挙げた。
「特に多言語対応の能力は重要な要素だった。(アジアに事業展開している)われわれとしては、将来的には韓国語や中国語など、外国語への対応も視野に入れなければならない。しかし、調査したところ、(他のサービスでは)日本語は強いがその他の言語はまだまだというものが多かった。さらに言うと(日本語と外国語で音声認識の)エンジンが変わってしまい、別開発が必要になるものがほとんどだった。グーグルの場合、多少の調整は必要でも設定変更に近いかたちで対応でき、そこが魅力的だった」
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