源ノ明朝は、源ノ角ゴシックと共に、商用利用もできるフリーフォントとしてリリースされた。西塚氏は、「ゴシックの時は、まだその意義が十分世間に伝わっていなかったかもしれない」と話す。しかし「なぜフリーで3言語フォントをリリースしたのか、使ってみて徐々にわかってくれたユーザーさんもたくさんいて、だんだんと意義が世の中に浸透していった」とも話してくれた。
またインタビュー内容からもわかるように、源ノ明朝は、「デジタルデバイスで表示した際の見やすさ」にも重点を置いたフォントである。ディスプレー上に表示された際の可読性の高さは、今後ますます重要視されていくだろう。源ノ明朝は、「多言語の表記で統一感のあるデザインを実現し、かつデジタルデバイス上で真価を発揮する」フォントとして、社会的な資産としての意義も含んでいると思う。
そんなフォントを作り上げた西塚氏に、これからのフォントの目指すべき方向性と、自身の目指すデザイナーとしてのあり方をうかがった。
フォントデザインにも多様性が求められる
――地下鉄の案内板や、街中でも他言語を見かける機会が多くなりました。Pan-CJKフォントには、多言語感で統一感のあるデザインを作る必要のある時代において、意義深いものだと思います。これから、フォントというものは、どのように発展していくべきでしょう。また、西塚さん自身が、タイプデザイナーとして目指す地点のようなものはありますか?
「源ノ明朝のリリースイベントで一緒に登壇してもらったデルトロの坂本さん※が『ウェブフォントを広めるためには、各OSメーカーが、OSの搭載フォントを増やしてみるといいんじゃないか?』とおっしゃっていて、それで『なるほど!』と思ったんです。MS明朝、MSゴシック、メイリオ、游明朝……というセットが定番になってきましたが、游明朝が入ったとき、私はいままでのOSフォントのイメージを覆したように見えて『画期的だ!』と思いました。
フォントを買うまではしないユーザーさんでも、OSに搭載されたものは選択して使っている場合が多いと思われます。そこでもっと多様なものがあれば「フォントを選ぶとイメージが変わる」という体験をもっと実感してもらえます。
たとえば、運動会のお知らせとか年賀状、ちょっとしたことでも『フォントを選択する』という意識も浸透していくかもしれません。
ユーザーさんにフォントをたくさん提供したいと思う一方で、この世代のタイプフェイスデザイナーの難しいところは、『消えない』という部分だと思うんです。活字がなくなって、写植ができて、またなくなって、今度はデジタルになって(技術として)『もう消えない』となったいま、向かうべき方向は『多様性』だと思うんです。
フォントはすでにダイバーシティ時代に入っています。たくさんフォントがある中で、どのように魅力を発揮してユーザさんに選んでもらうか。時間をかけて作っても、そのフォントの意義やメリットを伝えることも難しくなっていると思います」
※株式会社デルトロ代表。カンヌ国際広告賞、クリオ賞などの広告賞を多数受賞しているほか、ユニクロ、ナイキといった企業のプロモーションを手がけたことでも知られる。――確かに、市場にはもう膨大なフォントがあります。
「そんな中で、自分はどういうデザインを得意としていて、どういうフォントを作るべきなのかという視点はいつも持っていて。たとえば、『かわいくポップなディスプレーフォント』を作りたいという気持ちがあっても、『これはフリーフォントにありそうだな』と思うと、アイディアからは外すんですね。自分の場合は、ディスプレーフォント※ではなく、長文でも使えるフォントを当面作りたいと思っています。その方がアドビがフォントを配布する意義があるのではないかと思うんです。
※見出しやタイトルなど、大きく表示する用途に適したフォント。一般的に、本文など長文を表示する用途には不向きとされる。『かわいい』という例を出しましたが、『かわいい』というのはすごく難しいと思うんですね。ともすれば下に見られてしまうところもあります。私個人としては、『幼いかわいさ』ということではなくて、『クオリティーが高いかわいさ』を追求していきたいという気持ちがありますね。
昔の、手書きの時代の印刷物で、先人のグラフィックデザイナーさんが作ったレタリングにもクオリティーの高いかわいさがあったりしますよね。そういう、温かみを含んだかわいさ……商業利用をしたときに、ハイレベルなデザインにまとまるクオリティーの高さがありつつも、味わい深さを含んだデザイン。そういう流れを受け継いでいき、作っていきたいです。
でもフォントって、適した場所にきちんとしたフォントが使われていると、みんながそれを自然のものとして受け取るので、逆に目立たなくなってしまうんです。こだわって作るほど、目立たなくなる。そういう逆転現象も、フォントの面白いところですね」
――本日はありがとうございました。