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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第60回

中国・配信・CG――アニメビジネスの最新事情を数土直志氏に訊く

他国のカネでアニメを作るとき、何が起きるのか?

2017年08月21日 17時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史

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今後、否応なく多角化を迫られるが……

―― Netflixによってグローバル配信の機会は拡大しました。そして、それはジャンルの多様化にもつながっている。しかし、そこにはリスクも潜んでいる、ということですね。では、そのリスクに備えておくには、日本のアニメ産業は何をすれば良いと思いますか?

数土 結局のところ多角化しかないのでは。映像パッケージは縮小していますが、今後も消えることはないとは思います。配信はバブル状態ですが、仮に弾けたとしても一定のボリュームは残るでしょう。そして商品化、2.5次元ミュージカルのようなイベント展開など……アニメは今、収入源が多角化しています。

 国・地域ごとに見ても日本の割合はどんどん小さくなって、アジア・ヨーロッパ・アメリカが海外の主要3市場になっています。そこに南米や中東がどのくらい加わるかはわかりませんが、いずれにしても多様化が進んでいますね。

 そうなってくると、ビジネスをマネジメントする人にとっては難易度が上がると同時に、うまくポートフォリオのバランスを取ることができれば、どこかが倒れても、別のところで支えられる可能性がそこにはあります。

―― ビジネスの領域、国や地域といったリージョンでの領域という2つの軸でのポートフォリオを組み合わせるということですね。確かにそれは難易度が高いです。マネージメントのスキルも問われますし、もはや海外のほうが社員数が多いという株式会社ポケモンのような例も思い浮かびますね。

数土 そうですね。この本でページ数を割いているアニプレックスや東宝はそういった意味で多角化を進めている例だと思います。東宝は大作映画一本ではもはや立ちゆかないという判断のもと、大作・コアファン向け・パッケージ・音楽などビジネス領域を分散化しています。

 アニプレックスは、日本でチャンスがある作品であれば、アメリカ・アジア・ヨーロッパでもあるはず、という考え方のもと、日本と同じビジネスを海外に広げようとしています。その領域も、映画・パッケージ・商品に広がっており、それを現地のエージェントに任せるのではなく、自分たちで展開しようとしています。そういった多角化をアニメ会社は進めていく必要があると思います。

―― これもずっと指摘されていることですが、アニメの会社は小資本のところが多く、そういった多角化を進められる力があるところは限られます。集約が図られていくべきではないかという声もありますが。

数土 そうならざるを得なくなっていくはずです。

アニメ企業は集まって強くなれ

―― 先日NHKクローズアップ現代で再びアニメの制作現場が厳しい環境に置かれていることが紹介されました。そこでは作品数が多いことや現場におカネが還元されていないのではないか? という指摘と共に、CGによってその解決が図られている例なども取り上げられていました。

数土 タイトル数が多いかと言えば、僕は必ずしもそうだとは思いません。TV番組にニュース・ドラマ・バラエティー・スポーツなど様々なジャンルがあることを考えると、色々なジャンルのアニメがあるというのは、実写がアニメに置き換わっただけで、それはニーズがあれば十分に起こりうる状況だと思うからです。

 根本的な問題は作り手の圧倒的な不足です。そしてその原因はやはり賃金の低さに求められるでしょう。タイトル数ではなく、制作会社が多いことで過当競争が起こっています。その結果、制作費がなかなか上がらない、というのが問題です。

 ただ、この問題も2017年の現在では変化の兆しが見えています。ここ2、3年で具体的にはお給料が上がっていくということが起こるでしょう。逆に言えば、そうしなければ人手不足を補えないところまで来ていますから。そこには正社員化も含まれていくはずです。

―― この連載でも何度か取り上げているサンジゲンのように、ですね。

数土 歩合制・出来高制だけではもう立ちゆかないということです。アニメーターにとっても、好きな仕事を選べるという利点もあったわけですが、そういったスタイルで仕事が続けられるクリエイターは逆に言えば限られていく、ということだと思います。

 そして正社員を抱えることができる資本を備えることが重要になってきます。ただこれまで売上が100億を超えたことのあるアニメスタジオは4社しかありません。東映アニメーション・サンライズ・トムス・ジブリだけですから。企業規模は課題になってきます。

 そのポジションに近づきつつあるプロダクションI.Gは持ち株会社への移行後、4つの制作会社を傘下に抱えています。中小のアニメ制作会社は自転車操業に陥りがちですが、グループで経営する事でそのリスクを下げることができます。ビジネスとクリエイティブを役割分担できますし、担当する作品の当たり外れによるインパクトも中和することができます。

―― サンジゲンやトリガーを擁するウルトラスーパーピクチャーズも同様ですね。

数土 そうですね。元フジテレビのノイタミナのプロデューサーである山本幸治氏が代表を務めるツインエンジンも例として挙げられます。規模が小さく、交渉力がなかったところから、他業種とではなくアニメ企業同士でグループを形成して、生き残りを模索し始めている。そういう集約・集積がこれからも進んで行くと思いますし、それが、結果的に労働環境の改善にもつながっていくはずです。

―― そこで「配信バブル」によって、たとえ一時的であったとしてもアニメ産業に資金が流れ込んでいる間に、集約・集積を進めていくことが重要だと言えそうですね。

数土 今までは、アニメ制作会社のM&Aがあっても、大元のビジネスはパッケージが担っていたため、メーカーが主体にならざる得なかったのです。翻って現在は、中国資本もそうですし、配信会社であれ、スタジオにより多くのお金が入るケースが現れはじめています。先見性と交渉力のあるスタジオであれば、これを「次の時代に向けた好機」にできるはずです。

―― この機を逃さず再編を、ということになりますね。与えられた期間はどのくらいだとみていますか?

数土 3~5年くらいでしょうね。配信にしても、中国にしても、いつまでも今の規模で資金を提供できるかわかりません。

 2000年代にクリエイティブ志向で数多く設立された中小~中堅制作会社はこれからが正念場でしょう。CGの採用も進める上では、それへの投資もさらに必要になってきますから。

―― よくわかりました。最後にアニメ産業の未来がどうなっていくか、数土さんなりの見立てを聞かせてください。

数土 ここまで厳しい話もしてきましたが、じつは僕はその未来は明るいと思っているんです。2006年頃のアニメ不況を考えれば、こんなに時代が来るなんて、というのが正直な気持ちなんです。前回のインタビューもその空気を引きずっていましたが、『もう日本のアニメはダメになるかもしれない』とすら思っていましたから。

 それが、ここ5年間で日本のアニメの人気は、配信のお陰もあって世界で急拡大しています。その市場があるという事実だけで、可能性は無限に広がっています。この機会を活かすべきですし、活かさないわけはないだろうと。足元の環境の厳しさ、海外勢の追い上げは確かにありますが、日本のアニメはかなり優位なポジションにあるという認識はもっと広がって良いと思うんです。本の結びでも強調しましたが、「日本のアニメの未来は明るい」と僕は思います。

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