今回の業界に痕跡を残して消えたメーカーはBorland Internationalである。同社の生い立ちはややおもしろい。
デンマークの会社が悪戦苦闘し
アメリカ法人を立ち上げる
Borland、最初の社名はBorland Ltd.だが、この会社はもともと、Niels Jensen氏、Ole Henriksen氏、Mogens Glad氏という3人のデンマーク人によって1981年8月に設立された。
会社の本拠地はコペンハーゲン(後にアイルランド)であり、彼らはCP/M向けのソフトウェアを開発していた。最初の製品はCP/M上で動くMenu Master(メニュー操作式にプログラムを実行できるユーティリティー)と、Word Index(ワープロのWord Starで作成した文章の目次や索引を生成するツール)で、これを1982年のイベント(*1)で発表する。
(*1) Wikipediaによれば、このイベントは“CP/M-82”という名前だったらしいが、確認できていない。タイミング的には7th West Coast Computer Faire(1982年3月19日~21日に開催)の可能性が高い。CP/M関連製品のエリアに“CP/M-82”という名前がついていたのかもしれない。
ただこのイベントへの出展の結果、製品をちゃんと売るためにはアメリカの企業でないとうまくいかないことがわかったらしい。そこで彼らが雇ったのがPhilippe Kahn氏である。
Kahn氏はスイスのチューリッヒ工科大とフランスのニール大で学び、ニール大で数学修士の学位を得ているが、むしろチューリッヒ工科大でPascalの創始者であるNiklaus Wirth教授の下で学んでおり、これが後の製品展開につながっている。
さて、大学卒業後にKahn氏はアメリカに旅行者として渡り、そこで一度ヒューレット・パッカードに就職するものの、不法滞在(就労ビザを持っていない)ということで解雇される。このKahn氏とBorlandの3人がどこでどう知り合ったのかは定かではないが、Borlandのアメリカ法人をKahn氏が立ち上げることになる。
この結果立ち上がった会社がBorland Inc.(後のBorland International)で、Kahn氏がCEO兼取締役会議長を務めた。ただ会社の大株主は最初の3人のデンマーク人というおもしろい構造になっていた。その意味ではBorland Inc.はBorland Ltd.の子会社ではなく(実際Borland Ltd.はその後廃業している)、名前や人員はともかくとして会社としては別と考えたほうが良いかもしれない。
とはいえ、当初のBorlandはなかなか愉快な会社であった。従業員は元日本食レストランのマネージャーとカクテルウェイトレス、それとメキシコでキャンベルスープを売りそこなっていたセールスマンだったらしい。当初のメンバーを見ると、Kahn氏のほかにVP of OperationとしてSpencer Ozawaなる人物の名前があるが、これが元マネージャーだろうか。
なにしろ自身が不法移民みたいなもので、真っ当なベンチャーキャピタルからの投資はことごとく断られたそうで、当初はKahn氏の貯金でなんとかまかなっていた。
そんな中で、Anders Hejlsberg氏による開発が行なわれていた。もっともHejlsberg氏は当時デンマークにいたので、彼は当時はBorland Ltd.側で雇用していたのかもしれない(このあたりの資料はまったくない)。
開発ツール「Turbo Pascal」を市場に投入
なにを開発するかに関しては明確で、Pascalのコンパイラである。これに関してはKahn氏がHejlsberg氏を口説いたのは間違いないようだ。そして1983年11月に発売されたのが、Turbo Pascalである。
画像の出典は、“Borland Pacal Wiki”
Pascalという言語は、当時も今も決してメインストリームではない(*2)が、マイコンの世界では決してマイナーというわけでもない。
(*2) こう書くと石が飛んできそうであるが、筆者の率直な感想なのでご容赦いただきたい。余談だが、昔Pascalで書かれたOSの面倒を見ていたこともあり、もうほとんど忘れたが一応Pascalでシステムを作っていた。
大昔のPC-8000シリーズや8800シリーズのユーザーの中には、UCSD Pascalのことを覚えている人もいるだろう。比較的早い時期からフフリーあるいは低価格の処理系が出回っていたので、案外なじんでいる開発者もいたりした。そうした開発者層をTurbo Pascalはごっそりひきつけた。
加えていえば、当時はまだIDE(Integrated Development Environment:統合開発環境)は一般的でなかった。例えばCなら、エディターでソースやヘッダを記述後、コマンドラインでCのコンパイラを動かし、次いでリンカを動かし、完成したら実行、という感じだったが、Turbo Pascalは上の画像の画面から抜けることなく、ソース/ヘッダー類の記述・コンパイル&リンク・実行&デバッグが行なえた。この環境の便利さは当時他の追従を許さなかった。
これに加えて1984年には、新しいデスクトップアクセサリーが投入される。これはTurbo Pascalを使っていた自社の開発者達が、電卓を呼び出すのにいちいちTurbo Pascalを抜けるのは面倒ということで、画面上でワンタッチで電卓を呼び出せるTSR(Terminate and Stay Resident:メモリー常駐型)方式のソフトを開発していた。
これをもう少しブラッシュアップしてまとめたのがSidekickである。このアイディアは非常に市場に受け、次々と競合メーカーも似た製品を投入してくるが、それにもかかわらずSidekickは1984年に良く売れたソフトのTop3に入り、Turbo Pascal(価格はわずか49.95ドル)の売れ行きも好調であった。
画像の出典は、“Wikipedia”
1984年、Borlandの売上は1000万ドルに達し、営業利益も170万ドルになった。こうした状況を受け、同社もまた急速に拡大していく。1985年初頭に従業員数は100名を超え、同年6月には月間売上が200万ドルを超えた。
翌1986年には新たな開発ツールとしてTurbo Prologを追加、Macintosh向けのSidekickも発売し、1986年度の利益は800万ドルに達している。この1986年にはロンドン証券取引所に株式上場も果たしており、さらに企業買収による規模拡大を目指し始める。
まずはMacintosh向けのソフトを開発していたSingular Softwarew、次いでT/Maker Co.という表計算ソフトの開発ベンダーから、Click On Worksheetというデスクトップアクセサリーソフトを買収、そして10月にはParadoxと言うデータベースソフトを開発していたAnsa Softwareを買収している。
Paradoxは当時725ドルと結構な価格で、どちらかといえば法人向け製品であり、逆に言えばBorlandは個人向けが主体だった従来の製品ラインナップを、法人向けに展開し始めた最初の製品がParadoxといえる。
その翌月である1986年11月、同社はQuattroを発表する。前回も出てきたQuattro Proの元になる表計算ソフトだ。この市場では当時Lotus 1-2-3が圧倒的なシェアであったものの、続く一連のキャンペーンで次第にこの市場でも存在感が出てき始めた。
まずは1987年からLotus 1-2-3との比較広告を打って優位性をアピールするとともに、Surpass Software Systemsが提供していた3Dグラフの生成機能をQuattroに追加できるようにした。1988年にはワープロソフトのSprintを開発してラインナップに加えている。
こうした努力もあり、Quattroは発売後9ヵ月で12万5000本ほど売り上げている。またSprintはなぜかフランス市場で大うけしており、またParadoxも月間売上がどんどん増え、1988年のデータベース市場で3~4%のシェアを獲得するに至っている。
ただその一方、当初のTurbo Pascalなどで獲得した急成長ぶりはこの頃なりを潜めており、それもあって1988年8月には最初のリストラが行なわれ、従業員の13%が解雇された。
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