徳島県に、チルドリン徳島というNPO法人がある。子育て中のママにICT技術を学んでもらい、受注した業務をシェアしてテレワークでこなしてもらう。そのために必要な支援を行なっている団体だ。理事長を務める野田由香氏に会う機会を得たので、徳島や子育て中のママが抱える課題、野田氏が考えるゴールに向けたビジョンについてゆっくり話を聞いた。
少子高齢化で先行する徳島では、働きたいママを休ませておく余裕はない
野田氏がまず指摘したのは、徳島県において全国より早く少子高齢化が進んでいるという点。国の予想では、2025年には65歳以上の人口の割合が30%を超えると見込まれている。それに対して徳島県では、2013年の時点で既に人口の29.1%を65歳以上が占めている。一方で少子化も進んでおり、0歳から14歳までの年少人口は2015年の段階で11.7%。こちらも2025年の全国平均と同等レベルだ。少子化、高齢化ともに全国平均よりかなり早いスピードで進んでいると言える。
高齢化が早く進んでいるので当然のことではあるが、徳島県において15歳から64歳までの労働人口が占める割合は少ない。2015年実績で57.1%。これは全国平均の60.6%を3ポイント以上下回っている。猫の手も借りたい、いやママの手も借りたい状況にあるのがいまの徳島の労働環境なのだ。「そんな環境なのに、出産や育児でキャリアの断絶を経験するママが多数います。働きたいけど、働けない。ブランクが長くなればなるほど、復職への不安は高まっていきます」(野田氏)。
野田氏自身も、第2子出産を機にそれまでの仕事を続けられなくなり、「これから先の人生、どうやって働けばいいのだろう」と悩んだママのひとりだ。それまでとは同じように働けない、しかしママに合った働き方を模索しなければ労働力の不足は確実に迫っている。野田氏が選んだ解決策は、テレワークとワークシェアリングだった。
ICT技術を身につけ、フルタイムではなくそれぞれのペースで働く
子育て中のママには、さまざまな制約がある。保育園の送り迎えの時間が決まっていたり、子どもの急な体調不良で仕事に出られない日があったり。それを無視して、無理にフルタイムで働かせることを野田氏は推奨しない。「産休が終わったから、現場復帰。そんな簡単にはいきません。ママは急に100%のパワーで復職できないんです。少しずつ、仕事に復帰していけるスキームを用意してあげる必要があります」(野田氏)。
その手法として選んだのが、先に挙げたテレワークだ。働き方の特性上、ICT技術を身につけることが前提となるため、チルドリン徳島ではまず8日間の講座でICTの基礎技術を身につけてもらう。PCの基本操作に始まり、CMSの使い方、JavaScriptを使った簡単なカスタマイズの方法など、実践的な内容ばかりだ。また、ワークシェアリングに欠かせないオンラインコミュニケーションにもこの段階からなじんでもらう。使っているのは、無料でアカウントを取得できるサイボウズ社のCybozu Live。テレワークの方法を含むICT技術を身につければ、自宅やコワーキングスペースで好きな時間に好きな量だけ働くことができる。子どもが小さいうちは少量の業務を、子どもの手が離れるにつれて業務量を増やしていき、やがてフリーランスとして独り立ちしたり、そのスキルと実績をもとに企業に再就職したりしてもらうのが、野田氏の狙いだ。
「ICT技術といってもいきなりエンジニアのようなICTスキルを身につけるのは無理があるし、その必要もありません。私たちがターゲットとしている案件は、大規模サイトリニューアルに伴うコンテンツ移行など、単純作業に近い業務のアウトソーシングです」(野田氏)。
Webサイトやシステムのリニューアル時には、旧システムから新システムへの大量のデータ移行作業が発生する。すべてが定型フォーマットの場合は機械任せでも構わないが、多くの場合、イレギュラーなデータが混じっているものであり、人手による作業が欠かせないのが現実だ。チルドリン徳島はそうした案件を受注し、ICTママがそれを分担して作業する。ひとりがひとつの仕事を抱え込んでしまうと、子どもの急病など不測の事態に対応することができないが、ひとつの仕事を複数人でシェアすれば、お互いに頼り合うことで業務を滞りなく進めることができる。ワークシェアリングのもたらす効果だ。
「シェアに当たっては、一方的に頼りっぱなしにならないよう気をつけています。よりかかるのではなく、お互いに信頼し合い、頼り合う。そんなチームを目指しています」(野田氏)。
ワークシェアリングの実施に当たっては、チルドリン徳島の事務局がリソースマネジメントの役割を担う。所属するママたちの職能や現在抱えている案件など、ヒューマンリソースをkintoneに入力して一元管理しているのだ。リソースを見える化することで、源左受注可能な案件の規模もわかるし、子どもの体調不良などによる急な労働力不足を空いているママで補うこともできる。Cybozu Liveでヒューマンリソースの管理までやろうと思えば、できないことはない。それでも有償のkintoneを使うのは、カスタマイズが容易で自分たちの使いやすいアプリを作れるうえに、サイボウズ社が用意しているNPO支援プログラムを利用することで、安価に利用できることなどが理由だったという。
「kintone導入前は、紙の履歴書をそのまま連絡先確認に使っていました。個人情報なので鍵をかけてしまってあり、管理も大変だし、いざ誰かに連絡を取ろうというときにもその人の履歴書を手でめくって探さなければなりませんでした。人数が増えるに従って、これは現実的ではないなと。そう思っていたときにCybozu Liveですでになじんでいるサイボウズのkintoneを知り、電子化に踏み切りました」(野田氏)。
ママを孤立させず、社会とのつながりも保ち続ける工夫
ママたちを復職に導くには、ICT技術だけを身につければいい訳ではない。ちょっと厳しい言い方だが、と前置きしつつ、野田氏は次のように言う。
「団塊ジュニア世代の女性は、職場でも男性のサポートとして扱われることが多かったように思います。そのため、自分で判断して決めたり、それをきちんと言葉にして報告する能力が伸びていない方もいます。また育児で家にこもっていると大人と会話する機会も減り、人の話を素直に聞くところからスタートしてもらわないといけない場合もあります」(野田氏)。
ママを孤立させないだけなら、友達の輪があればいい。しかしそれでは上記のような課題を解決できないと野田氏は言うのだ。あくまでも、仕事や学びを軸とした人間関係を構築すること。8日間のICT講座には、そういった目的もあるという。
「PCの操作やCMSの使い方は、本を読んで自宅で学んでも身につけることができます。この8日間で本当に身につけてほしいのは、そういった表面的な技術ではなく、チームワークとテレワーク力なんです。一方的に頼るのではなく、頼り合い協力できるチームになること。それが目的です」(野田氏)。
細かいことだが、ICT講座ではあえて隣の席との間隔をせまくしてあるという。常に周囲の人の様子が見えるようにすることで、お互いの理解を深め、自然と助け合える仲間になってもらうためだそうだ。周囲の人がどんな人で、いま何をして欲しいと思っているのか。それを察して動くことは、チームの一員として働くために必要な力のひとつに違いない。
大事なのは継続して取り組むことと、少しずつ取り組むこと
野田氏がチルドリン徳島を牽引していくに当たり、心がけていることがある。それは、継続的な仕事が見込めることを大前提とすること。自治体の補助金でイベントを開催したり、短期間だけICT講座やテレワークの実験を行なっても、それは一過性のもので終わってしまう。
「一過性の取り組みで終わらせないためには、継続的なビジネスを見込めることが前提となります。幸い徳島では自治体や地元企業が協力してくれて、チルドリン徳島に仕事を発注してくれるスキームが根付きつつあります。これから先、徳島市以外にも拠点をつくっていきたいと考えていますが、継続的に仕事を受注できる見込みが立つこと。これが新拠点を作るための最低限の条件ですね」(野田氏)。
クルマで1時間半ほどかけて通ってくれているICTママがいることから、県内に広く需要があることを感じているという野田氏。自治体や地元企業など、継続的なビジネスパートナーを見込める場所を探して拠点を広げて行きたいと語る。
「もうひとつ大切なことは、地に足を付けて少しずつやっていくということ。女性活用というとすぐに『輝く女性』とか『女性起業家』とかをイメージしてしまう人がいますが、そんな輝く必要はないし、起業に向いている人なんてごくわずかです。ICT技術を身につけても、育児の合間を縫ってテレワークで得られる収入は、最初は月に2万円程度しかありません。それが現実です。その現実をわかって、その上でついてくる人だけでチームを作りたいと思っています」(野田氏)。
これはもちろん、人の好き嫌いというレベルの話ではない。ビジネスとして現実を見ることができない人は、継続して取り組むこともできないし、ステップアップも見込めない。お互いが信頼し合い、頼り合えるチームをつくるには、現実を見据えて自ら努力する人に絞る必要があるということだ。
「子育ての期間を、キャリアが断絶する空白の無駄な時間だと感じてしまうママがいます。でも私は違うと思っています。この時間は、出産を機にうまれた人生の余白なんだと思うんです。真っ白な余白だから、なんでもできるし、何にでもなれる。その余白の時間を有効活用するお手伝いができたら、最高だと思いませんか?」(野田氏)
記事の一部に未確定の情報がありましたので、訂正させていただきます。本文は訂正済みです。(2017年3月14日)