コグニティブ・ビジネスの具体像を多数紹介、「IBM World of Watson 2016」レポート
「Watson」導入企業が主役の基調講演、IBM WoW 2016が開幕
2016年10月27日 07時00分更新
IBMは10月24日~27日の4日間、米ネバダ州ラスベガスにおいて「IBM World of Watson 2016(IBM WoW)」を開催している。同社のコグニティブ・コンピューティング・サービス「Watson」にフォーカスした同イベントには、世界120カ国から約2万人が参加。日本からもおよそ200人が参加している。
IBMは近年、「コグニティブ・ビジネス」の重要性を強く訴えている。これは、企業が所有/収集したさまざまなデータやサードパーティの提供するデータを組み合せ、コグニティブ・コンピューティングで分析することで、単なるデータから「インテリジェンス(情報)」へと昇華させ、人間による深い洞察や意志決定を支援してビジネス優位性を得るというものだ。
25日にIBM WoWのキーノートセッションに登壇した米IBM Watson担当ゼネラル・マネージャーのデビッド ケニー(David Kenny)氏、米IBM コグニティブソリューション&リサーチのジョン ケリー(John Kelly)氏らは、Watsonの登場が企業や人々の働き方に与えるインパクト、さらに、現在すでに実現しつつある“未来”を語った。
「Watsonの登場によって、あらゆる職場で働き方が変化する。人工知能は『インテリジェンス・アシスタント』として、情報収集や反復作業といった作業を担うようになる。その結果、労働者は人工知能が提示した知見を基に、より“上位”の仕事に集中できる」(ケニー氏)
「Watsonは、2011年にクイズ番組『ジェパディ!』でチャンピオンになってから、わずか5年で白血病患者の診断を支援する存在にまで進化した。これからも、ヘルスケアの分野ではWatsonの活用が加速していくだろう。また、企業買収の際にも、買収先企業の財務状況やポートフォリオを人工知能で分析し、意志決定に役立てるという企業が増加する。将来的には、企業買収時の調査において、Watsonを使わない企業はなくなる」(ケリー氏)
銀行のコールセンター、小売業の発注デバイス……導入企業が主役のキーノート
同日のキーノートセッションで主役となったのは、Watsonの導入企業が披露した活用事例である。すでに米国では、金融、医療、保険、小売、製造業、情報サービスなど、あらゆる業界でWatsonの導入が進んでいる。日本においても、ほとんどのメガバンクがWatsonを導入し、コールセンター支援に役立てたり、LINEアカウントでの問い合わせ自動応答に利用したりしている。
ケニー氏は、Watsonが提供する幅広いコグニティブサービスと、さまざまな業種に特化した知見の組み合わせによるメリットを強調する。
「Watsonの核となる技術/サービスには、自然言語認識、画像(視覚)認識、音声認知だけでなく、『憂鬱』といった人間の感情までを理解したり、それぞれの業種に合った専門的な知見を提示したりするものも含まれる。これらの機能を活用すれば、顧客や社員と対話し、相互関係を構築するアプリケーションを開発できる」(ケニー氏)
その好例がコールセンターだ。たとえば南米最大の銀行であるブラジルのブラデスコ(Bradesco)では、支店における電話応答システムにWatsonを導入したところ、1日に4000件の問合せ電話に応答できるようになったという。これにより、Watson導入に対する行員の満足度は「85%」まで高まった。ブラデスコのデジタルチャンネルディレクターを務めるルカ カヴァルカンティ (Ruca Cavalcanti)氏は、「Watson導入の効果は期待以上だった」と評価する。
また、Watsonの核となる自然言語認識技術を利用し、消費者が簡単に商品を注文できるデバイスを販売しているのが、米国のオフィス用品販売会社ステープルズ(STAPLES)である。同社では、誰でも簡単に文具の注文ができる「Easy Button」を開発した。利用者は、どら焼き程度の大きさのボタンを押し、デバイスに向かって注文したい商品名を言うだけだ。
米ステープルズでエグゼクティブバイスプレジデントを務めるファイサル マサド(Faisal Masud)氏は、Easy Button本体は「ただの音声入力デバイス」であり、その背後でWatsonが稼働していると説明する。なお、Easy Buttonにはスマホアプリ版もあるが、そのバックエンドももちろんWatsonだ。
「Easy Buttonの特徴は、利用回数を重ねるごとに賢くなること。注文者の言い回しを学習することはもちろん、たとえば単なる『青いペン』という注文でも、過去の注文履歴や注文者の属性などを加味し、最適と思われる商品を推奨する」(マサド氏)
対話型のコミュニケーションを通じて個人的なニーズを把握し、マーケティングに活かす試みをしているのが、製薬大手の英グラクソ・スミスクライン(GlaxoSmithKline)である。同社では、ユーザー(患者)との1対1のコミュニケーションの際、Watsonを活用している。たとえば病気に関する相談を受けた場合は、それぞれの症状に最適な返答をする。同時に、対話を通じて詳しい病状を聞き出すことで、これまでのマーケティングでは得られなかった知見を得、次の広告やプロモーションに活かすというわけだ。
一方、IoTデバイスから収集される膨大なデータをWatsonで分析し、詳細な気象情報として提供することで顧客企業のビジネスを支援するのが米ウェザーカンパニー(Weather Company)である。IBMは2015年10月、ウェザーカンパニーのアプリやインフラ、データといったデジタル資産を買収した。ウェザーカンパニーでは世界各地10万以上の気候測定センサー/機器を設置しており、リアルタイムでデータを収集/分析している。
ウェザーカンパニーの顧客には、航空会社や保険会社などが名を連ねる。たとえばアメリカン航空(American Airline)では、ウェザーカンパニーのデータを活用し、飛行中のパイロットが予定航路の天候をリアルタイムで確認できるシステムを構築した。ウェザーカンパニーのゼネラル・マネージャーであるキャメロン クライトン(Cameron Clayton)氏は、「荒天を避けるのはもちろんだが、燃料消費や機体のメンテナンスにも天候は大きく関わる」と、その重要さを説明する。
機械学習モデル作成もWatsonが支援、「IBM Watson Data Platform」提供開始
また、キーノートセッション内では「IBM Watson Data Platform」の提供開始が発表された。
「IBM Watson Data Platform」は、データ処理エンジンと機械学習機能を単一のプラットフォームとして提供するもの。100GB/秒の処理能力を持つデータ処理エンジンと、機械学習モデルの作成にコグニティブ技術を組み込んだ機械学習機能「Watson Machine Learning」を、クラウドサービスとして利用できる。IBMでは「機械学習モデルの作成にコグニティブ技術を組み込むことで、取り込んだデータから迅速にインサイト(洞察)を得られるようになる」としている。
米IBMでAnalytics担当のシニア・バイス・プレジデントを務めるボブ・ピッチアーノ(Bob Picciano)氏は、「多くの企業は、データ分析に携わるチームが、『共通データで連携できない』という課題を抱えている。データ処理の専門家の作業がサイロ化しているため、データ収集とクレンジングに多大な時間を費やしている。Watson Data Platformはそうした課題を解決するものだ」と語る。
Watson Data Platformでは、データセットを使った連携が可能で、好みの開発言語、サービス、ツールを適用できる。なお、Watson Machine Learningは、「Apache Spark」上に構築される。
もう1つの特徴は、EU一般データ保護規則にも対応している点だ。つまりWatson Data Platformでは、個人データを収集する段階で、法令順守に必要なガバナンスを効かせることができる。IBMでは「これにより、企業とデータの専門家は各自のデータの権利を保護できる」と述べている。
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なお、IBM Watson Data Platformやそのほかの新発表サービスについては、次回以降のIBM WoWレポートでより詳しくお伝えする予定だ。