まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第54回
本編も特典もスマホやタブレットで――Viewcast開始の背景をアニプレックス高橋ゆま氏に聞く
「もう金塊を付けるしかない」ほどのアニメBD特典合戦に革命
2016年07月25日 18時10分更新
“自宅のテレビでじっくり2時間”が困難な時代
「パッケージ購入者の自分が欲しいから作りました」
―― 『心が叫びたがってるんだ。』の完全生産限定版BDで試しました。音楽特典を含め、ここまでネット経由で楽しめるというのは新鮮な体験でした。ストリーミングだけでなく、端末へのダウンロードもできるという……。作品ごとにViewcastを観るための公式アプリが存在するという形をとっているのも印象的です。今後対応タイトルが増えれば、ユーザーの端末にアニメのアイコンが増えていくことになりますね。
高橋 端末の容量を使ってしまうのは申し訳ないのですが、作品ごとというのはあえてそうしました。自分の家の棚に商品が増えていくのと同じ体験をデバイス上で具現化するため、あと、それぞれの特徴を踏まえ作品ごとにアプリ内容やデザインをカスタマイズするためなどです。
高橋 そこはまさに狙っているところですね。
―― そういった点も含めて、まずは基本的な質問ですが、なぜこのサービスを始めようとしたのでしょうか?
高橋 一言でいうと「自分が欲しかったから」ですね。
―― なるほど(笑)
高橋 私自身、ファンとして他社の作品を含めてアニメや実写のパッケージを買いますが、たとえば映画で、テレビの前に腰を据えて2時間じっくり、というのが、お陰様で仕事が忙しいのもありなかなか難しくて。特典なども含め、結果的に“買ったけどあまり観ていない”という状況になっているんです。
でも好きで買っているので“観たい”んです! そんなとき、ある日ふと「移動中や出張先での時間や、仕事の合間の待ち時間等を有効活用して、自分が買ったものをスマホやタブレットで観られないかな」と――それで2015年の頭くらいから、そうしたサービスの可能性を社内の有志で検討し始めました。具体的には、今ユーザーが何を感じていて、どんな仕様やインターフェイスが求めらているだろうか、などです。
―― 有志というのはどんな顔ぶれですか?
高橋 部門間をまたいだ構成になっています。1人はViewcastの開発を進めてくれたネットワーク部門、そして販売推進(ビデオパッケージの営業統括部門)からも参加してくれましたし、制作の担当者(プロデューサー)も2人いました。
彼らと、ビジネス上のバッティングがなく相乗効果を産めるサービス内容、UI設計、どういった利便性が求められているか、といった検討を続けながら青写真を描いていきました。あたかも社内製作委員会――1つの映像作品を作るときのような顔ぶれですね。
―― では、仕様についてですが、Viewcastはあくまでもパッケージの購入が前提で、利用は無料です。以前別のインタビューで岩上さん(岩上敦宏氏。アニプレックス代表取締役社長)に伺ったときも、“アニプレックスとしては、パッケージというのは大切な存在(商材)”という点を強調されていたのが印象的でした。
でも確かに、DVDやBlu-rayを外で観るのは難しいですよね。僕もPCやポータブルBDプレイヤー(SONY BDP-Z1)を頑張って持ち出すこともありましたが、やはりスマホやタブレットで視聴できる形式が利用者としては最適解なのかなとも思います。しかし、提供側の立場に立つと気になるのはそのコストです。Viewcastが付加されたからといって、その分を価格に転嫁するわけにはいきませんよね?
高橋 コストはすべてアニプレックスが負担しています。もちろん、商品価格にも転嫁していません。Viewcastはあくまで視聴サービスです。簡単に言えば、“購入したものをスマホやタブレット(=外出先)でも観られる様になる”というだけのものですので、利用にもおカネをいただきません。というか、いただくべきではないですよね。ですから開発費やインフラなど、イニシャル、ランニングのコストは何も回収できないです(笑)
そのコストはこれからも払い続けることになりますが、会社からはOKをもらっています。なぜ上の人たちが認めてくれたのかといえば、「必要性を感じ、挑戦する価値があるからやろう」と。
Viewcast単体ではマネタイズは難しいですし、そのつもりもありません。これだけでの収益をみればひたすら赤字です。ただ、これをやることでお客さんが『この商品を買おう』という気になってくだされば良い。多くの人の目にとまって欲しいから、テレビの放送権料を支払ったり、ポスター費用を捻出するのと同じです。そしてViewcastがあることで、圧倒的に“映像に触れる”機会が増えるはずなんです。
―― それはパッケージを買った人が、ということですよね。たしかに購入しても1回再生してそれっきりだったり、封すら切らない人も多かったはずです。
高橋 そうなんです。たとえば複数巻発売するテレビシリーズなどでは、映像に触れていただくことが続巻に関心を持ってもらうきっかけにもなると思うので、家(テレビやパソコンの前)からパッケージを解放して、色々なところで観られる環境を提供することが必要だと判断したんです。テレビアニメの1話分は通勤通学の電車内、あるいは自宅で入浴中、ちょっとした待ち時間などにちょうど観てもらいやすい長さなので、ライフスタイルにも合うと思っています。
視聴機会を創り出すことで、巻を重ねるに従って避けられない売上の減衰を、もしかしたら軽減できるかもしれない。あるいは、映像に触れる機会が増えることで、その作品のことがもっと好きになって、パッケージ以外のマーチャンダイズにも好影響があるかもしれない。そんな期待を持っています。すべて仮説なんですけどね(笑)
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