【前編】『SHIROBAKO』プロデュース 永谷敬之氏(インフィニット)インタビュー
『SHIROBAKO』永谷Pの覚悟――「負けはPの責任、勝ちは現場の手柄」
2015年07月11日 15時00分更新
アニメ業界仰天!? 『SHIROBAKO』に企画書は存在しない
永谷 多分これ、アニメ業界的にみんなびっくりするかもしれないんですけど、企画書というものをつくっていないんですよ。
―― えっ。
永谷 じつは全部、口頭でワーナー エンターテイメント ジャパンさんに説明しているんです。「P.A.WORKSで、アニメ業界を舞台に、水島監督でやるから」と。ちょっとしたレジュメ的なものを見ていただきつつ。
―― 2クールですよ!?
永谷 なぜかというと、これやりますよと(企画が完成した状態で)持ってこられたら、参加するほうもつまらないと思うんですよね。はっきり言ってしまうと。
そもそも企画書があろうがなかろうが、この作品に食指が動くかどうかはプロデューサー各人の好みの問題だけだと思っているので。だとすれば、がんじがらめの企画書よりは、「あなたの力が必要なんです」と持って来られたほうが、誰しもうれしいですよね(笑)。
―― 確かにその通りです。
永谷 ということもあって、僕は『SHIROBAKO』に限らず、ほとんどの作品において企画書というものをつくっていません。
製作委員会がある程度組成されてから後付けでつくりますが、製作委員会をつくる段階ではほぼ皆無に等しい。だから、もうここにあるのは情熱だけですよね。「これでやってこうするから、きっとこの作品はうまくいくんだ!」という、ある種の押し切り(笑)。
「いい話」とは何も起きないこと
永谷 なかでも一番大変だったのは――これは堀川さんから来た話全部に言えることなんですが(笑)――堀川さんは基本的には昔の映画が好きな人なので、“爽やか青春群像劇”を好むのですが、これをビジネスに変換するのが難しい。
―― あれっ、『SHIROBAKO』は爽やか青春群像劇だから支持されたわけではないのですか?
永谷 僕のアニメファンとしての感覚から言うと、爽やかな青春群像劇っていうのは、言い換えると“何も起きない”ということですよね。
たとえば、青春群像劇の代名詞のような『時をかける少女』にもタイムリープ的なSF要素が入っています。ヒットするものには、そういった“引っかかり”があります。
爽やかな青春で、群像劇です、だと何も起こらない。
もちろん、キャラクターの楽しい様子を見て楽しむ日常系というジャンルも確立しています。でも、堀川さんがやりたいものは、主人公たちが困難にぶつかってそれを乗り越えていくような、リアルでドラマ性があって、物語のどこかに重たいところとか、考えさせられるところがある、お客さんにかなり感情移入を求めるものなんですね。
けれど、アニメって、僕もいちファンだった時代はそうでしたが、気楽に見たいじゃないですか。そのバランスがなかなか難しい。
―― そこは結構、肝ですね。
永谷 アニメは気楽に見たいもの。けれども、堀川さんが常に掲げるテーマは「見てもらった後に、明日も頑張ろうと思ってほしい」。この二律背反。なかなかどうして、監督や僕たちプロデューサーに与えられているハードルとしては高めですよね(笑)。
―― 『SHIROBAKO』のどこが絶妙なバランスなのかがやっとわかりました。アニメ業界を描いたらいわゆる“ブラック”になりかねない。ではなぜブラックにならなかったかというと、堀川社長の爽やか路線を踏襲したから。
永谷 そう。P.A.WORKS作品の根底には、堀川さんの想いがあるんだと思いますね。
―― けれども、お客さんに届けるという立場に立つと、物語的にはずっしりと重めのテーマ性がある作品で、なおかつ購入するほどの娯楽性も出さないといけない。コアなアニメファン層に支持されるにはハードルが高そうに見えますが、どのように越えていこうと思いましたか。
永谷 僕も自分ができることをしましたが、心のスイッチが入ったのは、監督に水島努さんのお名前が上がってきたところからでした。
今回は「お客さんにアニメ業界を知ってもらいたい」という願いがある一方で、リアルを描くだけではお客さんにとっては重たくなってしまいます。
水島監督ならば、ヘビーになりそうなネタも、ケレン味を加えてコミカル方向に振ることができる。ちょうどいいバランスで描けるだろうなと。
水島監督はちょっと毒っ気がある内容をコミカルに描けるかたです。作品で言えば『大魔法峠』『ムダヅモ無き改革』などが挙げられるでしょうか。
視聴者が嫌悪感を抱かない登場人物の扱い方と、そこで嫌悪感を抱いてしまうかもしれないネタの差し込み方、そのバランスの取り方が絶妙だなと思っています。
堀川さんからアニメ業界ものをやりたいと言われた瞬間、僕はノーアイデアでしたが、水島監督がやります、横手美智子さんと吉田玲子さんが脚本を書きます、ワーナー エンターテイメント ジャパンの川瀬浩平さんに乗ってもらいました、という段階で僕の気持ちとしては『まずはこれは負けられない』と。
その後、上がってくるシナリオを読んで『これは勝てる!』と思い始めました。
(次ページでは、「地雷覚悟だったあのシーン」)
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