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2002年に、久夛良木氏が語ったこと

2007年04月27日 21時00分更新

文● 編集部 ※引用部分は月刊アスキー掲載時のものを原文ママで掲載しています

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 26日にSCEIの代表取締役会長兼CEOの退任を発表した久夛良木健氏。同氏は、コンピュータ業界きってのビジョナリー(先見の明のある人)として、名をはせてきた。


 プレイステーション3が世に出る“はるか昔”の2002年に『月刊アスキー』誌上で語った、次世代のプレイステーションへと進むビジョンはいま読んでも、刺激的なメッセージがこめられている。もちろんそのすべてが実現されたわけではないが、ブロードバンドがコンピューターにもたらす新しいパラダイムや、プレイステーションが成功した理由などのくだりには、現在を再認識するための材料が多く見つけられる。


 ここで、そのときの発言を振り返ってみることも、無駄なことではないだろう。長文にはなるが、以下、月刊アスキー2002年3月号に掲載された久多良木健氏のロングインタビューを再掲載する。


2005年、完全ブロードバンド対応の、チップ、OS、サーバをつくり、世界を変える。


久夛良木健氏 写真

久夛良木健(くたらぎけん)
1950年8月生まれ。1975年電気通信大学電気通信学部を卒業後、同年ソニー㈱入社。厚木情報処理研究所やホームビデオ事業本部で液晶テレビや放送機材の開発に従事。'80年後半より任天堂とのゲーム機開発プロジェクトに参加(実現には至らず)。'93年㈱ソニー・コンピュータエンタテインメント設立に参画し、同社取締役開発部部長に就任。副社長を経て'99年より現職。ソニー㈱取締役も兼任。

*ASCII.JP編集部注:久夛良木氏のプロフィールは、記事掲載時のものです。

撮影:広岡正樹(INFRAMINCE) 聞き手:本誌編集長・遠藤諭、編集部・小西利明 構成:編集部・大槻眞美子



あらゆるプラットフォームが、ネットワークの中で溶けていく。


久夛良木 最近、ブロードバンド、ブロードバンドと皆さんおっしゃるけれど、あの言葉を最初に世に送り出したのは、僕なんですよ。

―― 1999年のプレイステーション2(以下PS2)に関する最初の発表会で、すでに“ブロードバンド”と口にされていたのを鮮明に覚えています。当時のメディアはPS2用に独自開発されたCPU、エモーションエンジンやそれによって生成されるポリゴンを駆使したグラフィックにばかり気をとられていたように記憶しますが、私にはeディストリビューションやブロードバンドという言葉が非常に新鮮でした。

久夛良木 そう。当時ブロードバンドなんて言葉は一般的ではありませんでしたからね。しかし、僕はPS2を手がけた最初の段階からブロードバンドを最大のテーマとして掲げていたんです。ソニー(会長)の出井に僕がPS2に関する説明を初めてしたときに、“ブロードバンド”という言葉を使ったら、その意味がわからなかった。それが最近は彼のほうが僕以上に「ブロードバンド、ブロードバンド」と言っている。

―― 出井さんと初めてPS2の話をされたというのは、いつ頃のことですか?

久夛良木 3年くらい前ですか。

―― 2001年末にPS2のブロードバンドに関する発表をされていますが、構想としては1999年くらいの段階からあったということですね。

久夛良木 そうです。そこしかない。ずっと機が熟すのを待っていたんです。PSは、ゲームに関してはもはや空気のように世の中に溶け込んだと思います。全世界でPS2だけで約2500万台売れているんですから。ただ、ものごとは技術的に可能であっても、それが成功するかどうかはリリースするタイミングに大きく左右される。iモードだって、3年早く始めていたらこんなにブレイクしなかったでしょう。

―― そうですね。その2002年春から展開されるというブロードバンド戦略をうかがう限り、PS2はすでに単なるゲーム機の域は脱していると思われます。でも、家電とも違う。それでは今後PS2は何と呼べばいいのでしょう?

久夛良木 プレイステーションって呼んでくれればいいんですよ。コピー機をゼロックスと呼ぶように。

―― ヘッドフォンステレオをウォークマンと呼ぶような。

久夛良木 そう。僕らだってPSを出す前は、ゲーム機の代名詞と言えばファミコンでしたもの。僕らがPSを出したとき、世間は「ソニーがファミコン出した」って言ったんです。

―― 当時のファミコンのポジションにPSがいま到達し、その概念がゲーム機の範囲を超えたものになったと。それは特にネットワーク対応という今回の新機軸によるところが大きいと思われますが、これは初代PSを出される段階で念頭に置かれて開発されていたんですか?

久夛良木 そう。プランは最初からないと駄目です。システムの後付けは駄目。PS2は、ネットワークユーティリティやハードディスクの接続を最初から配慮して設計されています。

―― ネット対応ではPCが先行し、ナップスターやウイルスなど、ネットの怖い面もわかってきた。後発としてのメリットも出せますね。

久夛良木 いや、僕らは数年先を見ているから、ネットワークを利用すれば起こりうることもわかっています。なぜかと言えば、その中のいくつかは僕らが起こすから。関連して起こる災いも予測できている。技術というのは、アーキテクトからすれば行くべくして行く方向に行くんですよ。必ず。そうじゃないものは派生技術といって、本流ではないんです。

―― PS2に関しては、CPUから何からオリジナルで開発されたことも、そういう今後起こりうるべきことを予測したうえで……。

久夛良木 もちろん。自分でつくらなければ、意味がない。すでに世の中にある部品や技術を組み合わせてお金儲けしようとするくらいなら、誰かに投資したほうが早くて確実でしょう。

―― 今後PS2は、アーキテクチャ的にもどんどん変わっていくということですか?

久夛良木 今のPSだってすごく進化しているんですけどね。初代PSから数えると世界で1億台も出ているので、紛れて見えないだけなんですよ。実はアーキテクチャなんてガランと変わっている。メモリシステムから何から全部変えてしまったりしている。当初のチップなんてすごく大きかったのが、今やすごく小さくなっているとかね。しかも互換性は保ちながら。初代PSのゲームはPS2でも遊べる。これは任天堂さんのゲーム機と大きく違う部分。もし違いがあるとすれば、初代PSのとき、もしくはPS2の今日の時点まではパッケージというものをメディアに使っているということです。CD-ROMとかDVD-ROMだとか。

―― 世界中で1億台も出ているんですか。

久夛良木 ええ。世界市場でこんなに広まっているものはありませんよ。PSは世界のスタンダードだと言ってもいい。アメリカはもちろん、任天堂さんやセガさんでさえうまくいかなかった欧州市場でも僕らは成功している。

―― 成功した理由はどこに?

久夛良木 それは世界同時発売を基本にしているからです。逆に任天堂さんは絶対に同時には立ち上げない。日本、米国、欧州と順番に売っていったほうが、収入は安定するでしょう。それはわかるんだけど、PSを世界的メディアにしたい僕らは同時発売にこだわる。難しい欧州にも最初から拠点を置きました。

―― 欧州はなぜ難しいのですか?

久夛良木 通貨、カルチャーが違う国が地続きに多数ある。ゲームというのはマリオブラザースのようにどの文化圏でも売れるソフトもあるけど、基本的には地域性を反映するものなんです。各国ごとに売れるタイトルの傾向が違うから、国別にクリエイターを発掘、あるいは育てていかなければならない。イギリスで流行ってもフランスやドイツで流行るとは限りませんから。国や民族、言葉などあらゆるものが複雑に絡みあって、市場としても非常に効率が悪い。流通も細かいし、リベートの体系も複雑だし。

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