スマートフォンの代名詞でもあり、携帯電話業界のパワーバランスをすべてを書き換えてしまったAppleの「iPhone」。果たしてiPhoneの登場前、人類は携帯電話で何をしていたのだろうかと思えるほど、iPhoneはモバイルデバイスの使い方を大きく変えました。
しかし、iPhoneは急に世の中に出てきた製品ではないのです。iPhoneの誕生までのAppleの動き、そして、いまの地位を得るまでの躍進の流れを振り返って見てみましょう。
美しくモダンで優れたPDA「Newton」の理想と挫折
iPhoneの初代モデルは2007年1月9日に発表されました。iPod同等の音楽プレーヤーにインターネット接続が可能な(当時としては)大型の3.5型ディスプレーを搭載。そして、もちろん電話もできるなど、iPhoneは当時の他のスマートフォンや携帯電話と比べると、未来からやってきた夢のようなツールでした。しかし、このiPhoneが登場する15年前に、Appleはすでに革新的なモバイルデバイスを開発していたのです。
1992年1月、Appleはコンピューティングを変えるパーソナルなデバイス「Newton」を発表しました。当時のPCはデスクトップ型主流であり、1990年前後からカバンに入れて持ち運びのできる、小型サイズのノートPCがようやく登場しはじめたころでした。
Appleの最初のノートPC「PowerBook」が発表されたのも1991年でした。いつでもどこでも持ち運べるPCはビジネスユーザーの生産性を大きく高めたでしょう。しかし、それらは所詮「小型のPC」にすぎず、仕事以外の用途に使おうと思えるものではありませんでした。
Newtonは当時のAppleのCEO、ジョン・スカリー氏が考えた「ナレッジ・ナビゲータ」を具体化する製品でした。ナレッジ・ナビゲーターとは個人用のデジタルアシスタントツールであり、これ1台を持っていれば情報の検索や共有から他人とのコミュニケーションが図れるという、SF映画に出てくるようなデバイスです。
スカリー氏が1998年に考えたナレッジ・ナビゲーターの動画はいまでもYouTubeで視聴できますが、我々が普段スマートフォンやタブレットで日常的に行っていることが、すでに約20年も前に発案されていたのです。
24時間肌身離さず持ち運ぶことのできる個人のデジタルアシスタントであるNewtonは「パーソナル・デジタル・アシスタント」、すなわち「PDA」という名前が付けられました。Newton以降、スマートフォンが登場するまで小型のモバイルデバイスの総称はPDAと呼ばれるようになります。
Newtonはナレッジ・ナビゲーターにともないキーボードを廃止し、すべてをスタイラスペンで操作するという思い切った設計でした。
画面のどの部分にも手書きで文字が書け、書いた文字を消すときはスタイラスペンを文字の上で消しゴムのように動かせば消えるという、紙のノートをそのままデジタル化した製品とも言えました。真のパーソナルコンピューティングマシンとして、当時は夢のような製品であったことは確かです。
しかし、手書き認識は残念ながら紙にペンで文字を書くようにすらすらとはいかず、ポケットに入らない大きさと400グラムを超える重量では24時間常に持ち運ぶ「デジタルアシスタント」にはなりえませんでした。
赤外線通信やPCMCIAカードをサポートするなど、外部接続のインターフェイスを持っていた先進的なデバイスでしたが、メモリーなど周辺機器なども購入すると「パーソナル」には程遠い値段になってしまいました。その結果、残念ながら購入したユーザーはアーリーアダプタ層やマニアなどに留まってしまったのです。
一方、Newtonと同時期に発売されたシャープの「Zaurusu」は早々とパソコン通信機能を搭載し、薄くて軽い手帳サイズ、しかも、価格もNewtonの半額程度と、PDA市場で瞬く間に人気の製品となります。
Newtonは1997年にCPUの高速化とディスプレーの解像度を高めた「MessagePad 2000」を投入し、性能で勝負をかけます。しかし、そのころにはPalmの「Pilot 1000」が大人気となっており(1996年登場)、Newtonはメモリーを増やした上位モデルの「MessagePad 2100」をすぐに出すも、1998年2月に生産終了となります。
なお、マイクロソフトからモバイル端末向けOSとなる「Palm-size PC 1.1」が発表されたのは1998年12月。Newtonと入れ替わるかのように登場したのでした。iPhoneが登場する10年以上も前に、Appleは一度モバイル端末で市場撤退を余儀なくされていたのです。
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