【デジタルの活用】「検索」から「召喚」へ。街の身体性を拡張する新OS
「現場の身体性」が知を解凍する。リアルにデジタルを呼び込む逆転の設計
玉置: 吉見さんは、身体性を欠いたデジタルを厳しく問われました。それを受けて柳さんにぜひ伺いたいのが、今、真鍋陸太郎(東京大学教授)さんらと共に文化資源会議などで模索されている新しいプロジェクトについてです。これまでのデジタルアーカイブというのは、どうしても効率を重視した「検索的」で平べったいものになりがちでした。しかし柳さんの構想は、街に深い奥行きを与える「マップ」のような体験だと聞き及んでいます。
新しく取り組まれている『神保町 into K-City(Knowledge City)』の資料を拝見しましたが、僕らが取り組む「メタ観光」とも非常に近い発想で、スリリングな面白さを感じました。この『神保町 into K-City(Knowledge City)』の設計思想について、詳しく伺えますか。
柳: ええ、基本的には(玉置さんのメタ観光と)非常に似た発想からスタートしています。これまでの「デジタルとリアルの融合」を振り返ると、その多くは「人間がデジタルの側に入っていく」という方向性でした。アバターを使い、場所の制約を消し去る利便性ばかりが強調されてきましたが、それでは自分自身の「身体性」が失われ、どこまで行っても一様な「のっぺらぼうな空間」になってしまう。私は、知識や情報は「身体化」されること、そして「どの場で使うか」こそが決定的に重要だと考えています。だからこそ、ベクトルを逆転させ、「リアルな場所に、バーチャルが入り込んでくる」設計を目指しているのです。
この資料で示しているのは、神保町を構成する「4つの層(レイヤー)」の重なりです。
【第0層:物理的環境】土台となる建物、路地、空間そのもの。いわば「街の肉体」です。
【第1層:施設と人】古書店、レコード店、カフェといった具体的なスポットです。
【第2層:文化的なモノ】書籍、アート作品、あるいは使い込まれたコーヒーカップなど、知識が凝縮された物理的なメディアです。
【第3層:デジタル・レイヤー】リアルの層の上に直接上乗せされる、外部の膨大なコンテンツや背景知識のネットワークです。
リアルの時代は第2層で完結していましたが、私たちはそこに第3層を実装することで、知を単なるデータではなく「体験」として立ち上げようとしています。
玉置: 図解を拝見すると、一軒の古書店の上に、まるで宇宙のような情報空間が多層的に広がっていますね。ユーザーはこの「銀河」をどう体験するのでしょうか。
柳: 最大の「仕掛け」は、「神保町という現場に行き、物理的な対象とリンクしないと機能しない」という極めて身体的な制約です。自宅で便利に眺めるためのツールではなく、まず現場に立ち(第0層)、店に入り(第1層)、一冊の本を手に取る(第2層)。そこで「この人物をもっと知りたい」という関心が芽生えたとき、その場所からデジタル情報をこちら側に引きずり下ろす。これが私たちの考える「召喚」のプロセスです。
玉置: 効率化の象徴であるはずのデジタルが、あえて「歩くこと、近づくこと」という身体的なコストをユーザーに要求する。これは面白い逆説ですね。
柳: その通りです。デジタルは本来ネットワーク化されていて「どこにでも行ける」自由なものですが、その自由さがかえって知を浮遊させてしまった。だからこそ、位置情報を介して、目の前の一冊に強引にネットワークを紐付け、この場所に引きずり下ろすのです。 さらに、そこから再びリアルへフィードバックさせます。「この本が好きなら、実はあのアートギャラリーに関連資料があるよ」と第1層の別の施設へ誘導する。この行き来が、街の中に知的なネットワークを編み上げていきます。
玉置: デジタルが「目的」ではなく、街を回遊するための「エンジン」になっている。
柳: そうです。さらに、これを一人で完結するツールにはしたくありません。デジタルの層を介して、同じ場所で同じ知識に触れた人同士がインタラクティブに繋がるコミュニティ機能も持たせたい。現場へ行くからこそ出会える「違う人、違う資料、違う店」との遭遇が、街を動的な知性体へとアップデートしていくはずです。
吉見さんが言われる「身体性」を、デジタルという透明な筆で街に直接書き込んでいく。4月からは若いチームで本格的に設計を動かしていきますが、これは単なる「便利な地図」ではありません。将来的にはスマートフォンを超え、スマートグラスのようなデバイスで知が街に溶け込む体験を作りたい。知を愛する人々が、自分の身体を投げ出して世界を深く読み解くための、「新しい街のOS」そのものなのです。
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