【文化資源の特性と身体性】減ることのない資源を、人間の「身体」で繋ぎ止める
「アップサイクル」の現場としての神保町と、ポストAI時代の知のあり方
玉置:柳さん、今、非常に重要な理念のお話を吉見先生からいただいたところですが、実際の活動に目を向けてみたいと思います。東京文化資源会議として、ここ数年、実際の活動の中でどんどん神保町にフォーカスしてこられました。理念としての意義は今お聞きしましたが、具体的に現場を動かしている柳さんの実感として、なぜ今「神保町」なのか、そのあたりを詳しくお聞きしたいです。
柳:今の吉見先生のお話を受けて、文化資源をどう扱うかという点で、私はあえて「アップサイクル」という言葉を強調したいと思っています。リサイクルと言うとなんとなく「資源ゴミの回収」のようなイメージを持たれがちですが、私が考えているのはそうではありません。
通常のリサイクルが二次元的な循環だとしたら、アップサイクルは三次元的に、上の方に上がっていくものです。文化資源をNatural resources(天然資源)や工業資源と比べた時の最大の特徴は、「減らない」、むしろ「増えていく」という点にあります。典型的なのが知識や情報です。物質の場合はリサイクルしてもあるものがそのまま循環するだけですが、文化資源は使っているうちに新しい情報が出てくる。便宜上「コンテンツ」と呼びますが、それは使えば使うほど増えていく性質を持っており、そこが非常に大きな特徴なんです。
このアップサイクルの形が、昔から生きていたのが「古書店」でした。古書は典型的な「古い物質」ですが、それを研究者がごちゃごちゃ集めて研究し、使い倒すことで、新しい知見がどんどん出てくる。神保町は何十年も前から、このアップサイクルのまさに「現場」だったわけです。
これはアートも同じです。ルーベンスや北斎といった巨匠も、それまでの過去のものをずっと使い、そこに独自の「一工夫」、オリジナルを加えて価値を高めてきた。いわば過去を使い倒して価値を高めるアップサイクルです。さらに言えば、人間も同じです。先ほど「リサイクル」という言葉もありましたが、人間もまた、こうした環境の中にいながらだんだんと成長していく、いわば「アップサイクルされる存在」なんです。
玉置:日本中に立派な古書店は点在していますが、これだけの数が集積している場所は他にありません。神保町という街のあり方、この「場所」の意味をどう捉えていますか。
柳:そこで言いたいのが、「身体(しんたい)」、つまり人間という物体・生命体です。街と知識を繋ぎ留めるものとして、身体の存在は非常に大きい。
私は今の高度な「エキスパートシステム」をAIと呼ぶことには賛成ではないのですが、AIを見ていると、知識は確かに猛烈なスピードでアップサイクルされています。まさにどんどん増えている。しかし、その結果起きているのは「知識のバブル」です。物のバブルの後に、知識のバブルが来ている。
その膨大な情報が本当に使えるものなのか、フェイクではない価値があるものなのかを判断できるのは、結局のところ、身体を持った人間だけなんです。
玉置:リアルな場所としての重み、ということですね。
柳:ええ。かつてデジタルライブラリーが理屈として語られた頃は、「バカンスのリゾート地にいようが病院で寝ていようが、どこでも同じように使えること」が理想とされました。しかし、AIによるバブルを経験した今、分かったことがあります。知識は「特定の場所」や「人間の身体」と紐付いていないと、どこか浮遊してしまい、取り留めがなくなってしまうんです。
神保町には、人がいる、リアルな施設がある。古書店だけでなく、三省堂のようなリアルな書店があり、作家が自分で作る本棚があり、そして何より多くの大学が集積しています。 「場所(リアルな空間)」「身体(人間)」「知識(知見)」。この三つが揃っていることが神保町の圧倒的な良さです。このモデルは、かつて「藩」があった日本各地の200以上の地域が持つ文化資源を活かすための、一つの大きなモデルになるはずだと考えています。
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