街づくり、街おこし、そして都市計画。その最前線には、常に常識を書き換える「キーマン」たちがいる。元ウォーカー総編集長であり、長年日本の街を見つめ続けてきた玉置泰紀が、いま最も話を聞きたい相手に直撃。大きく変容する日本の「新しい街の形」を紐解いていく。
第5回は、東京の文化的ポテンシャルを掘り起こし、都市の新しいOSを提唱する「東京文化資源会議(任意団体)」のトップ二人、吉見俊哉氏(会長)と柳与志夫氏(事務局長)が登場。最新の「神保町リデザイン・ビジョン」を携え、再開発の波に抗うのではなく、歴史という「資源」を最新のOSで駆動させる、その核心に迫る。
筆者も東京文化資源会議の幹事として、今回の主要なテーマである神保町のプロジェクトにも関わってきたが、このお二人の考えをじっくり聞くのは初めてだ。
【ゲストプロフィール】
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)氏 社会学者。國學院大學教授、東京大学名誉教授。一般社団法人東京文化資源会議会長。東京大学大学院情報学環教授、同学環長、同副学長、東京大学出版会理事長などを歴任。ハーバード大学客員教授、エル・コレヒヨ・デ・メヒコ(メキシコ)客員教授なども務める。1987年の『都市のドラマトゥルギー』で衝撃的なデビューを果たして以来、『博覧会の政治学』『万博幻想』『親米と反米』『大学とは何か』『夢の原子力』『五輪と戦後』『空爆論』『敗者としての東京』など著書多数。近年は東京の文化資源を活かした新たな都市構想を牽引、歩く身体からの知の再構築を提唱している。
柳 与志夫(やなぎ・よしお)氏 東京大学大学院情報学環特任教授。東京文化資源会議事務局長。慶應義塾大学卒業後、国立国会図書館に入館し、電子情報部司書監などを歴任。2004年から2008年まで千代田図書館長を務め、「行きたくなる図書館」への劇的な改革を成功させた。その後、2015年11月から現職。文化情報資源政策、デジタルアーカイブ論の第一人者であり、『デジタルアーカイブの理論と政策』『文化情報資源と図書館経営』などの著書がある。理論と実務の両面から、都市の文化資産を次世代に繋ぐ「知のインフラ」を構築している。
【思想・OSの根幹】「消費される街」から「資源が循環する街」へ
資本主義の巨大な転換点に立つ「循環型都市」のプロトタイプとしての神保町。そして歩く思想
玉置: 今日は吉見さんは街歩きのイベントで四ツ谷を歩かれた、ということで1万7000歩も歩かれた。素晴らしい。街歩きってすごいですよね。
吉見: 四ツ谷から赤坂にかけての谷間を縫うように街歩きしています。新宿愛住町の谷、『柳子新論』の革命家山県大弐の墓、四谷荒木町の池、『四谷怪談』のお岩稲荷、『君の名は。』の須賀神社、『最暗黒の東京』の鮫が橋といった東京都心の文化的「聖地」を巡礼しながら、尾根と谷の間を上り下りして、最後は赤坂迎賓館の庭園に出ます。明日も、別の学生たちを連れて、全く同じルートを、もう一度歩くんです。
柳: うわあ、大変ですね!
玉置: そうなんですか。すごい。でも当然、歩きながらいろいろ変えたくなっちゃいますよね、喋る話とか。
吉見: もう観光ガイドですね、これは。同じ話を繰り返しています(笑)。
玉置: 絶対、吉見さんは話の内容を変えると思いますよ。
吉見: 先週も、西日暮里から上野広小路まで歩きました。西日暮里駅からJRの線路の下のトンネルをくぐって諏方神社の階段を上ります。その先は、富士見坂、六阿弥陀通り、HAGISO、蛍坂、朝倉彫塑館通り、初音小路、谷中墓地といったように、こちらもルートは決まっています。でも、ある場面から次の場面への転換がスリリングです。
玉置: いろんなシンポジウムとか出られてるのに、実際の街歩きもされているのですね。今回は、東京文化資源会議の中でも神保町の活動をメインにお伺いしたいです。
「消費される街から、資源が循環する街へ」ということで、神保町をモデルとした「新しい都市のOS」を考えてみたいです。どういう都市にすれば、ただ消費されるだけじゃなくて資源が循環していくのか。単純な再開発でビルを建てる、あるいは観光地でテーマパークを作るのではない。神保町の場合は「古書」や新しくなった「三省堂」のような「知の集積」があります。それを都市経営にどう組み込むか。なぜ今、神保町なのかという「そもそも論」を。 まず、吉見さんからお聞きしたいと思います。
吉見氏が語る:資本主義の転換点と「リサイクル」
吉見: 大きな話になりますが、21世紀初頭、私たちは資本主義の転換期にいます。
都市のあり方では、資本主義の発展期、最初のモデルは「工業都市」でした。「生産のための都市」ですね。工場が集まり、職人が工場労働者になり、大量生産の体制ができていった。東京では、隅田川沿岸の、本所や深川の工業地帯がこの変化の一番の中心でした。
だけど、資本主義が発展して、巨大な再生産過程がシステム化してくると、「消費都市」が社会をけん引するモデルになってくる。銀座が一番最初の原型ですが、それが戦後になると、原宿だとか渋谷だとか、さらにはテーマパークやショッピングモールに発展していった。公園通りや竹下通りも基本的にはそうです。いかに消費空間として都市を演出し、お客さんを集めるかが追求された。
その究極が、「麻布台ヒルズ」です。あそこはテーマパーク型のショッピングモール。つまり「消費空間」ですが、その底地には、かつて俄善坊谷という谷があり、寺や墓、民家が密集していた。都市が消費空間化すると、かつてあった風景は見えなくなります。
しかし今日、大量生産・大量消費のモデルはもう破綻しています。1970年代にローマクラブが言った「成長の限界」があらゆる場面で現実化しているのです。そうすると、成長の限界が明らかになった資本主義文明がその先で何をやるか。これ、「リサイクル」しかないんですよ。大量生産・大量消費の先にあるのはリサイクルです。
「人もリサイクル」:リカレント教育の真意
吉見: 私たちの社会はいずれ、大量生産・大量消費型の社会から、循環型の社会に転換していく。これはレアメタルやプラスチックだけじゃなくて、文化だとか知識だとか、それから人材もそうですね。新卒一括採用の時代は終わり、無数の中途採用の時代になる。人材の場合は、これは「リカレント」と呼んでいますね。同じように、本や道具、芸術作品や建築にもリカレントがあるのですが、これはリサイクルと呼ばれていますね。
ただ、日本の終身雇用や縦割りの社会体制はリサイクル社会への転換を妨げている。しかし文化や知識の場合、本当はすべて最初からリサイクルの仕組みでしか生まれません。
神保町という未来の予言:書物とOS
吉見:現代の都市は、生産中心の工業都市から、消費中心の消費都市に変化してきた。だけれども、循環型の社会システムに対応するのは循環都市です。つまり、そこにあるモノやヒト、建物や知識がリサイクルされていく仕組みが都市の中で確立されているような都市。
その循環都市のモデルをどういう都市が示してきたか。神保町という街は、それを先端的に示している街だと僕は思っています。古本屋街である神保町では、本というメディアが二重三重に循環する。神保町は、「資源が循環する街」です。文化や知識を循環させる都市のモデルが、「本の街」神保町には顕著に現れてきたのです。
マーシャル・マクルーハンが言っていましたが、「活版印刷は人類最初の産業革命である」。 16世紀の印刷産業がモデルになって、やがて19世紀の蒸気機関による産業革命が起こった。でも、これらは本質的には同じことだと。これは正しいと思う。だから、書物というものに起こった変化が、やがてあらゆるものに起こっていく。
玉置: しかも、下手したらデジタルは一寸先は闇みたいなところがあって。紙は多分、残りますもんね。
吉見:紙、書物、出版、書店、図書館というのは未来を予言してきた媒体なのです。 マクルーハンの予言だけでなく、今のGoogleにしても、Amazonにしても、最初は図書のレファレンスや本の流通をモデルにして、そこから今のデジタル社会の帝国になっていった。つまり、現代の資本主義のほとんどは、出版から始まっているわけですよ。
だとすれば、神保町は未来の循環型都市のモデルになり得る。そこに未来が見えるかもしれない。他の街でも展開していく未来型都市の原型なのかもしれない。神保町はレトロだから価値があるのではありません。むしろ、ここから未来が見えるのです。
玉置: 印刷・出版で言うと、日本でも、江戸時代に日本橋とかですでに爆発的な活動をやってましたね。
吉見: 出版産業の隆盛は、日本だけじゃないですね。宋の時代の中国もそうだし、朝鮮半島の金属活字だって、ヨーロッパよりずっと早かったわけです。ウォーラーステインが論じたように、16世紀以降はグローバル経済体制が成立していますから、グローバルな流通経済の中で、それぞれの地域でいろんなことが起こっていく。グローバル経済の中で、近代の出版文化はヨーロッパの影響を受けながら活発化していったのです。神保町は、その一つの事例なのだと僕は思っています。
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