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富士通と大阪大が量子ソフトウェア領域でまた一歩前進

創薬・新素材開発で計算を“1000倍高速化” 量子コンピューター実用化を見据えた新技術

2026年03月26日 08時00分更新

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp

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 「量子コンピューター研究は総力戦」と語るのは、大阪大学の藤井啓祐教授である。量子コンピューターの実用化に向け、様々な領域で研究開発が進む中、同大学と富士通が連携するのが量子ソフトウェア開発だ。

 富士通と大阪大学の量子情報・量子生命研究センターは、2026年3月25日、量子コンピューターによる「化学材料のエネルギー計算」を最適化する、新技術を開発したことを発表した。同技術を用いることで、従来手法で数千日かかる高度なエネルギー計算を最大1000分の1に縮め、今後登場する数万量子ビットの量子コンピューターの産業応用に寄与するという。

 記者向けの技術説明会で、富士通の量子研究所長である佐藤信太郎氏は、市場規模の大きい化学材料分野の応用は「大きなインパクト」だと強調した。

富士通 富士通研究所フェロー 兼 量子研究所長 佐藤信太郎氏

富士通と大阪大学の“誤り耐性実用化”に向けた歩み

 量子コンピューター実用化の鍵となっているのが、外部ノイズに起因する「量子エラー」をどう防ぐかにある。この解決策として期待されているのが、量子ビットを論理量子ビットに冗長化して、エラー訂正をしながら計算を進める「誤り耐性量子計算(FTQC)」の確立である。

 富士通と大阪大学は、2021年に大阪大学内で共同研究部門を設置し、FTQCに向けた量子ソフトウェアの共同研究を進めてきた。その最初の成果となったのが、2023年に発表された「STARアーキテクチャ」である。

 前提として、FTQCでは論理量子ビットに対する操作(基本量子ゲート)を組み合わせることで量子計算を実行する。従来アーキテクチャでは、この中の「論理Tゲート(量子ビットの位相角を45度回転させる操作)」の繰り返しにおいて、大量の量子ビットを必要とすることが課題だった。

誤り耐性量子計算(FTQC)の概要

 そこでSTARアーキテクチャでは、コストの高い論理Tゲートを、位相回転操作を効率化した独自の「位相回転ゲート」に置き換えた。これにより、必要になる量子ビット数やゲート操作数を1桁以上減らすことに成功している。「ただし、位相回転ゲートはエラー訂正によって守られておらず、トレードオフの関係にある。幾分かのエラーを受け入れて、リソースを大幅に減らす試み」と佐藤氏。

STARアーキテクチャ ver. 1

 さらに2024年には、位相回転ゲートの操作精度を向上させたSTARアーキテクチャのver. 2を発表。これにより計算規模を1000倍に拡大させ、その結果、数万量子ビットの量子コンピューターを用いた固体材料の物性計算を現実化した。

STARアーキテクチャ ver. 2

“科学材料の物性計算”を現実化する2つの新技術

 そして、今回発表されたのが、STARアーキテクチャのさらなる精度向上と分子モデル(科学材料の計算対象)を最適化する新技術である。

 今回の研究の目的は、複雑な構造を持つ科学材料の分子エネルギーの計算を最適化して、将来の量子コンピューターの応用範囲を「科学材料の物性計算」にまで広げることにある。

 STARアーキテクチャのver. 2で対応した固定材料に比べ、化学材料は大規模な量子ビット数が求められるものの、市場規模が桁違いに大きい。固定材料の対象である超伝導材の市場が93億ドルに対し、化学材料の対象である「製薬・創薬」「アンモニア合成」「カーボンリサイクル」の市場合算は、その200倍以上に上る。

化学材料分野の市場規模

 まず、STARアーキテクチャのver.3では、計算精度を約10倍向上させ、同じ量子ビット数での計算規模を拡大している。これにより、量子コンピューターに要求される物理エラー率も緩和可能だ。具体的には、ver. 1、2で置き換えた独自の位相回転ゲートに、一度はなくした論理Hゲートを融合させることで実現した。

 これは、位相回転ゲートにおける位相回転の連続失敗が、計算精度を悪化させる要因だと判明したからだ。そこで、一定の回転失敗が続くと、論理Hゲートによる位相回転に切り替える仕組みを採用。こうして、適切に位相回転ゲートと論理Tゲートを組み合わせることで、リソースと精度の問題を同時に解決した。

STARアーキテクチャ Ver3

 ただ、「STARアーキテクチャの改良だけでは、分子モデルのシミュレーションには届かない」と佐藤氏。そこで開発されたのが、分子モデルの最適化技術である。

 科学材料の分子エネルギーの計算には、分子モデルを構築して、そこから量子回路を生成し、量子コンピューターで計算するという手順を踏む。この電子回路は分子モデルを複数の項に分割して生成される。その際、項の数に応じて高コストな「時間発展法」と項の重要度に応じて高コストになる「ランダムサンプリング法」という、2つの計算手法を組み合わせることで計算時間(コスト)が削減できる。

 今回、近似精度を維持したまま分子モデルを変形させる新技術により、重要度の分布を変え、2つの計算手法のバランスを最適化した。これにより、分子エネルギーの計算時間を大幅に削減している。

分子モデル最適化技術

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