Mr.ウォーカー・玉置泰紀がキーマンに聞く「新しい街づくりのOS」 第2回
【東京大学大学院・真鍋陸太郎氏】都市は「情報の織物」である。コミュニティ・アーカイビングが書き換える、没場所性を超えるレジリエンス
テーマ2:コミュニティ・アーカイブが「街の基盤」になる:記憶の錬金術
玉置: 「アーカイブ」が今回のインタビューの本丸だと思っているんですが、真鍋さんがやってきたことで僕が特に面白いと思うのが、文京区の「テレフォノスコープ(Telephonoscope)」。黒電話を使った、一見するとちょっと「怪しげな儀式」のような情報収集ですよね。これまで「デジタル、デジタル」と最先端っぽく話してきましたけど、あえてアナログな手法で個人の記憶という極めてミクロなデータを集める。これが街の持続可能性にどう繋がっていくのか、ぜひ教えてください。
真鍋: 都市計画という分野は、今の「ビッグデータ」なんて言葉が出るずっと前から、いわゆる「高所」から俯瞰して、都市施設の最適配置を考えるということをやってきました。でも、やっぱり最後は「そこで暮らしている人間個人」のことを考えないといけないのが、まちづくりであり都市計画の本質なんじゃないかと思うわけです。 今でいうビッグデータや、昔ながらの統計とは違う、個人の話をしっかり聞いた上で、それをどうまちづくりに活かすか。その「活かし方」はまだ完全には解けていない部分もありますが、まずは集めること、蓄積していくことに価値がある。そう考えて始めたのが文京区の「あなたの名所ものがたり」です。
玉置: あの黒電話(テレフォノスコープ)は、どういう経緯で生まれたんですか?
真鍋: あれはメディア論の水越伸(関西大学・教授)先生が東大の情報学環にいらっしゃった頃に研究をやる機会があって、水越先生が「黒電話で録音できるの、いいんじゃない?」と。 もともとの発想として、震災直後の被災地に繋がっていない電話ボックスがあって、そこで受話器を持って語ることで被災の傷が癒やされていく、という取り組みがありました。そこからヒントを得て、黒電話の持つ懐かしさや物理的な素材感、あの受話器に向かって話すという行為そのものに、今の若い人たちも何らかの「意味」を見出してくれるんじゃないか、ということで作りました。
玉置: 最初はiPadを使っていたとか。
真鍋: そう、最初はiPadに受話器型のイヤホンマイクを繋いだだけのシンプルなガジェットだったんです。でも、そこから「黒電話を改造しよう」ということになって、今のテレフォノスコープができました。 実はYouTubeにプロモーションビデオがあるんですけど、これ、中身を大改造しているんですよ。外見は完璧に黒電話ですが、中にiPod Touchが入っていて、受話器を上げた信号を感知して自動で録音が始まる。録音された音声はそのままサーバーに蓄積されていきます。YouTubeの動画はアルス・エレクトロニカ(メディアアートの祭典)に出そうとした時のビデオです(笑)。
玉置: (動画を見ながら)本当だ、完璧に黒電話だ。
「金太郎飴」の再開発に対抗する「はかない記憶」の力
玉置: 文京区での「あなたの名所ものがたり」についても、改めて詳しく教えていただけますか。
真鍋: 例えば文京区の三四郎池。普通なら「夏目漱石のゆかりの地」といった文学的な説明がなされますが、そうじゃなくて、そこを訪れた地域の人や学生が、その場所でどんな思い出を持ったかを聞くんです。「漱石がどうこう」じゃなくて、「三四郎池に行って蚊に刺されまくって、めちゃくちゃ痒かった」という、そういう個人の記憶。それを「あなたの名所」として記録していくんです。
玉置: 文京区と東大の共同事業として、もう18年目になるんですね。
真鍋: 2007年からずっと続いています。年2回ほどのワークショップで、ファシリテーターが参加者の「はかない記憶」を引き出し、3分間の物語として録音する。これは文京区の公的な「アカデミー推進計画」にも位置づけられた、文京ふるさと歴史館が担当する立派な公的アーカイブなんです。 ネットのSNS(Xなど)での単なるつぶやきより、ずっと手間をかけて「ものがたり」として書かれ、録音されたもの。その質的な価値は高いと思っています。
玉置: 真鍋さんの論文に、効率重視の都市計画が地域の個性を奪う「没場所性」という言葉がありました。
真鍋: まさに駅前再開発がその最たるものです。僕らの分野では「金太郎飴」なんて言われますが、かつての再開発はどこも同じビルを建てて、そこにあった歴史ある路地や小さなお店、人々の生業を全部潰してきました。でも、そこには豊かな歴史や個人の記憶が必ずあったはずなんです。それをしっかり聞き取って、再構築される街に活かしていかないといけない。
玉置: ビッグデータによる統計的な分析と、こうした極めて私的な「物語」の収集。この二つは真鍋先生の中ではどう共存しているんですか?
真鍋: ビッグデータを否定しているわけではありません。従来的な分析で都市に必要なものを導き出しつつ、そこに「名所ものがたり」のような個人のピースを足していく。 実は僕の研究チームで、大森や文京区、宮代町のX(Twitter)の過去データをずっと収集して蓄積していた時期もありました。それらを並行して分析することで、「この街は今、どういう方向に向かっているか」が見えてくる。 これまでの都市工学は、新しい技術があってもなかなか自治体の現場に落ちていかない、行政が動かないというジレンマがありました。でも、今後はこういう「物語」と「データ」を繋ぐことで、もっと軽やかに街を動かしていけるんじゃないか。そう思っています。


