長年行方不明だった代表作が奇跡の帰還。日常の気配を見つめ続けた「小林徳三郎」展
東京ステーションギャラリーで、画家・小林徳三郎(1884–1949)の初めての回顧展を開催しています。丸の内北口改札前という日常と旅が交差する場所にありながら、館内に一歩入ると静かな光の世界がひろがり、約300点におよぶ作品と資料を通して、画家の誠実で丁寧な眼差しが浮かび上がってきます。
小林徳三郎は、劇的な主題よりも、家族の息づかいや部屋の片隅に差し込む光、日常の気配のようなものを見つめ続けた画家です。「金魚を見る子供」(1928年)は、その代表作であり、息子を描いた一枚です。1929年の春陽会で発表されると会場の絵葉書1000枚が即完売し、山本鼎からは「傑作」と称賛されました。しかし戦後、企業の応接室に飾られたのち長く所在不明となり、行方がわからないまま時が過ぎていました。今年、その所在が奇跡的に判明し、修復を経て、今回が久々のお披露目となります。本展のメインビジュアルを飾るにふさわしい“帰還”です。
ほかにも「鰯」(1925年頃)の素朴で力強い筆致、「西瓜」(1932年)の濃密な夏の空気、「鳥籠」(1930年)に漂う静謐など、どの作品も生活の中にある小さな光に寄り添うように描かれています。静物画や家族の姿はどれも控えめでありながら、見ていると胸の奥にじんわりと残る温度を持っています。
さらに本展では、劇団「芸術座」の舞台装飾や衣装デザイン、出版物の挿絵など、絵画以外の仕事にも焦点が当てられています。松井須磨子主演の「復活」の舞台美術など、大正から昭和初期の大衆文化の只中で働きながら、日常を誠実に描き続けた姿が垣間見えます。絵画と生活、仕事が地続きになっていた画家の、多面的な姿を知ることができる点も、本展の大きな魅力です。
晩年の代表作「海」(1942年)も必見です。この作品は1953年、東京国立近代美術館が開館した直後に初めて買い上げた洋画作品で、所蔵番号000001に登録された、いわば“国立館の洋画コレクションの出発点”となった一枚です。水平線に漂う静けさは、療養や疎開のなかでも筆を置かなかった小林の祈りのような時間を伝えてくれます。
そして、この展覧会が東京ステーションギャラリーで開催されることには特別な意味があります。同館は開館以来、知られざる作家の発掘や見過ごされてきた美術の紹介など、「近代美術の再検証」を軸とした独自の企画に定評があります。美術史の“大きな物語”からこぼれ落ちた作品や作家を丁寧に照らし直し、その価値を現代の観客に再提示してきました。今回の小林徳三郎展は、まさに同館の理念を体現する企画と言えるでしょう。
駅の喧噪のすぐ隣で、ふと立ち止まって絵と向き合うひとときは、忙しい日常の中で忘れがちな“生活の光”をそっと取り戻すような時間になります。鑑賞後には赤レンガの駅舎を眺めたり、丸の内仲通りを歩いたりと、街そのものが余韻を深めてくれるはずです。11月22日から1月18日まで。冬の丸の内で、静かに息づくアートと出会ってみませんか。
「小林徳三郎」
会期:2025年11月22日(土)〜2026年1月18日(日)
時間:10:00~18:00(金曜日~20:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし11/24、1/12は開館)、11/25(火)、年末年始(12/29~1/2)
会場:東京ステーションギャラリー
(東京都千代田区丸の内1-9-1 JR東京駅 丸の内北口 改札前)
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/
巡回情報
ふくやま美術館(2026/4/11~6/7)
岩手県立美術館(2026/6/20~8/23)
碧南市藤井達吉現代美術館(2026/9/12~11/8)








