スタートアップのスタート地点 第2回

リケジョが活躍する丸の内の最先端ラボ 多くの社会課題を解決する可能性を秘めるナノシートの社会実装に挑む「ディメンジョンフォー」

文●MOVIEW 清水

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 丸の内を拠点に活動するスタートアップを紹介する「スタートアップのスタート地点」。第2回は名古屋大学の研究を起点としたナノシート技術の社会実装に挑んでいる企業「ディメンジョンフォー」を紹介する。

 ディメンジョンフォーは現在名古屋と東京の2拠点で事業を展開。名古屋では研究開発人材が在籍し、大学発のコア技術をさらに研究している。一方、大手町では顧客訪問やデモンストレーションの拠点として機能しており、実際に来訪する企業に対してナノシートの成膜プロセスを目の前で見せられる場として活用されている。

 今回はディメンジョンフォー代表取締役の出川章理氏、主任研究員の加納貴美子氏、研究員の加藤里奈氏に、ナノシートについて解説していただきつつ、丸の内の魅力についても語っていただいた。

ディメンジョンフォー 研究員 加藤里奈氏(左)と主任研究員 加納貴美子氏(右)

 ディメンジョンフォーは名古屋大学の長田 実教授が20年以上研究してきたナノシート技術をベースに出川氏と創業した企業で、現在17名が在籍。その多くが名古屋に所属している。東京オフィスは顧客との接点強化やデモンストレーションの役割が中心で、技術開発は段階的に東京へ拡大していく方針だという。

 創業時から「ディープテック領域でも女性が活躍できる会社にしたい」という思いを掲げ、材料系スタートアップとしては珍しく、女性研究者が事業の中核を担っているのも特徴的だ。

原子1個という極薄材料のナノシートの高いポテンシャル

――ナノシートはどのような特徴を持つ材料なのですか?

加納氏:ナノシートの代表例は炭素1個の厚さのグラフェンで、ノーベル賞に輝いた材料です。鉛筆の芯である黒鉛(グラファイト)の結晶のいちばん上の1層をはがしたもので、1層だけになるとグラファイトにはなかった特性が現れます。グラファイトもグラフェンも同じ炭素なのですが、グラフェンのほうが電子の移動が速くなり、電気が圧倒的に速く流れるようになります。

ナノシートの厚さは「原子1個~数個」程度しかない極薄の板状材料です。一般的なナノ粒子が丸い“ボール”形状なのに対し、私たちのナノシートは“ひらひら”した平面構造を持っている点が大きく違います。厚さと面積比で言うと1:1万のような極端な比率で、まるで名刺やカードのように薄いものが液体中に分散しているイメージで、これを「インク」と呼んでいます。

D4のコア技術。従来技術よりも低コストで高性能な製品を生み出せる

そして私たちはナノシートを液中で凝集させず、完全に分散させる「インク化」の技術を持っています。ナノ粒子は沈殿や凝集が起きやすいのですが、弊社のナノシートインクは沈殿しないほどきれいに分散しています。

ナノシートは膜を重ねることもでき、用途によって厚みを変えられる

――インクからどのように膜にするのですか?

加藤氏:薄めたインクを一滴垂らして吸い上げるだけで単層膜ができます。ノウハウがないと重なってしまうのですが、ナノシートがきちんと分散しているのと、成膜時の温度や濃度などをコントロールするだけで重ならないようにできます。さきほどのインク化の技術と一層だけ重ならないように成膜する技術。この2つが私たちの強み、コア技術です。成膜には特殊な装置やクリーンルーム、真空環境などは必要ありません。

成膜すると薄くても柔軟性があり、下地への密着性が非常に高くなり、ガラス・シリコン・PETなど、硬い基板から柔らかい基板まで幅広く密着できます。でこぼこした表面にも塗れるため、例えば酸化チタンのナノシートをステンレス上に塗布すると腐食防止膜として機能します。これまでのメッキではメッキ液に全体を付ける形ですが、ナノシートならコーティングしたいところをピンポイントで覆うことができ、薄いため、これまでコーティングできなかった場所へも対応できます。

ナノシートを成膜する装置。中央にたらしたインクをピペットで吸い上げ、表面1層だけに成膜する。基板の上にシャボンのような薄い膜を密着させるイメージ

――材料によって特性を変えられるのですね

加藤氏:それぞれの材料をナノシート化すると、バルク(塊)では得られない特性が出てきます。このサンプルは酸化チタンという光触媒に使われる材料の無機ナノシートですが、これ以外にも70種類ぐらいの無機ナノシートの開発に成功しています。この酸化チタンの一部をコバルトに変えると電磁波シールドなり、電子機器、医療現場などの電磁波を嫌う場所に塗ることで有害な電磁波を遮断できます。

D4の材料ライブラリーの例。材料によって特性が異なり、様々な用途へ活用できる

他にも、酸化ルテニウムは透明で電気をよく通す特性を持ちます。太陽電池などでは透明電極としてITOがありますが、ITOよりも電子の移動度が速くて電気がよく流れ、透明度が高いという点でいろいろ引き合いをいただきます。酸化タングステンはガラスなどに塗りつけると赤外線と紫外線は反射するが、可視光は通すという材料になり、車のガラスや建材、マンションの窓などに使うエコガラスとして注目されています。

――ナノシートの活用分野として期待されている分野は?

出川氏:熱対策、腐食防止、電磁波シールド、透明電極、エコガラス、ガスバリア膜など多岐にわたります。特に「熱が問題になる製品」、コンピュータチップ、データセンター、自動車といった分野からの相談は非常に多いです。業種としては材料メーカー、半導体メーカー、自動車メーカーが多く、特に自動車は日射遮蔽や高温対策、エコガラス用途など、ナノシートと相性の良い分野です。

今後は日本のトップ企業はもちろん、海外のGAFAのように新製品をどんどん開発できる企業とも取り組みたいです。次世代電池、透明導電膜、薄型デバイスなど、性能を一気に押し上げられる領域と相性が良いので、ぜひ挑戦していきたいと考えています。

――ナノシートをどのような分野に応用していきたいですか?

加納氏:ナノシート単体でデバイスを作ることに挑戦していきたいです。スマホやPCは年々薄くなっていますが、ナノシートであればバッテリー、タッチパネル、基板、さまざまな部品をさらに薄くできる可能性があります。ナノシートだけでスマホを作るくらいの意気込みで、どこまで実現できるか挑戦したいです。

D4の事業展開。ナノシートによって新たな未来が誕生する

――開発面でどのような課題がありますか?

加納氏:やはり製品化に向けた工程づくりが大きな課題です。ナノシート自体の性能は研究レベルでは十分に確認できていますが、実際のデバイスにするためには、製造ラインの構築や品質の安定化が欠かせません。そこには時間もコストもかかりますし、周辺技術の開発も必要になります。

――ナノシートの成膜は課題が少ないように見えますが?

加納氏:インク化して単層膜を作るところまでは非常にシンプルにできます。室温で1分程度、特殊装置も不要です。ただし、デバイスとして量産するとなると、自動化や安定性など、クリアすべきポイントが多いです。自動化設備もまだ半分ほどで、これから詰めていく課題があります。

研究レベルでは多数の成功例がありますが、製品化にはライン構築・品質保証・周辺技術も欠かせません。数年はかかると思いますが、ナノシートだけではなく、その周辺技術も含めてデバイスにしていく段階に入っています。

主任研究員として日夜ナノシートに取り組んでいる加納氏

スタートアップとして、丸の内には多くの利点がある

――企業としての体制づくりはどのように進めていますか?

出川氏:弊社はまだ小規模で、社員も一桁台という状況です。名古屋が本社で、東京はビジネス・採用・顧客対応の拠点です。開発の中心は名古屋大学との連携が軸なので、研究側とビジネス側をどう整合させるかは常に課題です。

まだ開発途中の段階ですが、これから自動化を進め、製造体制を整え、事業をスケールさせるフェーズに入っていきます。研究・製造・ビジネスのバランスをどう取るか、そして成長期に合った組織にどう進化できるか。まさに今、その立ち上がりの最中にいるところです。

――採用面での課題はありますか?

出川氏:「良い人を採りたい」というのが最大のテーマです。材料系のベンチャーは東京にほとんど存在しないので存在感も出せます。また、丸の内・大手町のような場所に拠点があると「こんな場所で最先端の研究開発ができるのか」と驚かれ、応募者の反応がまったく違います。ただ、ディープテック領域は人材層が薄く、特に女性研究者は全体の数が少ないという業界構造もあります。

弊社は創業時から「女性を多く採用したい」という思いがあります。理系でも化学系は女性が比較的多いのですが、AI、ロボティクス、物理、電子機械になると一気に減ります。日本は特に女性比率が低いです。ただ、弊社は最先端のラボで、女性研究者がコアメンバーとして活躍しており、そこは強くアピールしたいポイントです。

ディメンジョンフォーは女性研究者が活躍できる企業

――丸の内に拠点を置くメリットはありますか?

出川氏:利便性が圧倒的です。東京駅に近いので名古屋からのアクセスも良く、半日あれば往復できます。顧客や投資家もこの周辺に多くてアポイントも取りやすく、ビジネス拠点として圧倒的に動きやすい場所だと思います。採用面でも「丸の内に研究拠点がある」というだけで応募者の反応が変わります。地方の研究所では得られない刺激やネットワークが得られるのも利点です。

他の場所も比較して検討し、品川や横浜方面も調べましたが、最終的には大手町・丸の内に軍配が上がりました。ここ三菱地所が作ったベンチャー向けフロア「0 Club(ゼロクラブ)」には今年3月にこのラボを作りました。

――「0 Club」への入居にハードルは?

出川氏:新大手町ビルは1959年竣工の歴史のあるビルで天井も低いですが、我々が必要とする設備を置ける環境は十分でした。むしろ“リノベされた歴史のあるビルで最先端の研究をやる”という雰囲気を気に入っています。無駄にピカピカのビルより、こういう場所の方がベンチャーらしいと感じます。

丸の内は調べなくてもイベントに出会える街

――研究者の働く場所として丸の内はいかがですか?

加納氏:とても良いです。以前は地方の研究施設の中で働いていたので、まさか丸の内のビルで研究できるとは思っていませんでした。特別な床強度が必要な大型設備や真空装置が必須な開発なら不可能ですが、弊社のナノシート技術は“こういう場所でもできる”のが大きな特徴でもあります。

また「選択肢の多さ」というメリットがあります。顧客との打ち合わせを1日がかりで組む必要がなく、1~2時間後のアポイントでも動ける。終業後の食事も、気分転換も、何をするにも選択肢が多い。仕事もプライベートも効率が上がります。

「まさか丸の内のビルで研究できると思っていなかった」と語る加納氏

加藤氏:歩いているだけでイベントに出会える街というのもいいですね。ライトアップや季節のイベントなど、調べなくても自然に出会えて、帰り道にふらっと寄ることができます。地下を歩いているだけでいろいろなイベントに出会えるのはありがたいです。

以前も丸の内に務めていたのですが、数年いない間に景色が大きく変わるほど成長していて、名古屋とは違うなというのをすごく感じます。成長スピードが5倍ぐらい速いです。

――最後にこの記事の読者に向けてメッセージをいただけますか

出川氏:一番お伝えしたいのは、「世界最先端の製品を、この場所から生み出したい」という思いです。今はナノシートという“魔法のインク”のような素材を武器に、ゼロから未来のデバイスをつくろうとしているところです。その船に一緒に乗ってくれる仲間に出会えたら、これほど嬉しいことはありません。特に今は拡張フェーズで、良い人を迎えたいという気持ちが強くあります。

――ありがとうございました。

■関連サイト