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グローバルの金融商品市場で進むAWSによるモダナイゼーション

JPXが「TDnet」をAWS上でフルクラウド化へ よりクリティカルなシステムでのクラウド活用も検討

2025年11月11日 09時00分更新

文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp

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 AWS上に社内の共通基盤「J-WS」を整備し、一部領域でのクラウド化に着手していた日本取引所グループ(JPX)。AWSとレジリエンスや説明責任について調整を重ね、ミッションクリティカルな適時開示情報伝達システム「TDnet」のフルクラウド化に踏み切った。TDnetをJ-WSに移行し、2027年度の本稼働を目指している。

 アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)は、2025年11月5日、金融商品市場の取り組みに関する説明会を開催。同領域でのグローバル事例を紹介したほか、JPXの常務執行役CIOである田倉聡史氏が登壇。TDnetのクラウド化の経緯について説明すると共に、よりミッションクリティカルなシステムでのクラウド活用も検討していることを明らかにしている。

(左から)アマゾンウェブサービスジャパン 常務執行役員 金融事業統括本部 統括本部長 鶴田規久氏、日本取引所グループ 常務執行役CIO 田倉聡史氏、アマゾンウェブサービス グローバル金融事業統括責任者 スコット・マリンズ氏

基幹システムのクラウド移行は“説明責任の確保”がポイントに

 2013年に東京証券取引所と大阪証券取引所の経営統合により発足し、2020年には東京商品取引所を子会社化することで「総合取引所」として本格稼働しているJPX。

 現在、同グループは、長期の経営ビジョン「Target2030」を掲げ、2030年までにグローバルな総合金融・情報プラットフォームを構築することを目指している。この事業改革において最重視されているのが「データの利活用」であり、2022年には、データ関係事業を集約したJPX総研を立ち上げている。

 JPXの田倉氏は、「ビジネスのほとんどが株券の売買という現状から脱却する。我々の抱えている大量のデータを投資家・証券市場関係者に提供していくことで、マーケットがより深みを帯びてくる」と語る。

日本取引所グループ 常務執行役CIO 田倉聡史氏

 そのデータの利活用において、キーファクターとなるのがクラウドとAIだ。「クラウドにデータを置くことで、より広い顧客にリーチができる環境が整う」と田倉氏。ここまで、AWS上に「J-WS」というパブリッククラウド環境を整備し、その上にデータサービス基盤である「J-LAKE」を構築してきた。

 このJ-WSは、セキュリティや監査統制などの要件をビルトインした「安心・安全にデータ・デジタル活用するための土台」であり、それらを気にすることなくアプリケーションや新ビジネスの開発に集中できる。

J-WSの概要

 一方で、このJ-WSは、新規ビジネスやアジリティ重視の開発への適用にとどまり、基幹系システムにまで広げるには、「まだまだ課題が多かった」(田倉氏)という。それは、可用性・サポートレベルの向上や重要データの管理、監査権といった課題だ。

 「日本の金融機関が、ミッションクリティカルな領域をクラウド化するのに、最も懸念するのが“説明責任の確保”。インシデントの発生時に、なぜそれが起きて、それを二度と起こさないためにどう対処するのか、投資家や市場関係者、行政に報告する責任を有している。我々でも何が起きているかを把握できないと、クラウドは使えない」(田倉氏)

 そこでJPXは、AWSと共同でタスクフォースを設置し、「どこまでの情報開示を、どのくらいのスピード感でできるのか」という議論を重ねてきたという。そして、JPXにおける過去のインシデントと同レベルでの説明責任が果たせるかについて、AWS側とのギャップを埋め、それを要件として“言語化”するに至っている。

 この取り組みの“副産物”として、2024月10月に開始した「AWS Incident Detection and Response」の日本語対応が挙げられた。

レジリエンス・説明責任の確保におけるAWSとの戦略連携

TDnetをAWS上で構築、よりクリティカルな機能でのクラウド活用も検討

 こうしたAWSとの連携を経て、適時開示情報伝達システム(TDnet)をAWS上のJ-WSに移行することが決断された。取引所業における重要機能をフルクラウドで構築し、2027年度の稼働開始を目指す。

 TDnetとは、上場会社の適時開示におけるプロセスを電子化するシステムであり、同サイトに掲載することで、インサイダー取引規制上の公表措置が完了する。秘匿性の高い情報をあつかうことから「堅牢性」が求められ、24時間365日稼働し、開示の集中にも耐えうる「可用性」や「パフォーマンス」の確保も求められるシステムだ。「仮に止まってしまうと企業は開示できなくなる、非常にミッションクリティカルなシステム」と田倉氏。

 田倉氏は、個社でのセキュリティ対策に限界が生じている現状で、AWSのレジリエンスとセキュリティに期待しているといい、「クラウド事業者が大規模投資している船に乗ることは非常に重要」と強調。さらには、「長期的な視座から、TDnetよりクリティカルな機能においてもクラウド活用する可能性の検証を進める」と展望を語った。

TDnetをAWS上で構築

 加えてデータ活用においては、データサービス基盤であるJ-LAKEに、より広範囲なデータを集約し、社内外での利活用のハブとしていく。特にTDnetの情報がJ-WSに移ることが転機になるといい、伝統的な取引データに加えて、非構造化データを含む新規データが蓄積されることになる。

 社外のデータ活用の構想としては、証券会社のバックオフィス業務向けのデータ配信が挙げられた。各証券会社は、分散された情報を日々確認しており、手間がかかるだけではなく、業界全体でみても非効率な状態だという。こうした中で、JPXや他の金融インフラの情報をJ-LAKEで集約・構造化し、効率的に取得可能なサービスを検討しているという。

証券会社のバックオフィス業務向けデータ配信の構想

 最後に、AIに関しては、社内における活用推進に加え、社外の効率化・データ活用を促すサービスの開発も進める。上場会社担当者に対しては、開示資料の作成を支援する対話型AIの実装を進めており、投資家向けには、生成AIとベクトル検索を利用した適時開示資料の検索サービスを構築中だ(参考記事:AWSで高度化する金融機関の生成AI活用 AI駆動開発からマルチエージェントまで)。

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