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サイバーセキュリティ界を去る同氏に「デジタル文化の保存」「ドローン戦争の未来」を聞く

マルウェアと戦い続けた34年間、その先は「ドローン戦争」との戦い ―ミッコ・ヒッポネン氏

2025年09月01日 15時30分更新

文● 谷崎朋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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「DEF CON 33」で講演を行う、WithSecure CRO(主席研究員)のミッコ・ヒッポネン(Mikko Hypponen)氏

 34年間にわたってマルウェアと戦い続けてきたサイバーセキュリティ業界の“ロックスター”、ミッコ・ヒッポネン氏が、ついにセキュリティ業界を去るときがきた。

 世界中のセキュリティイベントで講演を行ってきたヒッポネン氏が、最後の舞台に選んだのは、2025年8月8日に米国ラスベガスで開催された「DEF CON 33」だった。そこで行われた講演のテーマは「Building a Malware Museum」。彼がキュレーターとなり、マルウェアを“アート作品”として展示する、新しいミュージアムについての講演だ。

 インターネット黎明期からマルウェアと戦い続けてきた彼が、どのような思いを込めてマルウェアのミュージアムを残すのか。講演と単独インタビューを通じて、ヒッポネン氏はサイバーセキュリティへの思いやメッセージを語った。さらに“初めての転職”としてドローン防衛の世界を選択した、その背景も聞いた。

DEF CON 33で、サイバーセキュリティ業界最後の講演を行った

すぐに失われてしまうデジタル文化、その“体験”を残す情熱

 1991年、ヒッポネン氏は、フィンランドのソフトウェア会社であるData Fellows(のちのF-Secure、WithSecure)に入社し、マルウェア解析の道を歩み始める。1991年と言えば、「World Wide Web(WWW)」という概念が一般公開され、ティム・バーナーズ=リー氏が世界最初のWebサイトを開設した年だ。当時、存在したコンピューターウイルス(マルウェア)は、わずか150種だったという。

 ヒッポネン氏は、150種のウイルスをすべて収集し、1つずつフロッピーディスクに保存して残した。ちなみに、1994年以降にやり取りした電子メール、1990年代のプレゼン資料なども「すべて保存している」と言い、「わたしには、アーキビスト(文章や記録を収集・整理・保管する職業)の気質が少しある」と笑う。

パーソナルコンピューターの普及とともに、コンピューターウイルスも登場した

当時のコンピューターウイルスを保存したフロッピーディスク

 とはいえ、そんな古いデータを残していても、いまでは何の使い道もないはずだ。なぜ、わざわざ残すのか。その問いに対し、ヒッポネン氏が強調したのが「デジタル文化の“体験”を残すことは、驚くほど難しい」という点だ。

 たとえば、美術館や博物館で保存されている油絵や彫刻は、数百年前にそれを見た人たちと変わらない感動や喜びを与えてくれる。しかし、現代のデジタル文化は、そうした保存が難しい。サービス終了(“サ終”)やOSのサポート切れ、下位互換の切り捨てなどで、デジタルコンテンツを楽しむ機会はあっという間に奪われる。日本でも、BBS/掲示板、iモードサイト、Flashアニメ、個人ブログ――と、失われてしまったデジタルコンテンツは枚挙にいとまがない。

 さらに、コンテンツの画面ショットや録画を残したり、エミュレーターなどで実行可能にしたりしても、デジタル文化を取り巻く雰囲気、時代の熱気までを残すことにはならない。それゆえに、デジタル文化の“体験”を残すことは難しいのだ。

80年代、90年代の“ウイルス文化”を保存/公開する

 そうした問題意識を抱えるヒッポネン氏が、まず2016年、非営利団体のInternet Archiveと協力して立ち上げたのが、オンライン版の「Malware Museum」だ。

 Internet Archiveは、いわば“デジタルコンテンツの保管庫”である。過去のWebページを保管/閲覧できる「Wayback Machine」の取り組みで有名だが、保管対象はそれだけでなく、スキャンされた4400万冊以上の書籍、5000万曲以上の音楽、1100万以上の映画など多種多様だ。

 その中でヒッポネン氏が目を付けたのが、100万本を超えるコンピュータープログラムのアーカイブだった。1980年代から1990年代に収集したコンピューターウイルスをここに保管/展示すれば、現代の人にも体験してもらうことができるのではないか。早速、Internet Archiveの運営に携わるジェイソン・スコット氏に問い合わせたところ、「やってみよう」と快諾してくれた。

 Malware Museumのサイトを訪れると、数十本のウイルスがアーカイブされており、それらをDOSエミュレーター上で安全に実行して、楽しむことができる。

Internet Archive内に設置された「Malware Museum」

 多様なウイルスを実行しているうちに、パーソナルコンピューター(PC)黎明期のユーザーたちの興奮や情熱がよみがえってくる気がする。もちろん、データを破壊するような悪質なものもあるが、色数の少ないテキストベースの画面に3Dアニメーションを表示させたり、チープなビープ音だけで音楽を鳴らしたり、ゲーム仕立てになっていたりと、創造性といたずら心にあふれたウイルスたちが集結している。

 このオンラインミュージアムには、これまで200万人以上がアクセスしたという。現在の凶悪なマルウェアとは少し違った“ウイルス文化”を、いつでも追体験できる。

火星の風景のような3Dアニメーションを表示し続けるウイルス。「ウイルスのコーディングはクリエイティブでありうる」というメッセージも表示

アニメーションの人が画面を横切るウイルス、ゲームに失敗したらデータを消去するウイルスなどさまざま。当時のウイルス文化は“腕自慢”の意味合いも強かったことがわかる

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