スバルがソフトウェア開発拠点となる「SUBARU Lab(スバルラボ)」を、渋谷スクランブルスクエアにある「WeWork」内に開設しました。
それにあわせ、スバルはメディア向けの見学会を実施し、オフィスの様子を紹介するだけでなく、今、スバルが何を考えているのかといった説明もありました。そんな見学会の内容を紹介します。
渋谷の話題のスポットに開発拠点を設置
それはソフトウェア開発強化のため
「SUBARU Lab(スバルラボ)」が開設された渋谷スクランブルスクエアは、再開発の進む渋谷において2019年にオープンした、新時代のランドマークのひとつ。渋谷駅に直結した47階建ての高層ビルで、低層は200を超えるショップ&レストラン、高層はオフィス、最上階には高さ約230mからの眺望を楽しめる展望デッキが用意されています。
そんなオフィスフロアの1つに入るのが「WeWork」です。「WeWork」は、言ってみれば企業向けのシェアオフィス。ニューヨークの本社を置き、世界37ヵ国に600拠点以上、日本国内にも約40拠点を擁しており、スタートアップから大企業、自治体からNPO団体までが「WeWork」を利用しています。
その「WeWork」の渋谷拠点は、スクランブルスクエアの7階分6000坪を使う、日本国内最大規模のスペースです。スバルをはじめ、約200社が利用しており、そのうち6割がIT系だとか。しかも、利用企業同士をマッチングさせるイベントも数多く用意されているのも特徴です。
立地と環境に優れ、しかも出合いも多いとなれば、IT系の人材確保という点でも、非常に魅力的な場所と言えます。
では、なぜスバルが、そんな場所にオフィスを構えたのでしょうか。それには自動車業界を飲み込む、最新の大きな流れに理由があります。それがクルマのデジタル化です。
これまでのクルマは、エンジンやブレーキなどに、コンピューター制御を導入してきました。しかし、それは機能ごとであり、使うのは小さな組み込み半導体、いわゆるECUです。エンジンやアイサイトなどのADAS(先進運転支援システム)、カーナビなどのインフォテイメント系は、それぞれ別のECUで処理されていました。ところが、ADASのひとつである自動運転機能の進化や、コネクテッド化などによりインフォテイメント系の進化は加速するばかり。
これに対処するため、クルマは個別のECUではなく、高性能なひとつのECUで全体を統合制御しようという流れになっています。ひとつのECUで、さまざまな機能を実現するということは、OSがあってアプリが走ることを意味するわけで、言ってみればクルマのパソコン、スマホ化と同義となります。そうとなればソフトウェアの進化により、クルマに新しい価値が生まれることが期待されます。
これが昨今話題となっている、SDV(ソフトウェア・ディファンインド・ビークル。ソフトの更新によって、機能の追加や性能の向上させるクルマ)です。ここで課題となるのが、今までなかったOSやアプリを開発する必要があり、それにかかる人材であり、膨大な手間と費用となります。
そんな背景の中で、スバルがソフトウェア開発の強化のため「SUBARU Lab(スバルラボ)」を渋谷スクランブルスクエア内に開設したというわけです。
ちなみにスバルが渋谷に開発拠点を置くのは、これが2ヵ所目で、2020年にも同じ渋谷に「H1O(エイチワンオー)」というAI開発拠点を設置しています。
ハードとソフトを自前で揃えるのがスバルらしさ
見学会のプレゼンで、最初に登壇したのはアイサイトの開発者で知られる、スバルの柴田英司氏です。スバルの執行役員CDCO技術本部副本部長であり、「SUBARU Lab(スバルラボ)」の所長を務めます。現在は、ソフトウェア開発担当をしつつも、ハードウェアなど他部門との連携に尽力しているそうです。
その柴田氏いわく、スバルの特徴は「ハードとソフトの両方を自前で開発しているところ」にあると言います。クルマの進化とIT技術の融合で、新たな価値を生み出すことを目指します。ただし、自前といっても協力者は必要です。そのひとつが、半導体を作るAMDであり、ONSEMIであるとか。そうした半導体メーカーと直接やりとりすることで、高性能なチップを安価に手に入れることができます。
また、標準のチップをカスタムしてスバル専用とすることで、最先端のチップを長く、安く使用することも狙いのひとつとか。こうした半導体がハードウェアとなります。
そうして生まれたハードウェアに最適なソフトウェアを自社で開発。そのうえで、次世代の競争力向上のため、柔軟性/連携性/拡張性を高めることを考えているようです。
つまり、SDVの時代になっても、「ハードとソフトの両方を自前で揃える」というスバルらしさをキープするというのです。また、そうした技術は電気自動車(BEV)への採用からスタートし、のちにエンジン車など、スバルの全モデルに展開していきたいと説明しました。
走って開発し、モノと体験をつなぐ
その後、ソフトウェア開発を行なう、ADAS開発部主査兼高度統合システムPGM主査の金井 崇氏、CBPM主査兼高度統合システムPGM主査の小川秀樹氏からの説明が続きます。
金井氏はAIを活用したソフトウェア開発でありながらも「自分で作ったモノを自分でクルマに乗せて走る」のが特徴だと言います。開発者本人が、ソフトウェアを搭載した車両で都内を走っているというのです。クルマの開発では、走るのは当然ですが、ソフトウェア開発と考えれば異例のことでしょう。
また、コネクテッド担当の小川氏は、スバルらしい「モノと体験をつなぐ」サービスを提供したいと言います。スバル車というモノを使った体験を、コネクテッドサービスとして実現したいと言うのです。
その一例が、スバルが2021年にリリースしたドライブアプリ「SUBA ROAD」です。近道ではなく、走って楽しいルートを案内するというナビゲーションサービスです。コネクテッド技術を使って、スバルという車両とドライバー、さらには、販売店やドライブ先の店舗などをつなぐサービスとなります。
SDVの肝となる、ソフトウェアで生み出す新しい価値を、新しいエンタメ体験ではなく「クルマで走ることを前提にした体験」とするところが、いかにもスバルらしい部分です。
SDVは、未来のクルマの新しい価値として取りざたされていますが、その一方で、新しい価値の具体性がなく、雲をつかむような話に思えてしまうのも確か。そんな中、スバルはSDVでも “スバルらしさ”にこだわる姿勢を見せてくれました。これには、従来のスバルを愛してきたファンにとってもうれしい話となるはずです。
最後に柴田氏は「新しい人と出会い、いろいろ勉強する毎日。これからでき上がるスバルのエコシステムは、かなり面白くなりそうだ」と、確かな手応えを感じているみたいです。
これからのスバルに、どんなクルマ、どんなサービスが生まれるのかに期待しましょう。
筆者紹介:鈴木ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
最近は新技術や環境関係に注目。年間3~4回の海外モーターショー取材を実施。毎月1回のSA/PAの食べ歩き取材を10年ほど継続中。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員 自動車技術会会員 環境社会検定試験(ECO検定)。


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